第28話 幕間
コルドーはアーノルドと試験官の顔合わせを済ませた後、アーノルドの昇級試験を見るために訓練場の一角にてコルドーは腕を組んで立っていた。
「よう、コルドー!」
「ん?バレリーか。久しいな」
声がした方を振り向くとコルドーと同時期に公爵家の騎士団に入隊したバレリーがいた。
「ああ。やっと昨日任務から帰ってこれたからな。3ヶ月くらいか?まぁ任務自体は楽だったがな」
「そうか。なら今は休暇期間か?」
この公爵家では意外にも休みというものが存在する。
遠方への任務から帰ってきた者には1週間の休暇が与えられる。
公爵によってその辺のルールは変わるのだが、今の公爵は人の扱いというものを心得ていた。
「ああ。それよりお前、今は後継者候補の剣術指南をやってるんだって?」
「ああ、そうだ」
「それで、この祭りは何なんだ?まさかと思うが・・・・・・」
「
「はぁ⁈まだ教育が始まって1、2週間ってところだろう? それで今日受けるのはお前の教え子なのか?」
「ああ」
コルドーがそう言うと、バレリーは嫌そうな顔をした。
「残念だったな」
バレリーがコルドーを慰めるようにコルドーの肩に手をポンと置いた。
「勝手にアーノルド様をそこいらの者と同一視するんじゃない」
コルドーはバレリーの手を振り払った。
「ん?なんだ珍しいな。もう肩入れしてんのか?それじゃあ期待できるってことか?」
バレリーはおどけたような表情でコルドーに言った。
「黙って見ていろ。そんなことは自分で見極めるといい」
コルドーは既にアーノルドに気持ちが傾いていた。まだ完全に認めたわけではないが、バレリーの言葉に主人をバカにされたかのように不機嫌になっていた。
(おいおい。たかだか2週間程度でこのコルドーを落としたのか?そもそもなんでこいつが教師役なんてやってんだよ)
「しっかし、小さいな〜。あんなんで本当に剣を振り回せるのか?それに・・・・・・対戦相手のあいつ・・・・・・名前なんてったっけ?」
「パラクだ」
「そうそうそんな名前だったな。
バレリーはコルドーの態度が明らかにアーノルド寄りにもかかわらず、アーノルドを窮地に陥らせる可能性がある行動をとっていることに疑問を覚えた。
「・・・・・・この程度のことは乗り越えてもらわねば今後に期待などできん。それにパラクにもいい経験になるだろう」
「ほう。ってことはあの坊主がパラクに勝てる可能性が充分あるってことか。・・・・・・たかだか2週間でそのレベルになったのか?化け物じゃねぇか・・・・・・」
バレリーはコルドーの方を向き顔を引き攣らせていたが、コルドーは腕を組みアーノルドの方を見るだけだった。
しかし、バレリーはどれだけ考えようと2週間でアーノルドがパラクと戦える水準に至れるとは思わなかった。
いや、バレリーだけでなく誰もがそう思っているだろう。
バレリーがアーノルドの方を見ると既に2人が向かい合っていた。
周りでザワザワと話していた騎士達も話をやめ、アーノルド達の動きを見逃すまいと注視していた。
すると、アーノルドが5歳児とは思えない速度でパラクに向かっていった。
それにはバレリーも目を見開いた。周りの騎士達も同様に驚きざわめきが起きていた。
「おいおい・・・・・・。まさか・・・・・・。もう身体強化を扱えるというのか⁈」
「ああ。教える前からもう既に使っておられた」
バレリーが独り言のように言った言葉をコルドーは拾った。
「まじの化け物じゃねぇか。ありえねぇだろ。いや、ありえねぇよ・・・・・・」
バレリーはガシガシと頭を掻きながら、徐々に言葉が尻すぼみとなっていった。
「だが・・・・・・剣術はまだまだキレイなもんだな。あれでは崩すことはできんだろう。それにパラクの方もまだ手を抜いていやがるな?」
バレリーから見たらパラクはまだまだ手を抜いていた。だがこれはアーノルドが従騎士級に相応しいかを見る試験であるので、ある意味即座に倒すのは間違いでもあるのだろう。
だが、当然この場にてそれはしてはいけないことである。いつ何時でも全力で事にあたることを当然とする。故に手加減などもってのほかである。例え主家の血族相手とはいえ勝てぬ者は淘汰されるだけである。挑むとアーノルドが決めた時点で、手加減する方が礼を失しており全力で倒しに行かぬのは論外である。
「さっきのパラクにもいい経験になるってのはどういうことだ?」
「ああ、パラクが同じ
「ああ、一時期あいつは有名になっていたからな。知らんやつの方が珍しいだろう」
「パラクの剣の腕前は既に
「エーテルだな?」
「そうだ。
「う〜ん、そりゃ・・・・・・。忘れたな」
バレリーは先にエーテルを扱えるようになったコルドーや同期の者達に置いていかれるのが嫌で必死になったからエーテルが発現したのである。それをバカ正直にコルドーに言うのは恥ずかしくて出来なかった。
「・・・・・・意志の強さだ。総じて言うなればエーテルを扱えるようになった者は何かに対する強固な意志と覚悟を持っている。漠然と強くなりたいなどといった半端な気持ちでは到底届かぬ領域だ」
「まぁ・・・・・・そうだな。それであのパラクってのは
「ああ。昔、あいつの過去を聞いたことがある。そしてあいつはそれを成し遂げるために強くなりたいとな。だが、あいつは優しく甘すぎる。意志や覚悟はたしかにある。だが、心の底から全てを捨ててでも手に入れようというほどの意志と覚悟を持っておらん。いや、奴は持っているつもりではあるのだろう。だが、上には上がいる」
「それが、あの坊主であると?」
「ああ。アーノルド様の強さへの渇望はもはや狂気の域とすら思うときがある。何があそこまでアーノルド様を突き動かしているのかわからないが、あの強さへの渇望がパラクに何らかのきっかけになればいいと思っている」
「おいおい、主君をだしに使おうってのか?」
バレリーはニヤニヤとしながらコルドーに言った。
「・・・・・・きっかけになれば良いと思っただけで、そのような意図はない」
コルドーは目を瞑って答えた。
――∇∇――
「なんというか、決定打に欠ける戦いだな〜。少し飽きてきたぞ?」
バレリーはあくびをしながらそう言った。
「もう
試験官が
そして明らかに実力的には問題ないにもかかわらず3時間弱もの時間、打ち合いを続けているのだ。しかし、誰も止める様子がない。
「こいつらはアーノルド様の本質を見たいのだろう。人の本質というのは傷ついたときや疲れたときにこそ出てくるものだ。だからその状態になるのを待っているのだろう」
しかし、アーノルドは身体強化により体力を補完していたので3時間弱経った今でもまだ動けていたし、アーノルドとパラクが
流石に他の騎士達もこの展開の動かなさに焦れてきていた。
そのときアーノルドがパラクを弾き飛ばし、今までの小競り合いは終わりお互いに向かい合った。
「ん?何か仕掛けるみたいだな。やっとか・・・・・・もう少し早く仕掛けれるべきであろうに。長引けばジリ貧になるのは明らかに坊主のほうだからな」
「その通りだな。さて、お前達はこの後の展開をどう読む?」
1人の男がコルドーとバレリーに近づいてきた。
「シュジュじゃないか。久しぶりだな」
「うむ、久しいな」
話しかけてきたのはシュジュと呼ばれるどこか知的さを思わせる風貌の男であった。
「この後の展開だったな。まぁ坊主には悪いが何をしようがパラクには勝てんだろう。身体強化には驚かせられたがそれだけだ。剣術もまだ凡人の域を出てはいない。それに対してパラクは対人戦の経験も豊富で、特に初見の技に対する対処も得意だと聞く。
そういうのが不得意な奴ならまだしも、守りが硬いやつを抜くには、思いもよらぬ意表をつく攻撃か力づくで突破するしかない。2週間の成果としては充分すぎるほどだが、やはりまだまだ青いな」
「コルドーは?」
「そうだな。この後の展開次第だろうが、アーノルド様が勝つだろう」
コルドーは堂々と言い放った。
「ほう」
シュジュもバレリーも目を細めコルドーを見た。
「シュジュ、貴様はどう思っている?」
「私は2人のことをよく知らん。だが・・・・・・少し見た印象で言うのなら・・・・・・アーノルド様だろう。パラクはたしかにアーノルド様より優れている。だが、勝利に対する貪欲さが見えん。最後に勝負を分けるとするならそうした部分だろう」
「んだよ。俺だけ仲間はずれかよ」
バレリーは少し不貞腐れた。
アーノルドがパラクの剣を上に弾いてガラ空きの胴体部分に薙ぎ払い攻撃を行った。
「おお〜、あれを防ぐか」
「たしかに才はありそうだな」
「そうだな、あの状態から受け流すのはなかなか難しいだろうに、手慣れた動きでスムーズに受け流したな」
バレリーとシュジュはパラクのことを知らないので初めてパラクの才の片鱗を見たのである。
アーノルドがパラクに背を向ける形になった。
「ああ、それはダメだ」
「あんな見えすいた罠はダメだな。だが、さっきまでのキレイな剣よりは100倍マシか。やっとそれらしい戦いになってきたな」
シュジュとバレリーがそれぞれアーノルドの行動を評した。
「お!いいねいいね!そうだそこで腕を掴んで・・・・・・いけ!」
バレリーは自身の予想した通りになることを期待してパラク寄りの思考をしていた。
アーノルドが足払いをされ、そのままバッサリと斬られた。
「よし!これは決まっただろ!」
明らかに不謹慎な言葉ではあるが、周りに聞こえないくらいの配慮はしていた。
ドヤ顔でコルドーとシュジュに顔を向けたが、2人だけでなく他の騎士達もむしろ一層顔を引き締めてアーノルドを見ていた。
バレリーは面白くなさそうに再びアーノルドの方を見て、目を細めることとなった。
「おいおい・・・・・・あれでまだ立ち上がれんのかよ。あの歳でどういう精神力してんだよ・・・・・・」
「お前は訓練中ですら泣いていたからな」
シュジュはバレリーを揶揄うように口にした。
「うるさいぞ」
バレリーはアーノルドから視線は外さずにそう答えた。
「やはり、最後にものをいうのは覚悟の差であったな。あれを見て気圧される程度では・・・・・・」
ゆらゆらと立ち上がったアーノルドを見て1歩下がったパラクを見てシュジュが顔を顰めてそう言った。
「しかし、傷ついてなお威力が衰えぬばかりか威力が上がるのか。本当に化け物だな。それとも負傷訓練でも施していたのか、コルドー」
「いや、そんなことはしていない。騎士との訓練で模擬剣で叩かれることはあってもあれほどの傷を負われるのは初めてのはずだ」
コルドーはアーノルドとの訓練を思い出しながらそう口にした。
「・・・・・・お前ら、初めてあんな傷を負った後に動けるか?」
バレリーが2人に対して尋ねた。
「・・・・・・俺は無理だったな」
「私も蹲ってしまって怒鳴られたな」
コルドーとシュジュがそれぞれ自らの過去を思い出しそう答えた。
「だよな〜。どういう精神力してんだ?それともあれがダンケルノということなのか?」
「いいや、ダンケルノ公爵家の者だから無条件でああではない。あれはアーノルド様だから出来ることだ。言っただろうアーノルド様は狂気を心の内に飼っておられる。強くなるため、勝つためならばリスクがあろうと手段を選ばず実行するだろう。あの程度の傷で動けなくなるはずがない」
コルドーは険しい顔をしてアーノルドから視線を外さずバレリーに対してそう言った。
しかしその直後に予想外のことが起きた。
「「「ん」」」
アーノルドがいきなり操り人形の糸が切れたように動きが変わり、パラクに何の抵抗もせずに蹴り飛ばされてしまった。
「あー、幕切れは何とも締まらん結果になったな。まぁ充分だろう」
極限状態でのアーノルドの行動を見ることが出来たが、バレリーだけでなく他の騎士達も、これからが本番というときに呆気なく終わってしまった2人の戦いを見て何とも言えない空気が漂っていた。
しかし、パラクが試験官を見てもまだ終わりを告げなかったので周りの騎士達がざわめき始めた。
「————まだやらせる気か?」
「————流石にもう終わりでいいのでは」
「————まさか気絶させるまでやらせるのか?」
ザワザワと騎士達が騒がしくなっていた。
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