第43話

 男の体がぶれ、数メートルあった間合いが一気に詰められた。


 アーノルドは男の剣を真正面から受けた。

 剣に金色のオーラを纏わせて身体強化をしていたが、それでも地面を擦るように後退させられてしまった。

 体格の差やオーラの強度の違いは今のアーノルドにはどうしようもなかった。


「ほら!ぼさっとしてんなよ‼︎次行くぜ‼︎」


 男は地面を蹴り、アーノルドに再度迫ってきてもう一度剣を振るってきた。

 次はしっかりと受け流し後退するようなことはなかったが、相手の勢いは止まらなかった。


(ッチ!力では無理だな。いくら身体強化しようが元の力が弱すぎて真っ向からの斬り合いじゃあ勝ち目はないか・・・・・・)


 アーノルドは相手の攻撃によって地面に縫い付けられていた状態を脱するために足に身体強化を集中し、相手の攻撃を避けた。


「動き回った程度で捉えられねぇとでも思ったか⁈」


 アーノルドも動き回るが、男も難なくアーノルドの動きについてきて斬りつけてきた。

 だが、ずっと受けに回っていたアーノルドが急激に切り返し反撃に出た。

 男は少し驚いた顔をしてアーノルドの攻撃を受けたが、男の体勢を崩すというところまではいかなかった。

 アーノルドの攻撃によって男の剣が弾かれ戦いの刹那にほんの少しの隙が出来た。

 アーノルドはその隙を見逃すまいと剣を振るった。


「はっ!まだまだ甘めぇよ!この程度の誘いに乗ってんじゃねぇよ!」

 そう言って男は隙などなかったかのようにアーノルドより素早く剣を振るってきた。


 アーノルドは咄嗟に身体強化を全開にして体を逸らして男の攻撃を間一髪避けた。

 これには男も驚いたように一瞬目を丸くした。

 アーノルドのある程度の実力はこの短い斬り合いから大体察することが出来た。

 その感覚からすれば今の攻撃は必殺の間合いであった。

 あの状態から避けることなど出来ないと思わせるほどの完璧な攻撃タイミングであったにもかかわらずアーノルドは超人的な反射神経で避けられた。

 アーノルドは特に冷や汗をかくでもなく顔に笑みを浮かべているのを見て、男の中でアーノルドの実力が少し修正されていた。


 だが、表情にこそ出してはいないがアーノルドも内心では驚いていた。

 頭で考えるのではなく気づけば避けていたという感覚であった。

 命のやり取りの中でお互いに一瞬時が止まったかのような感覚の中にいたが、アーノルドがそのまま相手のガラ空きの胴体めがけて剣を振るったことで静寂が破られた。

 だが、男はアーノルドの攻撃よりも素早く剣を動かしてアーノルドの剣を弾いた。


「やるじゃねぇか!今のを避けられるとは思わなかったぜ」


 男は余裕たっぷりな態度でアーノルドに話しかけてきた。


「お前こそ。オーラを剣に纏わせなくてもいいのか?」


 エーテルを剣に纏わせるのは攻撃力の上昇のほかに耐久力の上昇の意味もある。

 エーテルを纏っていない剣にエーテルを纏った剣で攻撃すれば纏っていない剣がいずれ折れてしまう。


「あ?なんだ。気づいていないのか?俺の剣には既に纏わせているぞ?いや、むしろその歳でそれだけできる方がおかしいってもんだわな」


 アーノルドの今の身長は120〜130cmといったところである。

 男からすれば初等部入学程度の年齢にしか見えないだろう。


「無色のオーラなのか?」

「さぁな。自身の色を無闇矢鱈と言うわけないだろ?坊主も隠す技術くらいは身につけたほうがいいぜ?まぁ生きて帰れたらの話だがな」


 男は少し口を歪めながらそう口にした。

 まだアーノルドを殺すことに抵抗があるのか、それとも自身が生きて帰れるとは思っていないのか心なしか弱気な口調であった。


「どうした?まだ私を殺すことに抵抗があるのか?それとも周りが気になるか?」


 野盗達を全て殺し終えたのかダンケルノの騎士達が遠巻きからアーノルドと男の戦いを見ていた。

 男は肯定も否定もせずにアーノルドから目を離さなかった。


「フン!安心せよ。私に助けなど入らない。お前が私を殺せる場面があるのならそれは本当に殺せるときだ。周りを気にする必要はない。殺したあとの報復が心配か?それなら私を殺せたのならお前をこの場から逃すことを約束しよう。そうすれば全力で戦えるであろう? クレマン!」


 呼ばれたクレマンは一礼することでアーノルドの呼びかけに応えた。


 アーノルドは男の心の葛藤を読み取ってか全力で戦える場を自ら整えた。

 その程度で戦いに水を差されるなどアーノルドの望むことではなかった。

 そしてクレマンに自らが死んだとしてもその約束を反故にはしないように釘を刺しておいた。

 クレマンならば誰かが先走ったとしても止めてくれるだろう。

 それほど長い付き合いではないが、クレマンならば感情よりも命令を遵守してくれると信じられた。

 その後男がどうなるかまでは知らないが。


「イカれたガキめ。そこまでして戦いたいのか?わざわざ相手に全力を出させるなんざ舐めているとしか思えねぇ。さっきの斬り合いで互いの力量も少しはわかったはずだぞ?それでもまだやるってのか?」

「当然だ。貴様が強いことはわかった。それだけでやるのに十分な理由だ。貴様は自らの人生を捨ててでも、命を賭けてでも貴族を殺すことを選んだのだろう?それならばわかるであろう。形は違えど私にとって貴様との戦いは命を賭けるに値するものなのである」

「一緒にするんじゃねぇ!避けられる死にわざわざ突っ込むような思考など理解できるわけねぇだろ!」

「貴様も避けられる死に飛び込んでいったではないか。その結果生き延びられただけで確率的には死ぬほうが高かったであろう?」

「状況が違げぇ。俺にとって騎士でなくなることは死そのものだった。お前と違って頼れる者もいねぇただの平民でしかなかった。確かに結果的に生き延びはしたが、意味もなく生を終えるくらいならば最後に奴らを殺して一矢報いたかっただけだ」

「それのどこに違いがある。たしかに貴様と私では状況の優位性は違うだろう。貴様には後がなかった。対して私は他の選択肢がいくらでも取れる。だが、貴様は貴族を殺さなければならないということもなかったはずだ。それを選んだ時点で貴様は私と同類であろう?貴様の言う通り意味のない生を送るくらいならば死に立ち向かえることを選ぶのだろう?そして今この場こそ私にとって意味のある生というだけのことだ。わかったか?」

「・・・・・・狂人の考えなんぞわかりたくもねぇが・・・・・・、少しでも納得してしまった自分が恨めしいぜ」

「安心しろ。この戦いに権力なんて不純なものはない。ただ単純に武力だけで決まる。それでこそ貴様が望む世界であろう?生きたければ勝てばいい。単純な世界だ。私は強くなるために、今後も生きるために貴様を殺す」


 アーノルドは好戦的な笑みを男に向けた。


「そうかよ。・・・・・・なら遠慮なくいくぜ」


 そう言った男は先ほどまでのようにギリギリ見えるといった速度ではなく常人には消えたかのように見える速度でアーノルドに間合いを詰めてきた。


 しかしアーノルドのコンディションもテンションも最高であった。

 見えなくとも何故だか熟練の騎士のように相手の動きが手にとるように分かり、そしてその感覚に全幅の信頼を置くことができた。


 アーノルドは右側に全力で剣を振るった。


「っな⁉︎」


 男は本気で驚いたように目を見開いた。

 男は剣を弾かれるなど思ってもいなかったため体勢が崩れた。


 アーノルドはその隙を逃さないために即座に男に斬りかかった。


「ッチ!」


 男は体勢を崩しながらも無詠唱で魔法を発動し、アーノルドが踏み込む地面の土を盛り上がらせた。


 それによって今度はアーノルドが体勢を崩しアーノルドが振るった剣は空振りに終わった。


「死ね‼︎ガキ‼︎」


 男がアーノルドに斬りかかってきた。

 アーノルドは渾身の力を込めていたため今度は自身が隙を晒す番となっていた。

 アーノルドは男とアーノルドを遮るように土の壁を作り出した。

 たった一瞬ではあるが男の視界からアーノルドが消えた。

 そして男の剣はバターのように土の壁を斬り裂いた。

 だが、男の手に人を斬った感触はなかった。

 男は舌打ちをした。


 そのたった一瞬のおかげでアーノルドは男の剣から逃れることができた。

 そして本当の意味での命を賭けたやり取りにアーノルドは心臓がバクバクとしていたが、そんなことが気にもならないくらい戦いに没入し気持ちが高ぶっていた。


 アーノルドは笑みを強め、反対に男は目を細めた。


「まさか・・・・・・これほどまでやるとはな。ガキだからとお前を侮っていたぜ」


 男は先ほどまではアーノルドの言葉があるとはいえ、本当に騎士達が男に攻撃を仕掛けてこないのか信じていいのかわからないので遠巻きに見ている騎士達にも気を配っていた男がアーノルドのみに焦点を当てた。

 集中せずに倒し切れる相手ではないと判断した。


 男の目つきが変わったことにアーノルドも気づいた。

 男はまるで旧友との再会の如く菩薩のような笑みを浮かべながらアーノルドに向かって無造作に歩いてきた。

 だが、その笑みは戦場でなければただの気の良さそうなおじさんであったであろうがここではただただ不気味な笑みにしか見えなかった。

 アーノルドはその不可解な行動に対して男の一挙手一投足を見逃すまいと注視した。

 そして男がアーノルドの間合いに入ろうとした瞬間アーノルドは躊躇いなく剣を振った。

 それと同時に男も歯を剥き出しにし得意気な笑みを顔に貼り付けてアーノルドに向かって来た。


「っ‼︎」

 アーノルドは足を踏み出そうとした瞬間に体がグラっと傾いた。

 アーノルドが一瞬足を見ると地面が泥になり足が泥に沈んでいた。


「バカが‼︎戦闘中に意識を一点に向けるなんざ殺してくださいって言っているようなもんだぜ⁉︎」


 男が剣を上段から振り下ろしてきた。

 既に足首が突っ込んだあたりで泥が固まり一瞬で足を抜くことが出来ない状態であった。

 たとえ足が抜けたとしても、もはや満足に受けきることは難しい。


 男は勝ちを確信したのか勝利の笑みを浮かべた。


「・・・・・・あ?」


 だが、振り下ろした剣は虚空を切り裂いた。

 そして脇腹に痛みを感じ見下すと斬られたのか血が少し滲み出ていた。


「・・・・・・何をした?」


 男は斬られた脇腹を押さえながらアーノルドを睨みつけた。

 その表情に先ほどまであった自身の方が上であるという慢心は完全に消えていた。


(なんだ?今のは・・・・・・。身体強化で無理やり抜けたにしちゃ速すぎる。今まで手加減してたってことか?それとも・・・・・・)


 男は今までのアーノルドの一線を画す動きに戸惑っていた。


(ッチ!隠し玉を使ってあの程度の傷しかつけれなかったか。まだ慣れてなくて抜け出した後にバランスを崩したのが良くなかった・・・・・・‼︎)


 対するアーノルドは自身の攻撃を振り返り反省をしていた。


 アーノルドの言う隠し玉とはマードリーとの魔法の訓練で編み出した時間に干渉する魔法である。

 マードリーですら使うことはできないほどの極めて難易度の高い魔法であるが、アーノルドは何故か使うことができた。

 だが、時間に干渉することの代償もまた凄まじい。

 一度使うたびに脳へのダメージが蓄積され、そう何度も使うことが出来ない。

 アーノルドが出来ることも自己加速や思考加速といった程度のものである。

 それでも戦いの中で自分だけが倍速で動ける恩恵は凄まじいものである。

 だが、当然ながら時間に干渉するような魔法は教会によって禁術に指定されている。

 もし見つかれば異端審問に掛けられるのは確実だろう。

 それでもアーノルドに自重するなどという考えは一切ないのだが・・・・・・。


「今のが奥の手か?だが、残念だったな。今ので殺れなかったのがお前の限界だ」


 男の言うこともある意味正しかった。

 奥の手というのはここぞという場面に確実に相手を殺すために使うべきものである。

 自らが有利な状況で使うべきものを不利な状況で使わざるを得なくされた時点でアーノルドが劣勢なのは間違いない。


「ふん。あの程度が奥の手だと思う程度ならば貴様こそ底が見えたってもんだぞ?貴様こそ口ばかりでまだ傷の一つもつけれていないではないか。それとも本当に貴様の実力はその程度だということか?」


 アーノルドは手をヒラヒラと振り、傷がないことをアピールした。


「はっ!言うじゃねぇか。その歳で死の恐怖に屈さず軽口が叩ける度胸は褒めてやる。だが・・・・・・、それを言う実力が伴ってねぇよ‼︎」


 男はそう言うとアーノルドに向かって斬りかかってきた。

 それをアーノルドは体を逸らすことで避けたが即座に男は蹴りを放ってきた。

 アーノルドはそれを見た瞬間に手をクロスさせ胴体部を守ったがアーノルドが軽すぎるため蹴りを受け切ることができず苦悶の表情を浮かべながら空中に蹴り上げられた。


 男は落ちてくるアーノルドを串刺しにしようと突きを放った。

 だが、アーノルドは空中で体を回転させその突きを交わした。

 そのまま地面に着地し突きを放とうと男の手を掴んだ瞬間アーノルドの視界が空転した。


「っ⁈」


 訳も分からぬアーノルドであったが、惚けている余裕は無かった。

 目の前には男の靴裏が迫って来ているのが見えていたため、考えるよりも前に体が動いていた。

 ゴロゴロと転がって男の踏み付けを免れたアーノルドであったが、男が踏みつけた地面には亀裂が入っており当たっていれば自分の頭など潰れていたであろう光景が目に浮かび冷や汗を浮かべながらもアーノルドの顔は心底楽しそうな笑みを浮かべていた。


「他人の腕を手軽に掴むもんじゃないって教わらなかったのか?」


 男は軽口を叩きながらもアーノルドに斬りかかってきた。

 アーノルドはそれを真正面から受け、鍔迫り合いになった。



「高々数年くらい訓練した程度でこのレベルまで強くなれるってか⁈さぞや人生が楽そうだな?これが生まれの違いだってか?全くこの世界はつくづく狂って嫌がる‼︎そうは思わねぇか?教会の言う平等な世界?そんなものはたとえ那由多の時が経とうとも実現することなんざ不可能だ!」

「さもありなん。そもそもそのような理想の世界を掲げる教会が大司教や司教などと自身に身分の差を作っているのだ。そんな奴らが平等な社会など作れるはずがないであろう。そもそも真の平等な世界など掲げるだけ無駄というものだ。同じ人間などこの世に一人として存在しない。その時点でこの世に平等などという言葉に意味はない。人の思想も在り方もそれぞれが持つ個性だ。生まれた時にそもそも平等など崩れている。では、能力が高い者が能力の低い者に合わせるか?そんなことをすればいずれ人間も獣と変わらぬ存在となるだけだろう。それすらわからんバカか、それともただの権力を得るための方便か・・・・・・貴様はどちらだと思う?」

「はっ‼︎言うまでもねぇ!当然後者よ!」


 男は力を込め鍔迫り合いをしていたアーノルドを引き離した。

 体勢を整えているアーノルドに再度斬りかかりに行ったがアーノルドはその瞬間に3つの水弾を男の目にめがけて高速で打ち出した。

 男はその水弾を首を傾けることで避けた。

 アーノルドはその水弾に隠れるように男に迫っていた。


「っは‼︎この程度の小手先の技術はな!もう使い古されているんだよ‼︎」


 男はわざと少し体勢を崩したかのように装いアーノルドが迫ってくるのを待っていた。

 そしてアーノルドに剣を勢いよく振り下ろした。

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