印象

迷子のナエタ

印象

 前の日に親が見ていた映画をぼんやり眺めていた鈴木は、それを真似して大人びた言動を友達の前で披露した。そんな鈴木をみて友達たちは口をそろえて言う。鈴木君は大人だと。映画の真似をして大人を装ってみるだけで周りは簡単に騙されてしまうのだ。鈴木は有頂天になった。この時、鈴木はこれを自分の才能だと気づいたのだ。

 大人びた真似をすることに飽きてきた頃、今度は優しいふりをしてみた。先生のお手伝いを積極的にして、教室の掃除もいつも以上に頑張った。困っている友達にも積極的に声をかけ、手伝ってあげた。今度は、友達だけでなく先生たちも自分のことを噂する。鈴木君は優しくて真面目だと。自分にとって周りからの印象を操作することなど造作もないことなのだ。改めて鈴木は自分の才能を感じた。鈴木の気分は最高潮だった。

 それから暫くして、今度は鈴木は自分がただの良い奴だと見られることに飽きてきた。鈴木には考えがあった。好印象を皆に植え付けた自分には、悪印象を皆に植え付けるのも当然簡単なことなのだと。次の日から自分の印象を所々悪くして、所々悪い面もある奴になろうと考えた。鈴木にとってただいい奴よりも少々陰のある奴の方がかっこいいと感じたのだ。周りからの自分への印象を考えている時間は鈴木にとって至福の時間であった。

 次の日から、鈴木は怠け者の振りをした。宿題を忘れ、掃除の時だけ姿を隠し、人の頼みも面倒だとして断った。鈴木を頼りにしてきた友達たちには敢えて素っ気ない態度を取った。鈴木の反応をみて、友達や先生たち皆が意外だという反応をした。以前の大人ぶった振りや優しい振りが効いていることは嬉しかったが、自分が悪い奴だという印象は中々根付いてもらえず鈴木は少し残念に思った。自分の才能が消えてしまったかのように感じて、鈴木は不安に思った。それでも根気強く繰り返していると、暫くして友達も先生も自分のことを、怠け者で冷淡だと噂するようになった。自分の思い通りに周りの印象が変化していったことに鈴木は喜んだ。

 しかし、鈴木にとって誤算だったのは自分への印象が悪くなりすぎたことだった。悪い印象がついたのと同時に、周りの自分への扱いも変わってしまったのだ。鈴木の想像では前のように仲良く、そして優しくされたまま少しトゲのあるやつだとして一目置かれる存在になっているつもりだった。それが実際はどうだ。悪い奴というよりも雑で適当な奴だと思われ今までなら言われなかった棘のある言葉を吐かれた。そして、そんなことを言われることに慣れていない鈴木は、言い返すこともできずただただ愛想笑いをするだけであった。

 どうやら悪い印象の植え付けは失敗したらしいと気づいたのはそれからさらにしばらくした後だった。そこで前のような印象に戻そうと鈴木は考えた。元に戻れば自分は前のように友達や先生と仲良くなり、優しくしてもらえると信じた。次の日から鈴木は前と同じように、いやそれ以上に友達にやさしくし、友達の手伝いをはじめ、前みたいな大人びたふりをし始めた。しかし、友達からの印象はあまり変わらなかった。むしろ、そんな鈴木の対応は周りの反応を助長させた。鈴木への印象はただ適当な奴としてではなく面倒くさいことを手伝ってくれる都合のいい奴へと変わり、周りからの扱いも鈴木の対応とは裏腹にさらに雑になっていく。しばらくすると友達たちは面倒くさいことは鈴木にしてもらうようにし始め、鈴木のミスに対しては人一倍強く当たるようになった。それに合わせて鈴木は自分のしたいことやしなければいけないことができなくなり始めた。宿題もその中の一つであった。友達の宿題をすることはあったが、自分の宿題をする時間をとることはできなかった。友達の宿題と自分の宿題の内容を同じにするわけにもいかず、自分の宿題はやろうと思ってもいつも以上に時間がかかってしまい中々やろうと思えなくなっていたのだ。自分の宿題をやろうと思えない自分を見て鈴木は恐ろしくなった。ただの振りだった怠け者な自分が本当になり始めているように感じたのだ。

 宿題が提出できないとなると先生からの印象もさらに悪くなり始めた。親が忙しく先生に親との三者面談を設けられることがない事が救いではあった。しかし、親へ先生から連絡があったのだろう、時々親は鈴木に注意をした。それに対し、うまく言い訳をする術を持たない鈴木は笑うことしかできず苦しんだ。

 鈴木は寝る時間を減らして自分の宿題をすることにした。おかげで宿題をすることできたがその中には間違いも多く先生からの印象を変えるほどではなかった。友達からは自分の宿題を出し始めいい子になろうとしているように思われ、さらに印象を悪くした。

 鈴木は寝る時間を失い始め友達や先生からの印象も悪いままのこの現状に徐々に耐え切れなくなり始めた。ある時、友達に頼まれて代わりにやった宿題を一問間違えたとき、友達は怒り、鈴木を押した。鈴木は寝不足なこともあり倒れてしまい、軽くうめいた。うめいたことで体から力が抜け自分の苦しさが無意識のうちに吐き出されていった。すると、友達が言う。

「こいつ、今度は苦しいふりしてるぜ」

 自分が大人びたふりをしたり、怠け者の振りをすると皆、大人びている、怠けていると噂していた。しかし、自分の苦しさを吐き出した時にだけ苦しいふりをしているという。どうも食い違うようだ。

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