第36話
結局その日は一日中軍議をし、あらゆる可能性を検討しその対策を立てることとなった。それと隊の振り分けも決めた。
私の隊は、私、クレマン、メイリス、コルドー、パラクに加え騎士級の騎士が5人の計10人の隊となる。
出発は5日後。
戦の準備もしなくてはならないので、自由に動けるのはもう2日くらいしかない。
その2日は魔物の討伐とマードリーによる魔術の訓練に費やそうと思っている。
――∇∇――
初の魔物討伐の日。
冒険者ギルドへの登録も数分で終わってすぐに公爵領の中にある1番小さな森に来ていた。
この世界の冒険者ギルドというのは魔物討伐のためにある組織らしく、特に個々人にランクなどはなく何を討伐するのかなどは全て自己責任であり、討伐した魔物を持っていきその素材の売買をするための場所という意味合いが大きいとのことらしい。
また誰がどこにいて、危険度の高い魔物が出現した時などに迅速に対応できるようにするための組織でもあるらしいが、それほど頻繁に街の近くに強力な魔物が出現することはないので、それほど呼び出すなどといったことは起きないらしい。
強力な魔物はほとんどが人がいないような奥地に生息しており、ごく稀にエサなどが無くなり人里近くに出現する程度らしい。
冒険者登録すると証としてカードがもらえ、身分証明にもなるし低級の魔物は一般人でも討伐することはあるためほとんどの者は登録しているらしい。
「アーノルド様、これより先はいつ魔物が襲ってくるかわかりませぬ故、警戒を怠らないでください。私は見てはおりますが、アーノルド様をお助けすることを期待しないでください」
そう言ってコルドーは気配を消し、そこに居るとわかっているのに居ないかのように見える見事な隠形であった。
コルドーがいれば知性のある低級の魔物は近寄って来なくなるため気配を消したのである。
アーノルドが今いる森は適度に太陽の光が差し込んでいるので薄暗くはないが、木々が生い茂っていて見通しは悪かった。
それゆえ、気をつけなければ死角となる木の裏側からいきなり奇襲を受けることもあるため、常に気を張っておかなければならなかった。
アーノルドが耳を澄ますと、葉が揺れる音、虫の鳴き声などが鮮明に聞こえてきた。
アーノルドが唾を飲む音がはっきりと聞こえ、アーノルドは即座に動ける体勢を保ったまま森を動き始めた。
少しばかり歩いたアーノルドは一度深く呼吸してから、臨戦体勢から警戒まで引き下げた。
いつ殺し合いになるかわからぬ場にいるとはいえ緊張しすぎていると思い肩の力を抜いたのである。
この森にいる魔物はそれほど強くはない、今のアーノルドであれば遅れを取ることはないだろう。
それはアーノルドもわかっていた。
だが、初めての殺し合いの場ではやはり緊張を拭えないのだ。
その時、遠くからガサガサと何かが迫ってきている音がした。
アーノルドはそちらの方に剣を構えながら、別方向への警戒も怠らなかった。
そして草陰から四足歩行の獣が飛び出しアーノルドに飛びかかってきた。
その獣は吠えながらアーノルドに噛み付いてきた。
アーノルドは剣でその獣の牙を防ぎ、弾き返した。
その獣は少し離れた位置でジリジリと動き、こちらの出方を伺いながら唸り声を上げていた。
(シルバーウルフか。群れで行動することが多いと書物では書いていたが、1匹か?しかし、なるほど。たしかにこれは経験しておくべきかもしれんな)
シルバーウルフと呼ばれる狼のような魔物は体長2〜3mほどの魔物でシルバーというよりはグレーの毛を持っている。
動きは素早く一度噛みつかれると厄介ではあるが、それほど強い魔物ではない。
そしてアーノルドは野生の魔物が放つ、『お前を殺す』、といった人間の威圧とはまた違った、雑味が一切ない純粋な殺気をビリビリと肌に感じていた。
剥き出しの殺気というものは確かに人が醸し出す殺気よりもわかりやすいものであった。
コルドーが言っていた気配を読み取る訓練になるというのもわかる話であった。
しかしアーノルドはその程度で足がすくみ動けなくなるということはなかった。
むしろ、アーノルドの心の中では戦いへの狂喜の感情が芽生えていた。
強くなるための第1歩である。
飽くなき強さを渇望しているアーノルドにとって目の前の獣など、それこそ自らの糧にしか見えていなかった。
先ほどの緊張などいざ戦闘になれば見る影もないものとなっていた。
シルバーウルフは痺れを切らしたのか唸り声を大きくし、再びアーノルドに飛びかかってきた。
アーノルドは心の高なりとは裏腹に、焦ることもなくただ冷静にシルバーウルフを見つめていた。
そしてお互いが交差する瞬間にアーノルドは身体強化を使いシルバーウルフの首を下から上に斬り飛ばした。
アーノルドは一度息を吐いて、呼吸を整えた。
その姿は喜ぶでもなく、落ち込むでもなくただただ自然な立ち姿であった。
「おめでとうございます。次は身体強化を使わずに倒してみましょう。身体強化ばかりに頼っていると、剣術自体が疎かになってしまうことがあります」
「そうか。わかった」
コルドーはアーノルドが身体強化なしで振るえるような少し小さめの特注の剣を差し出してきた。
「先ほどより切れ味は悪くなります。ただ叩き斬るのではなく、しっかりと技術を使って斬ってください」
アーノルドは渡された剣の素振りを1度だけし、また森を進んでいった。
森の進み方や獲物を見つけるための見方などもあるのだが、本で見ただけの知識をしようとしてもそちらに注意がいってしまい警戒が疎かになるためアーノルドは一切そんなことは考えず進んでいった。
それに対してコルドーも特に何も言うことはなかった。
無意識レベルでできるようになるまでは一つ一つできるようにして行くべきだからだ。
慣れてもいないことをいくつも同時に考えて動くとどうしても意識が疎かになり、こういった命のやり取りの場ではそれが致命傷となる可能性すらある。
中途半端に知識だけを持っていると実践したくなるところであるが、アーノルドにそのような見栄は存在しなかった。ただ強くなりたい、そのために自身がすべき行動を突き詰めて考えれていたのである。
アーノルドは先ほどと同じように肌がひりついたような気がした。
奇襲されることを防ぐために即座に近くにあった視界が開けた場所まで行き、臨戦体勢を取った。
現れたのは3匹のシルバーウルフであった。
そのうちの1匹は他のシルバーウルフに比べて大きかった。
先ほどとは違ってすぐに飛びかかってくるようなことはなかったが、とても怒っているのか3匹ともヒリヒリとした殺気をアーノルドに向けていた。
この3匹は先ほど倒したシルバーウルフの仲間だった。
アーノルドには先ほど倒したシルバーウルフの匂いが付いているので、シルバーウルフ達にとってはアーノルドは仲間の仇であった。
そして、一際大きなシルバーウルフが遠吠えをした。
アーノルドはこの行動の意味について本で読んだことがあった。
1つ目は自身を奮い立たせるために吠える場合、そして2つ目は仲間を呼び寄せるために吠える場合。
確かにアーノルドは1匹のシルバーウルフを倒しているため警戒はされているだろう。だが、お世辞にもその個体はアーノルドに怖気付いている様子はなかった。そこにあるのは確実に逃さないといった鋭い目付きだけであった。
「アーノルド様」
コルドーが話しかけてきた。
「わかっている」
そう言ってアーノルドは笑みを浮かべた。
シルバーウルフは1匹や数匹程度ならばアーノルドにとって何の脅威にならないが、明確な指揮系統のもと集まったシルバーウルフの集団は動きが一線を画する。
今回の目の前にいる個体は明らかに指揮個体であるため時間をかければ、めんどくさいことになるのは目に見えていた。
指揮個体はいわばシルバーウルフの王である。
他のシルバーウルフは王の敵を、そして王を守るために死に物狂いで攻めてくる。
アーノルドも身体強化を使えば、勝ちきることは容易にできるだろうが、無傷というわけにはいかないだろう。
遠征を前にそこまで追い詰める必要はないと判断したアーノルドは即座に指揮個体を倒し、有象無象となったシルバーウルフを自身の糧とすることにした。
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