38




パタンと救急箱の蓋を閉める。



上原が難しい顔して黙ってしまったから…

少し息苦しい。


だからと言って、僕は気の効いた会話を切り出せるような性格では無いから。そこはじっと耐える他無かった。





膝を抱えベッドを背もたれに、

ぼんやりと時計の針に耳を澄ませる。


そう言えば、まだ上原に家まで運んで貰ったお礼を、告げてなかったなと思い出し。口を開こうと隣の彼を見やると…。





「っ………!」


何処か遠くを見ていた筈の上原が、悲痛な面持ちで僕を見つめていて。

まさか泣いているのか…と思わせる程、とても苦しそうな表情だったから…


僕は気まずくても目を逸らさずに、

真っ向からそれを受け止めた。






「……どうすんだ、お前…?」


それは曖昧な問い掛けではあったが。

鈍感な僕にでも、なんとなくだが…上原の言いたい事が理解できた。




母にも言われた事。

僕を一番理解してくれているからこそ、助言してくれて。きっと言葉少ない不器用な僕にも、非があるのだと気付いたから…。



ちゃんと向き合わねばならない。

例えまだ正しい答えが、今は見つからなくても。


ひとつ、ひとつ、

失敗を受け入れ、獲たモノを吐き出さなくては、


何も伝わらない、何も、始まらない…。







意を決し、深呼吸する。

喉がカラカラと奥で震え、咽せてしまいそうになっても、ちゃんと。





「…芝崎の事は、正直どうしていいか、解らない。けどっ…上原には伝えなくちゃいけない事が、あるん…だ。」



一度でこんなに言い切れた自分に驚く。

だが、これで終わりじゃない。





「苦しくて、潰れそうになって…上原に優しくされて。僕はお前のその気持ちを、利用してしまった…」



アイツが居なくなった場所が、

余りにも虚しかったから。


お前の好意に甘んじて、また知らないフリをした。






「自分が不甲斐ないばかりに、上原を傷付けていると知っていて───…その所為で、ふたりに喧嘩までさせてしまっ、て…」


涙が溢れる。


上原は奥歯を噛み締め、

黙って僕の拙い言葉に耳を傾けてくれる。





「こんな僕でもっ好きだと言ってくれたのにっ…!」



僕は、




「もう、いい…。」


堪らなくなって、上原が僕を抱き寄せる。

ボロボロと止めどなく零れる熱い滴が、彼の肩を濡らした。





「ごめんっ…僕は…」



僕は、



芝崎が好きなんだ。

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