第2話

(何か暖かなものに包まれている感じがする)


 まったく体が動かせず、喋ることすらできぬ今の状況に混乱しつつも、どこか安堵の感情といったものが浮かんでいた。


 すると何だか騒がしい声が聞こえてきた。


 だがそこで、私はふと疑問に思う。


(あれ? そういや私は何してたんだっけ……)


 前後の記憶が思い出せない。


「$%&#%$&#%&$|#$&’#」


(なんだ? 何を言っているんだ? 目も開けられないし、体に力も入らないな)


 そして一気に寒くなったような気がした。


「$%#$%|#$&$%#!」


(寒い! 窓を開けたのか? 閉めてくれ!)


 何を言っているのかわからないその人物に心の中で必死に懇願した。

 

 このままだと凍え死にそうだと。


 寒さに震えながらそう思っていると、願いが通じたのか暖かいお湯のようなものに入れられた。


 そして一息吐いたことで余裕でも出てきたのか、何があったのか徐々に思い出してきた。


(ん? そうか……。思い出した。私は確か車に轢かれて……。命は助かったのか……。だが、体に全く力が入らないし目も開けられない。お金もないから入院費など到底払えないだろう。こんな状態で生きていても……)


「$#%$|#¥$」


(そういえば言葉もわからないな……。脳が損傷しているのかもしれないな……)


 だがもはやどうでもよかった。


 人生などもはや終わったも同然なのだ。


 今更言葉がわからない程度どうでもいい。


 そこまで考え、脳が急速に疲れを感じ始めた。


 そして急激な眠気に襲われる。


(そして眠い……これ以上はむり……だ……)


 突然の眠気に抗えず、そのまま眠りについた。



 次に目が覚めると、薄く目を開けることができた。


(周りに落ちないように柵がしてあるのか? 動くこともできないというのに……。ん? 誰か来たな)


 足音を感じ取り、誰かが来たことを察する。


「#$%¥$#」


 その人物が部屋に入ってきて何やら話しているが、相変わらず何を話しているのかはわからない。


 その人物が近くまでやってきて、やっとその姿を確認できた。


(看護師か? 英語、中国語、ドイツ語ならわかるが何語なのだろうか? そしてなんだその哺乳瓶のような物は! 植物状態の人間が飲めるわけなかろう! それに看護師のくせに何だそのメイド服のようなものは! 私が知らない間に世界がそこまで変わったのか? んぶっ! ……ゴクゴクゴク……ゲップ)


 まるで赤子のように飲んだ後に背中をトントンとされゲップさせられた。


(何だこいつは⁈ まるで赤子のように……)


 そこで私は気がついた。


 自分の体がかなり小さくなっており、手も赤子のようにふっくらした小さな手だった。


(ん? なんだこれは? これは私なのか⁈ 私はどうなって……し……ま……)


 混乱した頭とは裏腹に、ミルクを飲んだためか強烈な眠気が襲ってきてそのまま抗うことができず眠りについてしまった。



 結局その後も自分の置かれた状況がわからず数ヶ月が過ぎていった。


 だが、周囲の状況からなんとなく自分はもう前の自分ではなく、ここも日本ではないということは理解できた。


 妻がよく読んでいたライトノベルに出てくる転生なるものなのではないかと思うようになってきた。


 私は全く興味がなかったので妻が楽しそうに話しているのを聞いていただけだったが……。



 そして数ヶ月もすると少し声を発することができるようになった。


「あー……あー……うー……」


「#$%&#」


 私が声を発すると近くで待機しているメイドらしき人がニコニコと笑みを浮かべながら何か話しかけてくる。


 だが、相変わらず何を言っているのかは一切理解できない。


(しかし私がもし赤ちゃんになっているのだとしたら私の母親は何をしているのだろうか。まだ一度も会ったことがないのだが……。それともこの人が私の母親なのだろうか)


 未だに母親らしき人物を見たことがない。


 視界に入るのはメイドらしき人物達だけである。


(だがもしこれが転生というものならば、私は今度こそ間違えない‼︎ 勉強だけどれだけできようと力がなければ淘汰されるだけだということを思い知った! 今世では力を手に入れてやる‼︎ ……そういえば、転生ものでは妻がよく神様にまず会ってチートなるものを貰うと言っていたが、そんなものなかったな。所詮は物語とは違うということか。いや、むしろ神などに頼ろうというのがそもそもの間違いだ。すべては自分で手に入れる。もはや他者になど縋らない。それにそんなものが無くてもこの世界で力を手に入れることは変わらん!)


 そう思って動けない体であるが、今できることをしようと手をにぎにぎしたが、すぐに動けなくなる。


(ダメだ。すぐに疲れてしまう……。鍛えるのはもう少し大きくな……て……か……ら……)


 疲れたからか眠気に襲われた私はそのまま眠りへと落ちた。



 ーー∇∇ーー


 それから数年後、三歳となった私は何とか言葉がわかるようになっていた。


 私の名前はアーノルド・ダンケルノというらしい。


 そしてなんとダンケルノ家は公爵家であり私はその家の三男であるのだそうだ。


 公爵家といえば王族に次ぐ地位である。


 生まれながらにほとんど頂点に近い地位を手に入れたことで内心かなり喜んでいた。


 だが、未だに母親にも父親にも会ったことがないのが気がかりだった。



 その後、一年間の間に様々なことを教えられた。


 この国の地理や歴史、算術に言語等、とても三歳児がやるとは思えない内容であるが、私は誰にも負けない力を手に入れるのが目的であるので好都合だった。


 誰にも負けない力には当然勉学も含まれている。


 どれだけ力や立場が強かろうと頭が悪ければ、いや世の中というものを知らなければ簡単に騙され淘汰されてしまうのだ。


 そして聞けば、この世界では魔法という概念や、騎士というものも存在し、さらには魔物なるものまで存在しているのだとか。 


 それを聞き、私は物理的な力でも今世では強くなると心に決めた。


 どれだけ地位があろうが圧倒的な力の前には平伏さないといけないだろうと思ったからだ。


 そして、この公爵家に生まれたことを感謝し私は次の目標を立てた


 1. 誰にも負けない知性を手に入れる

 2. 誰にも屈しない圧倒的な武力を手に入れる

 

 まだ漠然とした目標ではあるが、今世では二度とあのような惨めな人生を送りたくないのでぬるま湯に浸かって暮らしていくつもりはない。


 時間は有限なので、この時期から勉学を教えてくれるのはありがたかった。


 そしてさりげなく武術や魔法の鍛錬をしたいと言ったのだが五歳になってからだと困った顔で言われてしまった。


 仕方がないので知識だけでも、と思い書庫で魔法関連の本を探したが一冊もなかった。


 元々前世でも勉強は苦手ではなかったし、この体が優秀なのか子供だから吸収が早いのか四歳になる頃にはもう初等部卒業レベルまで学び終わってしまった。


 そして五歳になる頃までに中等部卒業レベルまで終わったのである。


 しかし私は浮かれていたのだろう。


 出る杭は打たれる、ということを忘れていたのだ。


 あれほど自戒したというのに……。


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