第38話

「お見事でございます、アーノルド様」

 コルドーがそう言いながらアーノルドの背後から近づいてきた。

 アーノルドは特に反応せず、そのまま立っているだけである。


「アーノルド様は・・・・・・、アーノルド様は死の恐怖を感じないのですか?」

 コルドーはおずおずとそう聞いてきた。


「・・・・・・何をバカなことを言っている。感じるに決まっているだろう」

 アーノルドは胡乱げな目でコルドーの方に振り返りそう吐き捨てるようにそう言った。


 アーノルドにとって死の恐怖を感じるなど当たり前のことであった。

 アーノルドは一度死を経験しているのだ。

 常人よりも死について身近に感じると言っても過言ではないだろう。

 それゆえアーノルドが、自身が人よりも死というものを意識していると思うのも当然のことであった。

 だが、死を意識することと死を恐れることは必ずしも同じではない。


 死ぬのは誰でも怖い。

 そんなことは当然である。

 アーノルドにとっても死とは恐ろしいものである。


 何のために人間は生きているのか。

 そこを突き詰めればどこまで行こうと死というものは付き纏ってくる。


 何のために強くなるのか?

 自身が戦いにおいて死なないため。

 大事な人を死なせないため。


 何のために働くのか?

 自らが生きるための食い扶持を稼ぐため。

 家族を養い死なせないため。


 退屈ですら時には人を殺すことがある。

 それゆえ人は娯楽というものを求める。

 娯楽を通してストレスを発散し生きる気力を回復するのである。


 生きていく上で死を考えないなどできないのである。



 ・・・・・・だが、それは本当にそうなのだろうか。


 かつて不老不死を目指した施政者は大勢いた。

 だが、不老不死を本気で目指した貧者がいたなどということを聞いたことはあるだろうか。


 知らないものに人は恐怖する。

 死などとは無縁の生活をしているからこそ人は死を忌避するようになる。

 死を回避しようと思うのは、死とは縁遠い場所にいるからなのである。

 それゆえ死というものが自身に関係のない未知のものに思え、より一層怖いものに映る。

 そして死を恐れるあまり、死に恐怖し死を遠ざけて避けようとするのだ。


 だが、死に近い場所にいる者ほどそれほど死を恐れてはいない。

 いや、恐れないのではなく恐れを感じる余裕すらないのである。

 その日を生きることに精一杯の者にとっては死は身近にありながら考える余裕などない。

 そういった者はその日生きることしか考えれない。


 死をどう回避しようなどとは考えない。

 今日をどう生き延びようかとそう考える。

 それゆえ死と隣り合わせでありながら死を見てはいない。

 その日を生きれないことのほうが死ぬよりも怖いと意識することもあるのだ。


 それゆえ満ち足りている者ほど死を考え、何かを追い何かに追われている者ほど生を考えるのである。


 アーノルドは当然満ち足りている者ではない。

 地位や今の環境を思えば世間一般では満ち足りていると思うのも無理はない。

 だが、アーノルドが求めるものは一つである。

 それがまだまだ遠いものである今の状況において満ち足りていると感じるはずがないのである。


 コルドーは聞き方を間違えた。

 コルドーが聞くべきだったのは

『死よりも重視するものがあるのか』

 ということである。

 死を恐れないのかと聞いて恐れないと答える者などまともな人間ならいないのである。

 それはたとえ貧弱であろうと変わらない。


 死を恐れるというのは意識すれば誰しもが抱くものであるからだ。

 だからこそ聞くべきは何がアーノルドを突き動かしているのかであった。

 アーノルドの行動原理が死よりも優先されるものならば死を恐れないのも当然なのである。

 それだけの覚悟を伴っているのだから。


 人は合理性だけで生きてはいない。

 いや、合理性というものも人によって異なるものなのである。

 たとえ誰かにとって死というものが最も避けるべきものであったとしても、それが世界の全員に当てはまるとは限らない。

 誰かにとっての絶対不変の法則が誰かにとってはそうではないなどということは得てして存在する。


 死よりも恐ろしいものがあるのならば死すらただの自らを動かすための道具になる可能性すらあるのだ。

 皆が皆、死を回避するために行動しているわけではない。


 例えば狂信者などがそうであろう。

 あの者たちは死ぬよりも信仰に、神に背くことのほうがより恐ろしいことであるのだ。

 だからこそ死を恐れずに行動することができる。


 普通の人間にとって最も忌避するべきことは死ぬことである。

 死を恐れない人間などそれこそ狂信者か自暴自棄になっている狂人といったところだろう。


 アーノルドも自らが信じた道を狂信者の如く突き進んでいる。

 それこそ死を恐れることもなしに。


 そんなアーノルドにとって最も忌避すべきことは当然死ではなく自らが定め信じている道から逸れることである。

 その道を進むために死と隣合わせで走り抜けることに躊躇いはないし、そもそも常に前を向いて突き進んでいるアーノルドが崩れていく後ろの崖を振り返るようなことをすることはない。

 そんなものは前世で既に捨ててきた。

 だからこそアーノルドは死を意識できていても死を恐れはしない。

 否、出来ないのである。

 そこがコルドーが勘違いしているところであり、常人のコルドーには永遠に理解できないところでもある。

 昔のコルドーも今のコルドーも死とはどこか遠いものであり、自らには無縁なものなのであった。

 だからこそコルドーは死を恐れるし、それを避けるために強くあろうとし死なないために万全の対策をするのである。


『死なないために強くなる』

『強くなるために死なない』


 同じようで全く違うことである。



 ――∇∇――


 あの後、アーノルドとコルドーは大量のシルバーウルフの死骸を処理した後、冒険者ギルドまで戻ってきていた。


「はい、それでは8万8000ドラになります」

 受付嬢がそう言ってアーノルドに対して討伐報酬と素材報酬を渡してきた。


 指揮個体のシルバーウルフと普通のシルバーウルフを100匹あまり。

 その割には少ないなとアーノルドは思ったが、シルバーウルフはとても強いと言えるような魔物ではないし素材もアーノルドの攻撃でお世辞にもいい状態とは言えなかった。

 数時間で稼いだ額としてはむしろ多いのかと金銭感覚がわからなくなってきていた。


 そのお金を受け取ったアーノルドとコルドーはそのまま冒険者ギルドを出て、自らの屋敷に帰るための馬車まで歩こうとした。


 そのとき、アーノルドの耳に看過出来ない言葉が飛び込んできた。


「——いいじゃねぇか。今度俺らダンケルノ公爵家に雇われて戦争に行くんだぜ?金ならたんまりだ。ちょっとくらい付き合えよ」

 ダンケルノという言葉に反応しその声がした方を向くと、既にお酒を飲んで酔っ払っている風の男3人が若い女の子2人に絡んでいるところであった。


 誰も助けようなどとせず見て見ぬふりをしていた。

 だが、それも当然であろう。

 この世界では命は安い。

 剣を帯剣しているいかにも傭兵の風貌の男に対して見ず知らずの人間のためにわざわざ首を突っ込もうなどという物好きはそうそういない。


 そしてその男が女の子の手を掴もうとしたしたときアーノルドはその男たちに声をかけた。


「貴様らダンケルノに雇われているという意味に取れる言葉が聞こえてきたが先ほどの言葉はどういう意図で言ったものだ?」

 その声を聞いた男はピタッと動きを止めてアーノルドの方を向いた。


「・・・・・・なんだこのガキは。おいお前、さっさとこのガキを連れてどっか行け」

 アーノルドの幼い容姿を見てまともに相手をする気もないのか、シッシとコルドーに対してアーノルドを連れてさっさと何処かに行けと言った。

 その男にとってアーノルドを武力でもって遠ざけなかったのはただ目の前の女の子達に自身を怖がらせないためでしかなかった。

 だが、そのおかげでまだ人間として扱ってもらえていた。


 アーノルドとコルドーの格好は土と返り血で汚れており、とても上流階級の人間などには見えなかった。

 ただでさえお酒によって思考力が落ちているのである。

 その男達がアーノルドがダンケルノの人間であるなどとは思ってもいないのも当然であった。

 例え貴族であると分かったとしても男の態度が変わったかはわからないが・・・・・・。


 その男はコルドーが全く動く気配がないのを見て訝しんでいた。

 アーノルドはそんな男の態度など全く気にせず絡まれていた女2人に話しかけた。

「貴様らはこの街の人間か?」

「え?ええ・・・・・・」

 問われた女の方も質問の意図が分からず尻すぼみになりながら答えた。


「それで貴様らは傭兵というわけか」

 アーノルドが男達の方を向きそう口にした。


 傭兵というのは戦争が起こるところに現れるものである。

 この世界ではどこかしら争いが行われている。

 なので傭兵の需要も高いのである。

 ダンケルノは基本的に傭兵など使うことはないが傭兵が自ら売り込んでくることも珍しいことではないのだろう。


「さっきから何なんだ、テメェは!ガキはさっさと家に帰ってねんねしてろや‼︎」

 痺れを切らしたかのように怒鳴り声を上げてきたが、アーノルドは一切動じずその男の目を見つめ返していた。

 その子供らしからぬアーノルドの目を見た男が一瞬だけたじろいだ。


「そうだな。私もさっさと自らの屋敷に帰りたかったんだが、どうにも聞き捨てならないことを聞いたのでな」


 3人の中で1番大人しそうな男がアーノルドのその言葉を聞いて顔を少し引き攣らせた。


「それで、最初の質問にまだ答えてもらっていないのだが。貴様らはダンケルノ公爵家に雇われているのか?」

 ダンケルノに雇われていない者が雇われていると言いふらしダンケルノの名を悪さに利用しているのなら然るべき措置を取らなければならないだろう。


 だが、アーノルドにとってダンケルノの名など所詮は飾りでしかない。

 そもそもアーノルド自身がダンケルノの名誉など守る気がないからだ。

 ダンケルノの掟に従うということはダンケルノに屈したとも取れる。

 それゆえアーノルドは自身の信条とダンケルノの信条がぶつかった時には迷わず自身の信条を優先する。

 だが、それでもその二つが天秤にかけられるのではないならばダンケルノの名を守ることくらいはする。

 それは自身もダンケルノであるからだ。

 ダンケルノを穢されるということはアーノルド自身をも穢すということに等しい。

 他者にそれを許す気はアーノルドにはない。


 そのアーノルドの態度に我慢の限界が来たのか、男は何も言わずに勢いよくアーノルドのことを蹴ろうとしてきた。

 酔っ払っているため別段脅威となるほどの蹴りでもなかった。

 一般的に傭兵とは短気な生き物である。

 酔っ払っている状態でむしろよくもったと言った方がいいかもしれない。



「「きゃああああああああ」」

 街に鳴り響く悲鳴。

 その男は蹴ったアーノルドの方など見もせず女達の方に振り向こうとした。


「おっと・・・・・・」

 しかし男は酔っ払っているからかふらついてバランスを保てず尻餅をついた。


 だが、尻餅をついたその男が見たのはふくらはぎあたりから先が無くなっている自身の右足であった。


「は?」

 素っ頓狂な声をあげ目を丸くした男に次に襲いかかったのは、斬られた右足から伝わる激痛であった。


「ぐぎゃぁああああああああ」

 右足を抑え叫び声を上げる男を尻目にもう1人の男がいきり立った様子で鞘から剣を抜こうとその柄に手をかけた。


「抜くのか?」

 剣をだらんと構えているアーノルドは一切感情の籠もっていない目で、そして底冷えするような声でその男に問いかけた。


 その男はピタッとその手を止めたが柄からまだその手を離していなかった。


「抜くのならその時はその命をもって償ってもらうぞ?」

 それはもはや宣言でもなくただの避けられぬ結果の宣告でしかなかった。


 そこへどこか間延びしたような声が聞こえてきた。

「は〜い、ちょっとごめんよ〜」

 そう言って人垣を掻き分けてアーノルド達のところまで長身の男がやってきた。

 そして足を斬られて悶えている男と怯えている女達、そしてアーノルドとコルドーを見て何となく事情を察したのか頭をガシガシと掻きながら困った様子で苦笑いを浮かべた。


「すまんね、坊主。何があったか教えてもらってもいいかい?」

 その男はアーノルドの目線に合わせるように座り込んで聞いてきた。


「聞き捨てならんことを聞いたからその真意を問いただそうと声をかけた・・・・・・そしたら突然蹴ってこようとしたからその足を斬っただけだ」

 アーノルドは途中の説明が面倒になり、最初と最後だけを簡潔に説明した。


「坊主がか?」

「ああ」

「聞き捨てならないこととは?」

 言う義理などあるのかと一瞬思ったアーノルドではあったが相手に害意がないのにこちらが邪険にしても仕方がないかと思い素直に答えた。


「・・・・・・そいつらがダンケルノ公爵家で雇われていると取れる発言を聞いたのでな。その名を悪用しているなら捨て置けまい」

「なるほど」

 ふむふむと顎を撫でながら、剣を抜こうとしていた男の方に振り返り問うた。


「事実か?」

「は、はい」

 アーノルドの方から男の顔を見ることはできなかったが、その声は先ほどまでとは異なり鋭く重い声であった。

 そして問われた男の方も少しばかり顔を引き攣らせながら答えていた。


 そしてアーノルドと話していた男はそのままいわゆる土下座のポーズをした。

「俺の団の者が迷惑をかけたみたいだ。申し訳なかった。そして無理は承知でどうか俺の首一つで収めてくれねぇか?」

「な!んぐぅ・・・・・・‼︎」

「な⁉︎団長‼︎そんなことしなくても!」

 その男の言葉に斬られた男は驚きうめき声をあげ、剣に手をかけた男は驚きの声をあげた。

 そしてもう一人の男はやっぱりといった表情で顔を青くし何も言葉を発していなかった。


「お前らは少し黙ってろ‼︎」

 団長と呼ばれる男は2人の男を一喝した。


 アーノルドはその男を値踏みするような目で見て言い放った。

「お前の首をかけるほどの価値がそいつらにあるのか?」

 アーノルドにとっては自身の過去を見ているようで無能な部下というものは嫌悪の対象でもあった。

 それゆえ問題を起こすだけの部下などのためになぜこの男が自身の命まで賭けて助けようとするのか理解出来なかった。

 だが、これはアーノルドが頭では理解出来ていないだけで感情では理解出来ているはずのものであった。

 アーノルドとて有能な臣下のみを集めているわけではない。


 視点が変われば見方も変わる。

 そんなことはアーノルドも知っているが、今のアーノルドの心中は穏やかではなかったためそれを実践出来ていなかった。


「俺はこれでもこいつら全員の命を預かっている傭兵団の団長だ。それは戦時だけじゃねぇ。例えどんなことがあろうが団員の命を守るからこそ、その団の団長なんだ。そこを曲げればそれはもはや傭兵団として終わったも同然だ。団員を見捨てる団長などについてはこねぇからな。 おそらくこのままだと俺らの団は全員殺されるだろう?それならば、団員の監督も出来ていなかったおれの首一つでどうか収めてくれ。俺の首にそこまでの価値はないだろうが、これでもある程度名が通った傭兵団の団長の首だ。どうか覚悟を決めた男の意を汲んではくれないか?」

 男は一片の曇りもない眼でそう言ってきた。

 だが、アーノルドには理解できないものであった。

 アーノルドとこの男では立場が違うのだから当然ではあるのだが、上の者が下の者の責任を取る。

 それは理解できる。

 だが、そのために自己を犠牲にしてまで、そしてそのために集団の要となるトップが死ぬなどそれこそその集団がバラバラになるだけで何の意味もない行動をアーノルドは理解出来なかった。


「ならば、そいつらの首だけでいい。無能な部下など見捨てたらどうだ?」

 そして面には出していなかったがアーノルドにしては珍しく苛ついていた。

 この男の在り方は自身が上のものに望み、終ぞ得ることが出来なかったものである。

 それゆえどこに向けて良いかわからぬ怒りのような感情がアーノルドの中で渦巻いていた。


「俺にとってはそんなやつらでも仲間だからな。部下を見捨てるような人間になど死んでもならねぇよ」

 男はまっすぐと躊躇いのない目でアーノルドを見据えてそう言った。


「そうか。・・・・・・だが、お前の首なぞいらん。そいつは私を蹴ろうとし、その蹴ろうとした足は斬り落とした。此度の件はそれでしまいだ。貴様らがそれに対して報復するというのなら受けて立つが、そうでないのなら捨て置いてかまわん。どうだ?私とやり合ってみるか?」

 本当に戦ったのならアーノルドがこの男に1対1で勝てることはないだろう。

 それがわかるくらいには実力が離れていた。

 だが、アーノルドはこの男がその誘いに乗っていくることなどないだろうと思っていたし、実際に戦うことになってもそれはそれで構わないという心境であった。


 この男には、これはある意味アーノルドが勝負を持ちかけ、この男がそれを避けアーノルドに屈したというものを示すものであると読みとった。

 アーノルドの慈悲であると。

 だが実際には、アーノルドはそんなことを意図してその言葉を発したつもりはなかったし、家の名で勝つことのくだらなさや虚しさ、そして自身の前世との状況を重ね合わせもはやアーノルドの心中は嵐のように荒れ狂っていた。

 戦いになろうがどうなろうがどうでもよかった。


 だが、それでもアーノルドの中でこの男を感情のままに殺すことをすべきではないという一線を無意識のうちに保っていた。

 その一線を超えてしまえばアーノルドの根幹が揺らいでしまうということを頭で理解はしていなくとも感じ取っていた。

 それゆえアーノルドにこの男を殺すという選択肢を取らすことはなかった。


 それとは別に部下のために迷わず命を差し出せる者を死なせるのは惜しいという今世の君主としてのアーノルドの思いも作用していた。


 もし碌でもない者であったのなら迷わず殲滅を選択しただろう。

 そしてそうであったのならどれほど楽であったか。

 実力的には遠く及ばなくともアーノルドは自身の信条に基づいて何も迷わず行動に移せただろう。

 だが、この男の選択によってそうはならなかった。


 この男達も運が悪かったのだろう。

 ダンケルノの領地とはいえ、そうそうダンケルノ公爵家の人間が来ることなどない。

 そして来たのがアーノルドであったのもまた運が悪かった。

 他の者ならばダンケルノの名に反応することはあったかもしれないが平民の女を誘うことを悪と思ったかはわからない。

 それはアーノルドだからそう判断したとも言える。

 全ては偶然であり運命でもあるのだ。


「いや、挑みはしない。しても負けるだけだからな」

 ダンケルノというものをよく知っているのか、その男はアーノルドには勝てないと明言した。

 単純にアーノルドと勝負したら負けようはずもないのにこの男はそう口にした。

 そして今のアーノルドにはそれすら心を揺さぶられる言葉となっていた。


「そうか」

 アーノルドはその言葉を聞くと立ち去ろうとしたが、その前に一言だけ言い残した。


「貴様らが誰であり何をしようと自由であるが、我が領民を傷つけるのならばその時は貴様達は私の敵になるということを肝に命じておけ。2度目はない」


 それだけ言い残してアーノルドは去っていった。



 ――∇∇――


「だ、団長‼︎どうして・・・・・・」


「おい。まずはそいつの足を治してやれ」

 団長は足を斬られた男の言葉を無視して後から追ってきていた団員に足を治癒することを命じた。

 治癒魔法を使える者など相当貴重であるはずなのだが、その団員は優秀なのか斬られた足をしっかりとくっつけていた。

 これはアーノルドが綺麗に切断していたのもあるだろう。


 そして団長は男達に向かって叱責とも呆れの感情とも言えぬ表情で説明し始めた。

「バカかお前らは。あれはダンケルノ公爵家の子供だ。それもおそらく今回の戦争の当事者のな。お前達、ダンケルノの領地で問題を起こすなとあれほどきつく言っただろう。お前達はダンケルノを甘く見過ぎなんだよ。他の貴族とは違うんだ。お前達の言葉一つで首が飛ぶこともあるんだ。女の誘い文句のダシにしようものならそれこそ首を斬られても文句を言えねぇぞ?それが許され誰も抗えんからこそ恐れられているんだ。 それと、あのままあの子供とやり合ってなんになる。勝ったとしても待っているのは死だけだぞ?まさか逃げ切れるなんて思ってるわけじゃねぇよな?この領から出る前に全員殺されて終わるさ。それくらい実力差があるんだよ。来る前にそう説明しただろ?むしろさっき殺されなかったのが奇跡だな。・・・・・・仕方ない、急いで引き上げるぞ。団員を今すぐ全員集めろ。ダメで元々だったが流石に雇ってもらうなんて話じゃなくなったしな。これ以上ここにいるのもまずい。・・・・・・・・・・・・まぁ生きて出られるかもまだわからんがな」

 最後の言葉は誰にも聞かれることはなかった。


 

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