第20話 敗走

「おい。どうした。何があった。ドーラは無事なんだろうな」


 ワシの息子であるゴルドが、ユラーに支えられながらサーカスに戻ってきた。


 体はひどく濡れ、ところどころ黒くなっているが何かに襲われたのか。


「目の前の俺の心配より、ドーラの心配か」


 ユラーに寝かされながら、ゴルドが毒づいてきた。


 ふん。見た目よりもどうやら元気なようだ。


「当たり前だろう。今、稼ぎ頭になるのはお前よりもドーラだからな」


 息子のくせにそんなこともわからないのか。


 だが、サーカスで一二を争うゴルドが、ここまでボロボロになるとは、ドーラは激しい修行のために、とんでもない場所にでも移動しているのか?


 なら、そのことがこの街の人々にまで届き、有名になっているということか。


「おい。何にやられた。今はワシの使者に拷問をしたことは不問にしてやる。だから答えろ。お前は一体誰にやられた。ワシの部下たちで太刀打ちできるものか?」


 ワシの言葉にゴルドは鼻で笑った。


「何がおかしい」


「俺がやられたのはドーラだよ」


「ドーラが? まさか。火吹き芸がお前の水系魔法を上回ったのか?』


 ゴルドは首を横に振った。


「なら、なぜ?」


「ドーラは水と雷を使った。俺は、最初に使われた水のまま威力でも負けていたが、追加で出された属性的に、手も足も出なかった。ただそれだけだ」


 力なく笑い、ゴルドはワシに背中を向け黙り込んだ。


 観客が言っていたことは本当だったのか。


 しかし、ゴルドがここまで簡単にやられてしまうとは、ドーラの身に一体何があったと言うのだ。


「今からでも遅くはないだろう。ドーラを回収するメンバーを集める。弱点のようなものを教えろ」


 ワシの言葉を聞くと、ゴルドはまたしても鼻で笑った。


 おのれ、そんな暇はないのだ。


「もったいぶってないでさっさと教えないか」


「もったいぶってるんじゃない。弱点なんてないのさ。軽く聞いたところによると、ドーラは全ての属性のブレスが使えるらしい。つまり、相性上弱点なんてないんだよ」


「何? ブレスだと? それに、弱点がない?」


 それならどうして今まで火しか吹いてこなかったのだ。


 ワシのサーカスでは手の内は隠す主義。その中で全力を出し、技を盗まれないようにする世界。


 能ある鷹は爪を隠すと言うが、爪を隠した結果サーカスをクビにされ、しかもその後に本気を出していると言うのか。


 そんな能無しをゴルドが回収できなかったのか。


 なんとも忌々しい。


「なら、こちらでも全属性用意すればいいだけだろう。水はお前、炎はカフア、雷はサン。他はまあ、ワシの部下でも向かわせるか。あとは単純火力になるモンスターたちもいるだろう。これでも足りないと言うか。そんなことないだろう。わかったらとっとと立ち上がれ」


 ワシの言葉にゴルドはフラフラし、途中ユラーに支えられながら、立ち上がった。


 そして、ワシを睨みつけてきた。


 そんなに重症か。


 だが、知ったことではない。自分で蒔いた種は自分で回収せねばならんのだ。


「集まり次第、行くように。一人一人では勝ち目がないからな」


「いいや、俺はもうサーカスはやめる。サーカスの主導権を奪うようなことを言ったが、もういい。親父が好きにしてくれ。俺は今回のことも協力しない。水系魔法なんて誰でも覚えてるだろ。他を当たってくれ」


「そう言うことですので」


 ゴルドもユラーも、もう済んだとでも言うように、テントを出て行こうとする。


 一度負けたくらいで心が折れおって。


 息子だからと甘やかしてきたが、一番の失敗はゴルドの育て方だったか。


 ワシは手に力を入れ、両手を上げた。


「グアッ」


「キャッ」


 声を上げ、ゴルドとユラーが後ろに飛び、ガラクタに衝突した。


 やはり力が鈍っている。昔はもっと上手く動かせたんだがな。


「何する親父!」


「何、って決まっているだろう。お前がやらないなら、ワシがお前を操ってやるということだ」


「は?」


「知らなかったか? お前はワシの息子でありながら、ワシの能力の真髄を。ワシの人形操術は人に対しても可能なことを」


 ぽかんとした様子を見ると、どうやら二人とも知らなかったらしい。


 まあ、ワシが現役を引退してから長いこと経つからな。


 世間も変わってしまったものだ。


「いいか。お前がしでかしたことをわかっているのか? この街で勝負をし、負けるなど、負けることを仕事にでもしていなくてはあってはならぬのだ。そんなただただ評判を落とすような真似をしおって。どれだけワシの顔に泥を塗れば気がすむのだ」


「それは悪かったと思ってる」


「悪かったで済むか! 馬鹿者が! そんなだから負けるのだ」


「だが、本気の勝負をして勝てなかったんだ。どうしろって」


「もうタダで済むと思うな。そのためのワシなのだろうが。気づいているだろう? もうお前たちに自由がないということを」


「なっ」


「か、体が動かない!」


 やっと気づいたらしい。


 ワシの人間マリオネットは、ワシの思うままに人を動かす。


 自分よりも弱い者か、自分に仕える者にしか使えないが、サーカスの団長なんてやっていれば操れる人間はごまんといる。


 実際に、殴り合いでならワシより強いであろうゴルドもこのざまだ。全く身動きを取れないでいる。


「さあ、ゴルドはとりあえずそこで大人しくしてもらうとして、まずはユラー。お前からだ。お前、ずっとワシたちに何か隠しているだろう。それを出せ」


「い、いや」


「ほうら、どこだ? ここか?」


「あっ、やめ。やめて!」


「嫌がってるじゃないか!」


「うるさい」


「グアアアアア」


 うるさい息子は少しくらい、体をひねっておかないとな。


 さて、続きを始めるとするか。


 ユラーと一緒に帰って来ていた雑魚がいないが、まあ、あいつらはいてもいなくても関係ない。


 何が出るか楽しみだな。

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