第12話 偽装結婚
「お義母さん、このお味噌汁美味しいです!」
「ありがとねぇ。後で教えておげようか。」
「ほんとですか?ありがとうございます!」
「いいよ。いいよ。なんでも分からないこと聞いてよ。ババァの知恵で教えてあげるからねぇ。」
「はい、お義母さん!」
実に楽しそうな会話が憲介の目の前で繰り広げられていた。
弾む笑顔と会話、実家に帰ってしまったのかと思うくらいの雰囲気だった。
特に水森恭子の破顔する姿なんて見られるとは思っていなかった。今日、初めて水森恭子がリラックスしている姿を見られたかもしれないと思った。
「この漬物も美味しいです!母が作ってくれていたやつに似ています。」
「あら、お母さん亡くなってるのかね。」
その場に流れていたワルツが止まった。
1拍、2拍、3拍、4拍止まったところでゆっくりとパイプオルガンの静かなメロディがフェードインしてきた。
「ごめんなさい。嫌なこと聞いちゃったね。ほらその魚も食べてちょうだい。私の目利きには自信があるからね。」
水森恭子は「はい」と言ってから憲介をじっと見つめてから、
「お義母さんすみません。ちょっと席を外しますね。」
「全然いいわよ。」
とにこやかに笑っていた彼女も水森恭子が憲介を呼び出すと顔をしかめた。トイレに行くと思っていたのだろう。
憲介脳内BGMは止めざるを得なくなった。
憲介は隣の部屋に連れ込まれた。
「すみません、憲介さん。でもどうしても伝えないといけないので。」
「お母さんのことですか?」
憲介がそう聞くと水森恭子は「はい、そうです」と言い、申し訳なさそうな顔をつくっていた。
「ごめんなさい!」
~昨日~
憲介は水森恭子を親に合わせると言ってしまったことに焦ってはいなかった。
いつものようにアノ人に頼めばいいからだ。
憲介は流れるようにスマホの電話帳から電話をかけた。何回電話をしたことか覚えていないが、いつもコレだから番号は覚えていない。
2回の呼出音の後に電話は繋がった。
「もしもし?ひさばあ元気?今回も頼まれて欲しいんですけど。」
「安請け合いはしないよ。」
電話の向こうの老婆は即座に、半分諦めたようにそう言った。
「頼むよ。でも今回はいつもの倍出すからさ。」
憲介は、お使いのお小遣いの増額をねだる子供ように、逆にお小遣いを増額してお使いに行かせたい親のようにそう言った。
「倍かい?うーん。.......じゃあ受けてやらないこともないね。」
昔より声がかすれたな、と憲介は思った。
「ありがとう。場所は送っとくから。」
たった1分程で安請け合いしてくれたことに憲介はニヤッとしながら通話を切った。
~今日の朝~
その日、憲介と清水久子は古民家にいた。
初めて来る古民家の間取りを確認しながら憲介は久子に話しかけていた。
「ひさばあ、今回は俺の親って設定だからね。」
久子の方も向かずにそう言った。
「親?アンタの親には年取りすぎてやしないかい。あたし達は役にはなりきるけど、歳は誤魔化せないよ!」
そう、清水久子はいわゆる『なりきり屋』だ。探偵のお手伝いはもちろん、『なりきり屋』は偽装彼女になったり、兄妹になったり、母親になったりとなんでもありだ。
昔ある事件で清水久子を雇ってから、憲介は度々久子に頼ってきた。
理由はもちろん料金の安さなんだが。
「いいよ。ひさばあが40歳の時に俺を産んだってことになるけど、まぁギリギリ無理はないでしょ。」
憲介はトイレの位置を確認しながらそう言った。
「父親役は雇わなくて良かったのかい?」
居間でミカンを食べながら久子が言った。
ここに来てから持参のミカンをもう3つも食べてしまっていた。
「父親は今入院してるからまた今度ってことにしてる。母親だけでも合わせたら信じるでしょ。」
間取りを確認し終えた憲介が居間に向かいながら言った。
「あ!そうだ。あたし今からご飯作るわ。」
そう言って台所に向かってしまった。
この古民家、普段は『昔気分が味わえる宿泊施設』として運営されているため、家具も雑貨も調理器具も全て揃っていて生活感がちゃんとある。憲介はわざわざ『旅ログ』で汚いとクチコミで言われていた民家を選んだのもリアルさを出すためだ。
~そして今~
そして今、婚約者が大仰に頭を下げている。
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