第2話 2043年12月30日 01:13(‐9)
この日、過去に類を見ない大規模な太陽フレアが発生した影響により、世界中が混乱の渦に巻き込まれていた。世界各地で通信障害や電子機器の不具合が多発し、普段見ることの無い地域でもオーロラが観測されていた。
そんな中、オーロラを背に上空35000フィートで合衆国空軍の空中給油機から燃料補給を受ける、最新鋭のステルス戦闘機がいた。周囲には多数の同型機が編隊を組み、作戦前の最後の補給を待っていた。
その数、実に48機。
オーロラの中に浮かぶ漆黒のシルエット、その国籍標識は判別が出来ない様に黒く塗り潰されていた。
兵装や増槽は内蔵のウェポンベイのみならず翼下のハードポイントを含め限界量を搭載しており、本来であればステルス性を著しく低下させる行為であるにも関わらず、まるで敵に見つかってでも相手を粉砕できればそれで構わないと言わんばかりの出で立ちである。
偵察や小規模な対地戦闘等であれば、複数の無人機を運用するだけで事足りるはずだが、しかし今、双発の大型戦闘機が48機もの編隊を組み、ただ一つの目的を達成させる為だけに飛んでいた。
空中給油機は4機編成で、それぞれ1中隊12機を担当していたが、搭載燃料が残り1割を切った時、48機全ての燃料タンクが満たさた。
最後の1機が補給を終え、空中給油機から離脱した後、編隊の先頭に戻る。
隊長らしきその機体のパイロットは、歴戦の
《“こちらヴォイド1、全機補給完了。協力に感謝する”》
《“さて、何の事かな。我々はここで燃料投棄の訓練をしていただけさ”》
無線越しのオペレーターからも、負けず劣らずの良い声で返答される。
無論、そんな訓練があるはずはないのだが、国籍不明で存在自体が国際法に違反している部隊に対して、正規軍が
《“それに今夜は太陽フレアで長距離通信やレーダーにも不具合だらけだ。この見事なオーロラに見とれていたら、近くに戦闘機が飛んでいても気づかないだろうな”》
空中給油機のパイロットからも、よく通る艶のある声で軽口が返される。
《“さて諸君、訓練も終わったことだ。一生に一度拝めるかどうかのオーロラ見物ツアーと洒落込むとしよう”》
さらにそのパイロットが他の空中給油機に対して通信を送ると、その機体を皮切りに2機目、3機目と順にロールしながら空域を離脱していく。
最後尾、4機目の空中給油機が離脱する際、若々しい声のパイロットから戦闘機部隊に向けて最後の通信が送られる。
《“あばよ、よっぱらい共。
空中給油機を見送り、レーダー範囲から機影が外れたところで、この航空大隊の指揮官であるヴォイド1が、部隊全体に対して通信回線を開く。
《ヴォイド1よりニルゲンツ大隊全機、傾注せよ。……我々はこれよりオペレーション
ひと呼吸置いた後、固い決意を以て放たれた号令だったが、その声からは幾ばくかの後悔や無念を含んだ感情が滲んでいた。
《ブリーフィングで確認した通り、作戦に変更は無い。残念ながらこの作戦が公表されることは無く、我々の存在も歴史の闇に葬り去られるだろう。だが、それでも我々は我が国の尊厳と未来のために、この作戦を必ず遂行せねばならない》
ニルゲンツ大隊、と大層な名前がつけられてはいるが、各中隊長を除くと比較的若い隊員で構成されていた。将来、国を背負い導く立場の若者を、この様な作戦でむざむざ死地に送り出さなければならなくなった自分達世代の不甲斐なさに、ヴォイド1は
無論、若いとは言え彼らとて軍人である以上、覚悟を以てこの作戦に志願している筈であり、それを隊長自らが否定する様な発言や態度を取ることは彼らに対する冒涜ですらある為、ヴォイド1は努めて冷静に言葉を紡ぐ。
《連邦政府の主要施設、その
部隊の士気を高める為とは言え、部下、それも若い者達へ国を守る盾として、矛としてその命を捨ててくれと命令しなければならない。燃料は片道分、以降の補給は望めない。よしんば運良く周辺の同盟国や友好国まで逃れて不時着出来たとしても、部隊の存在を証明するものが何も無い彼らは、保護どころか捕虜になることさえも許されない。全員、まさに不退転の覚悟でこの作戦に
《……以上だ。各機、死力を尽くせ》
《第2中隊、グリーフ1了解》
《第3中隊、リグレット1了解》
《第4中隊、グルーミー1了解》
ヴォイド1の訓示の後、各中隊長からの返答を以て、遂に死地へと赴く作戦が開始された。
(願わくば、誰か一人でも生還して日本の行く末を見届け、我々の行いが間違いではなかったと証明してくれ)
ヴォイド1自身、その願いは叶う筈も無いと理解はしていたが、それでも願わずにはいられなかった。
いつしかオーロラは治まり、ナビゲーションライトすら消灯して飛行する戦闘機部隊は、星空の闇の中、死出の旅路へと向かった。
それから約六時間後、所属不明の戦闘機部隊によって、連邦政府は新年を迎えること無く崩壊した。
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