第35話
コルドーに隊を任せられる者を呼びに行かせ、その間にクレマンに話しかけた。
「最終的な相手の戦力がどれくらいかわかるか?」
「はい、報告によると現在約1000名ほどがワイルボード侯爵家の戦力と想定されます」
「その内、
「正確な数値は分かりませんが、
「なるほど・・・・・・。では数の割には敵となるものは少なそうか・・・・・・」
この世界では数で単純に戦いの勝敗は決まらない。
それこそ
もちろん何かを守る戦いともなれば話は変わってくるが、単純な戦力という意味では数より質がこの世界の常識である。
侯爵側もアーノルドを守りながら自身を殺しにくる戦いになると思っているので、
もし、侯爵がこちらの戦力事情を知っているなら役に立たない民を戦場に投入するなどしないだろう。少しばかりの足止め程度には使えるだろうが、それだけである。
だが、この世界において
この公爵家ではある程度居るが、それこそ普通の領地であれば数人から数十人いれば良い方である。
そして当然ながら公爵家に密偵を放り込むのは至難の技である。
この後継者争いの際だけ部外者が入ってこれるので、ある程度の情報を得ることはできるが、一線を超えた者は当然処分されるため表向きの情報を得るのがやっとである。
それゆえ、実際のダンケルノ公爵家の戦力は噂に過ぎないと考える者も一定数いる。
今回の侯爵はそこまでバカではないが、アーノルドが率いる戦力を低く見積り過ぎているのである。
自身の凝り固まった考えを絶対であると思い、変えることができなかった者の末路は己の考えの甘さ故に破滅へと導かれることになるのである。
「クレマンよ。貴様は私の臣下ではないのになぜ私のために動く?」
これはアーノルドにとっては敵か味方かという意識が強いために出た問いであった。
クレマンのことを敵ではないとは思っているが、味方でもない人物がなぜ自らの利となることをするのかと。
クレマンはそれを聞き少しばかり眉が動いた。
「アーノルド様、たしかに私は貴方様に忠誠を誓っておりません。しかし、忠誠を誓っておらずとも私が貴方様の執事長であり、仕えていることには変わりないのです。私は一時的とはいえ仕えている人物には最大限の仕事をいたします。それこそが私の使用人としての矜持ですので」
そう言ってクレマンはアーノルドに対して一礼した。
クレマンは怒っている様子ではなかったが、いつもより語気が強いように感じた。
「詮無きことを言った。・・・・・・許せ」
「とんでもございません。出過ぎたことを申してしまって申し訳ございません」
そんなやり取りをしていると、コルドーが5人ばかり引き連れてアーノルドのところに戻ってきた。
「
「
「
「
「
「ああ、こちらこそ此度の戦の助力に感謝する。今回集めたのはこれより戦の場における動きについての軍議をしたいからだ。私はまだ大規模な戦に関する経験が全くない。知識では補えぬところを貴様達に指摘してもらいたい」
「「「「「は!」」」」」
アーノルドは様々な本と読み漁っていたので、戦術に関する知識だけは持っていた。
だが、知識を持っているからといってそれを実践出来るか、また知識通りの展開となるかなどは実際に起きてみないとわからない。
だからこそ、経験豊富な者の意見を取り入れようと思い軍議を開いた。
「まずは相手の戦力の確認からだ。現時点では約1000名ほど、多く見積もっても1500名ほどが敵戦力として想定されている。
「10名ほどが
シュジュが代表してそう答えた。
この公爵家では魔術師達も騎士と同一視されている。
なぜなら、ほとんどの者が両方を使えるように訓練するためである。
だが、剣術と魔術のどちらが得意かによって魔術師主体の騎士か剣術主体の騎士かで分類されている。
この前の昇級試験の場では剣術主体の騎士達の訓練場であるため、魔術師たちはそれほどいなかったはずなのである。
だから、それほど魔術が得意な者はいないのではと思っていたが、
だが、魔術師の数は相手の方が多いので遠距離の攻撃力は相手に劣っていることになるだろう。
「姿を隠すのが得意な者達はいるか?」
騎士達の中でも部署が存在する。
正面きっての戦いが得意な白部隊、暗殺のような搦手が得意な紫部隊、諜報が得意な黒部隊などがある。
それゆえ、得意とすることもまた違うのである。
「はい、おります」
「20名ほどいるか?」
アーノルドがそう言うとほんの一瞬だけシュジュは考え
「15名ほどならばおります」
「そうか。ならば其奴らを使って、相手の魔術師部隊を奇襲により壊滅させようと思う」
魔術師達は基本的に詠唱を必要とするため、魔法しか使用できない者達はその間隙が出来やすい。
なので、今回のような大人数が入り乱れる戦場においてはいくつかの集団で、もしくは全員で固まり、守ってもらいながら後方から攻撃して来るのが魔術師の戦い方となる。
もちろん走りながら詠唱をすることもできるので慣れているものは戦場を駆けながら戦う者もいる。
そして遠距離からの攻撃は厄介であり、身体強化で身を包んでいてもダメージを喰らうことはある。それゆえ、早急に叩きたい。だから、アーノルドは暗殺が得意な者達の人数を聞いたのである。そしてその者達を使って優先的に魔術師を先に殺すことによって戦局の急激な変化を抑えようとしていた。
「戦場はどのあたりになると想定される?」
アーノルドが地図を広げてその場にいる面々に問うと
「普通ならば、このマグル平原にて交戦となるでしょう。しかし、相手には数の利があります。その手前にあるフォグル森の内部で奇襲をしかけアーノルド様を狙ってくる可能性も考えられます」
シュジュがそう答えた。
「森林そのものを破壊するような攻撃を仕掛けて来ると思うか?」
アーノルドが最も危険視しなければならないのは、見えない位置からの広域破壊攻撃である。
森林ごと破壊するような攻撃を撃たれれば、今のアーノルドでは対処することが難しいだろう。
「いえ、それはないかと。あの森林を破壊することは認められておりませんので」
そう言われ、アーノルドにも昔読んだ本でそういった記述を読んだことを思い出した。
「ならば、警戒すべきは奇襲だな。・・・・・・少し遠回りして、別の道から行くか、そのまま進むか。・・・・・・いや、そのまま進む方が良いな」
アーノルドはどちらを選ぶか迷ったが、もし別の道にいき奇襲を免れたとしても、先にマグル平原にて戦いを始めた際に後ろからの挟撃を喰らう可能性を考え、奇襲を受ける方がマシであると判断した。
「全滅を避けるために、少し間隔を開けて幾つかの集団に分けて進むのはどうでしょう」
ラインベルトがそう進言してきた。
「そうだな」
フォグル森を抜けるためにはどうしても1〜2日かかる。
それゆえ、ずっと固まっていると周囲を包囲され狙い撃ちされる可能性がある。
そしていくつかの集団に分けることで木々によって出来る死角を少なくし、敵の発見を高めることができると判断した。
「フォグル森は出来るだけ早く駆け抜けることとする。そしてその後マグル平原での戦いになるが、この戦場では5つの小隊に分けようと思う。
一つは先ほど言った敵の魔術師を排除するための小隊、そして残りは敵の部隊を突破し、最終目標である侯爵の殺害、もしくは拘束をするまでの露払いの役割となる」
「陣形は如何なさいますか?」
「28人ずつを逆三角形の頂点になるように配置し、私を含む10名がその中心もしくは前方から援護しながら侯爵の元まで突き進む。無策に1000人の規模に突き進むことは避けたい、それに魔術師の暗殺部隊に注意がいくことも避けたい。何か注目を集め戦隊に穴を開けられるような攻撃をできる者はいるか?」
「それならば、私が」
そう言ってきたのはハンロットであった。
「私はまだ
自身とは離れた場所への攻撃は、大体の場合、
ハンロットの口ぶりからはおそらくエーテルを使った攻撃を扱えるのだろう。
この世界にも剣以外の武器、弓なども存在するがただの弓を射ったとしても身体強化をして防御力を上げた
「わかった。では、頼んだぞ」
「は、かしこまりました」
ハンロットは勢いよく敬礼した。
「真ん中を突き進むと当然徐々に囲われてくるだろう。そうなると
コルドーを除く唯一の
アーノルドは任せるのに不足はないだろうと思った。
「は、お任せください」
シュジュは恭しく一礼した。
「この中に暗殺が得意な奴はいるか?」
「私めにございます」
シーザーが小さく挙手をして答えた。
「ならば、貴様に暗殺部隊を任せる。残りの得意な者を集め魔術師部隊を撃破せよ。そして撃破できたなら出来る限り挟撃による攻撃に移ってもらいたい。だが、戦局はいくらでも変わるだろう。危なくなったと思ったなら退くことを許す。総指揮系統は私が持つが、戦闘中の指揮系統は各小隊の隊長が持つものとする。臨機応変に対応せよ」
これはアーノルドが全て指揮するよりも経験豊富な各小隊の隊長に任せたほうが良い結果になるだろうと思ったためであった。
「まずは騎士級の半数程度が侯爵の周囲にいる状況を考えよう。敵の主力の
次に考えるのは敵がどのような動きをするかである。
あらゆる可能性を考え、できるだけ考えていない状況が現れるのを避けるのである。
主力となるものを最前線において猛威を奮わせることもあれば、自身の側において守らせる者もいる。
侯爵の性格を知っている者がいるのなら予測することも出来るだろう。
そう思ってアーノルドは皆に問いかけた。
「私に心当たりがございます」
そう発言してきたのはコルドーであった。
「ワイルボード侯爵家に仕えている
アーノルドが狙われることはないということを躊躇ってか、少し間を開けて答えた。
「ということは前線に出て来るのか?」
アーノルドは特に気にした風もなく次の質問を投げかけた。
「いえ、おそらく最初は侯爵の周囲で我々が来るのを待つでしょう。そしてこちらが劣勢になればおそらく待ちきれなくて出てくるかと」
コルドーはその男をよく知っているのか、自信を持って敵の行動を分析していた。
「ならば、駆け抜ければ問題はないと考えるか。もし接敵することとなったとき、コルドー、貴様に任せて問題はないか?」
「はい、ございません!」
コルドーは力強く答えた。
「侯爵の元までたどり着いた場合は、そこからは誰も私の邪魔をせぬようにしてもらうこととなる」
「侯爵が劣勢と判断すれば逃げる可能性もありますが、如何なさいますか?」
シュジュがそのような問いをアーノルドにしてきた。
「此度の戦で戦力を分けすぎるのは危険である。もし、相手の主力達をほとんど倒している状態ならば追うことも考えるが、そうでないならば侯爵を追いはせず後で殺すことも視野にいれる。その場の状況によってそれは判断することとする。だが、主力を倒してもいない状況で逃げるのは考えにくい。なので、侯爵が逃げた場合は私が部隊から飛び出して殺しにいく、できれば援護をしてくれ」
「は、かしこまりました」
たしかに最終目標は侯爵の殺害であるが、それにばかり囚われてその過程を蔑ろにすれば何も得ることができない結果となるだろう。
それゆえ、アーノルドはその場で必ず侯爵を殺そうとは考えていなかった。
殺すことは決定しているが、その場所が戦場である必要はないのである。
だが、そのような状況になるのは考えにくいと考えていた。
そもそも敵の大将が逃げた時点で忠誠を誓ってもいない残された兵達の士気は大幅に落ちるだろう。
そうなれば追うことができないなどといった状況にはならないだろう。
そして逃げたとしても1人監視をつけておけばどこに逃げようとも殺しに行くことができるし、妻子を連れて逃げるとなると機動力もだいぶ落ちる。充分追いつけると考えていた。
最終目標は侯爵の殺害である。それさえ為せればこちらの勝ちなのである。
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