逢魔時の妖怪嫌い

鍋屋木おでん

第1夜

俺は妖怪が嫌いだ。

19XX年、その年、妖怪と言われる図鑑や考古学の中でしか見る事のなかった存在を各地で確認される。

その後、妖怪の総大将と名乗る者によって人間世界と妖怪の世界を融合させる宣言がなされた。

それから10年後、妖怪と人間が共存できる環境が整えられ、東京都初の妖怪と人間の共学高校、逢魔時高校が誕生する。

それから現在。今では妖怪か人間なのか分からない程共存が進んだ日本。

俺はそんなクソみたいな学園に嫌気を差しながら今日も高校に登校する。


そう、逢魔時高校おうまがどきこうこうに…


「母さん!!」

「来ちゃダメ!!清市きよいち!!」

「ふん!!!████████にも息子がいたとは!!いずれの脅威だ。貴様を喰らった後、この小僧も喰らってくれる!!」

「いいえ!!!そんなことなどさせるものですか!!!」


「悪路王…」

俺は目覚ましの音で目を覚ました。

時刻は7時。授業まで後、1時間。

俺は舌打ちをしてびしょびしょになったTシャツをベッドに脱ぎ捨てて、浴室を目指す。

また悪夢だ。母さんが殺される所は俺の脳裏にいつまでも焼き付き、離れてくれやしない。

10年前、俺の母は鬼に殺された。鬼の名前は悪路王あくろおう。警察の話では妖怪の中でも一際、凶暴で残忍な鬼だという。

俺はその一件から妖怪が大嫌いだ。そもそも数十年前に妖怪共と同盟を組み、人間世界に招き入れたことが始まりだ。妖怪共がいなければ母さんは…

俺はシャワーを浴びながらそんなことを考えていると自然と歯軋りをしていることに気がつく。考えたって仕方ないことだ、思い出して母さんが蘇るなら、毎日そうしている。

シャワーを浴び終え、浴室を後にすると少し身体が冷えた。いくら、暖かくなったとは言え、まだ5月。シャワーだけでは冷える。

俺は念入りに頭と身体を拭き、用意しておいたパンツを履き、高校の制服を着込む。

逢魔時高校…俺の通うこの高校はふざけている。

日本初の妖怪との共学を目的として建てられたこの高校、現在では妖怪と人間の割合は半々。俺が子供の頃、10年前などは妖怪の数は極小数だったらしいが今ではかなりの数いる。吐き気がする。こんな高校に通うしかないとは。

付け足すと、この高校以外の高校でも妖怪の数は日に日に増えてきている上に、小中学校でも妖怪は増えているそうだ。世も末だな。

俺は自室からバッグを持ち、和室にある母の仏壇の前で手を合わせる。

「母さん、行ってくる」

そう呟いて、部屋を後にした。


「おっす!!元気かー?」

家を出て通学路の途中まで来た時、後ろから喧しい声が俺に降り注ぐ。

俺は渋面を作り振り向くとそこには親友の藤原ふじわら 千春ちはるが立っていた。

「うへぇー、相変わらずひでぇ顔」

「朝からお前のその煩い声を聞いていたら嫌でもこうなる」

俺のその言葉にニヤニヤして「そんなこと言ってぇー、本当は寂しいんだろぉ??」と言うので俺は舌打ちをしてから無視をしてそのまま歩く。

「相変わらずだねぇ、安倍あべ君」

藤原の後ろから可愛い声が聞こえる。

「うるせぇ、鬼が話しかけんな」

俺に声をかけた女、こいつは鬼怒川きぬがわ いばら。俺の大嫌いな妖怪、その中でもトップクラスに嫌いな鬼族の娘だ。最も、こいつは茨木童子いばらきどうじとか言う悪路王とは全く異なる妖怪らしいが…関係はない。そもそも妖怪な時点でもうアウトだ。

「うーん、相変わらず嫌われてるなぁ、ボク」

「気にすんなって、こいつの妖怪嫌いはいつもの事だろ?特に鬼に対してはな……」

「鬼だっていい鬼もいるもん…」

知ったことか。俺は早足で、高校に向かった。


教室に着き、自分の席にどかっと腰を下ろすと、隣の席の女子が俺に声を掛けてきた。

美しい青髪に眼鏡という出立の女子は俺を見て微笑む。

「安倍君、おはよう、また鬼の子と喧嘩したんだって?聞いたわよ」

こいつは龍美たつみ、龍という種族の妖怪の子だ。

「あいつらが俺に舐めた口を聞いたからだ。人間は弱いだとよ。だから思い知らせてやった」

言っとくが俺はかなり強い。人間の中でもだが、もちろん妖怪にだって強い。妖怪は霊とは違う。そこに実態がある以上、殴ったりはできる訳だ。まぁ、俺だってタダじゃ済まない。青アザや血だらけなんて日常茶飯事だ。

そんな俺の言葉をきいて、龍美はため息を吐く。

「そんな事をしたら駄目だよ、いくら妖怪を憎んでても、そんな事をしたらどんどん軋轢を産むだけよ??」

俺は龍美のその言葉を無視する。龍美は再びため息を吐いたが、何かを思い出したように声を上げる。

「あ、そうだ、今日転校生が来るらしいよ?」

「ふん、人間か??」

「あ、いや、妖怪だったと思う…」

「じゃあ興味ないね」

俺がそう言うと龍美は何かを言いかけたが、そこで始業のチャイムが鳴ったので、自分の席に座った。

「妖怪、妖怪…ふざけやがって」

俺が小声でそう言うと、教室のドアがガラガラと開く。

「はい…皆さん…席に…着いて…」

か細い声が本当に微かに聞こえる。この声は俺の2年A組を受け持っている、時雨先生だ。彼女も妖怪で、雨女とか言うらしい。くそ、教師まで妖怪なんてふざけ過ぎてる。

「あ…皆さん…今日は…転校生が…来ています…入って…」

時雨先生がそういうと教室にとんでもない美人が入ってきた。

赤い目、今まで見たことが無いほど輝く美しい黒髪、少し白い肌の頬だけは少し赤らんでいる。緊張しているのか??俺が見惚れていると、その子は黒板の前までやってきて、チョークで自身の名前を書いた後、深々と頭を下げた。

「と、東北の鶴松つるまつ高校より転校して参りました、夜裂 よるざき つきと申します、妖怪、ぬえの娘です…」

その言葉に周りが騒ぎ出す。

『よ、夜裂家ってあの大妖怪の一つ、鵺の家の!?」

『鵺ってあの!?』

そんなに有名な妖怪なのか??俺が眉を寄せて月という子を見遣る。

見れば見るほど美しい。妖怪じゃなかったら確実に付き合いたいと思う様な子だった。

「み…みなさん…し…静かに…」

微かにそう言った時雨先生の声が聞こえたが、それも教室のざわめきに消えていった。


それから5分ほどすると生活指導の先生が来て、大いに怒られ、事態は収束して、彼女は後ろの席に座って事は終わった。隣の龍美はワクワクしている風で、昼休憩に入るなり、すぐに月に声を掛けに行っていた。

俺はその光景も、教室も嫌で、持ってきていた焼きそばパンと牛乳を手に、廊下に出た。そのまま、1回の階段の踊り場で立ち食いをしていると、肩を誰かが叩いてきた。叩いた相手は分かっており、俺が睨みながら振り返ると、案の定、藤原が立っていた。

「相変わらず、不味そうな顔で飯を食うなぁ…」

藤原が苦笑いをしてそう言うので俺は「オメェが来たからだよ」とぶっきらぼうに答える。このやり取りはほぼ毎日やっている。

「そんなこと言うなよぉ〜」

そう言いながら藤原は暑苦しく、俺に纏わりつく。

「うぉぉ!?鬱陶しい!!!」

俺達がそんなやりとりをしていると、上からドタドタと降りてくる奴がいた。

荊だった。

「大変!!女の子が男子に囲まれてる!!」

「はぁ?」

「なんか黒髪の綺麗な大人しそうな子がね、校舎裏で男子に囲まれてて…」

そこまで聞き、何故か俺は走り出していた。

「お、おい!?どこ行くんだ!?」

「そいつ、俺のクラスの転校生だ!!助けねぇと!!」

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