第43話 ダンジョンは1つじゃない!

「げふっ、げふっ……。びっくりさせないでよ。お茶を吹き出しちゃったじゃない」

「爺ちゃん、きたねえなあ! 文字通りの意味ニャ。複数のダンジョンが存在する可能性が高いニャ」


「そりゃまた、なぜ?」


 アリスさんはむくりと起き上がって、講義モードに移行した。


「そもそも天文現象である以上、1回限りの現象である方がおかしいニャ。一定の条件が整えば、同様のことが繰り返されるはずニャ」

「ああ、彗星も1つじゃないし、流星群は既に『群』だもんね」

「そういうことニャ」


 歴史に発生の記録が残っている以上、これからも発生する可能性が高いってわけか。


「今も地上に複数存在する可能性が高いニャ」

「にゃんだと?」

「何でジジイが猫語尾にニャッてるニャ。似合わないから止めるニャ」


 そんなことより「ダンジョン同時存在説」ですよ。それはどうして?


「ダンジョンに寿命があると思うニャか?」

「へ?」

「今回のダンジョンはダンジョン・マスターがいなくなっていて、その残留思念とやらが管理していたニャ」

「そだねえ」


「残留思念に寿命なんかないニャ」

「おう?」

「ちなみにテイムの印として渡された青い小石の同位元素法による年代測定の結果、あのダンジョンは5万年前に発生した物と判明したニャ」


 ワーオ、アンビリーバボー!


「じゃあなんで最近出現したのさ?」

「それこそ地殻変動ニャ。ダンジョンは地中深くで生まれていたニャが、最近になってようやく地上付近まで押し上げられたニャ」

「うへえ……。気の長い話だなあ。地下で生まれて地上に出て来た蝉みたいなもんか?」

「たとえ話のスケールを落としてどうするニャ」


 でも、わかりやすいじゃん。


「そうだとしたらダンジョンの『目的』って何なのさ?」

「生物の目的ははたった1つ、『種の保存』ニャ」

「うん―と……。もう一声!」

「子孫を残して種族を反映させることニャ」


 ええっと、ダンジョンの話だったよね?


「ダンジョンが宇宙生命体だとすると、宇宙空間を渡って種族を広めようとしている可能性があるニャ」


 おおっと、突然のSFテイスト! やっぱり宇宙貨物船が乗っ取られるお話なのか? あ、アレにも猫が出て来たな。


「未検証ニャが、ダンジョンからモンスターが溢れるスタンピードという現象はダンジョンの増殖行為と考えられるニャ」

「あふれ出たモンスターが新しいダンジョンを形成するっていうこと?」

「惑星全体がダンジョンになるという可能性もあるニャ」


 それは随分大胆な仮説だな。


「ということで、明日ゴンゾーラ商会に討伐完了の報告を入れつつ、今後のことを相談をするニャ」

「ダンジョン討伐を継続するってこと?」

「まずは調査ニャ。他に出現しているものとか、地中に埋没しているものを探すニャ」

「どうやって探すつもり?」


 ダンジョン・レーダー的なものがあれば楽で良いけど。当て無しに探し回るのは厳しいっす。


「まずは文献調査ニャ。過去の出現地点をマッピングしてその周辺を調査対象とするニャ」

「はいはい。オーソドックスだね」

「そして、我が地下秘密研究所で『ダンジョン・レーダー』を開発するニャ!」

「できるんすか、ダンジョン・レーダー?」


 地下空洞を発見するくらいは超音波探査でできるだろうけど。


「AIを舐めるニャよ。まーず、『宇宙考古学』を応用して候補地を絞り込むニャ」

「宇宙ですか?」

「本来は人工衛星撮影画像を利用するニャが、衛星が無いので式神に航空写真を撮らせるニャ」

「おー。式神を使えば盗撮しまくりですな」


「次―に地上から超音波とX線を使って地下構造物の調査を行うニャ」

「おー、それっぽいですな。ヒンディー・ニャーンズ/魔宮の探索か」

「最後の決め手は『重力波測定装置』ニャ!」


 良いですぞ! 何か格好いい! ハリウッド映画に登場しそうじゃん。


「爺に説明する時間がもったいないので原理は省略するニャが、これによって重力場の歪みを検出することができるニャ」

「それがダンジョンとどのような関連があるというのでしょうか?」

「ダンジョンとは4次元的異空間であるニャ!」

「おおー!」


 で?


「そこには通常空間と異なる法則が存在することは、ボクたち自身が体験してきたニャ」

「ごもっともです」

「当然時空の乱れが存在し、それは重力場の歪みとして観測できるはずニャ! ■」

「すばらしい!」


 よってもって、「ダンジョン・レーダー」は作れます! そういうわけですね?


「その通りニャ! 既に地下秘密研究所で量産化プロセスに入っているニャ」

「むう。まったくもって一分の隙もない」

「ドウモアリガトー。ワタシガスーパーナエーアイデス」


 なぜにカタコト? その方がコンピューターっぽいってのもおかしな話だけど。


「というプレゼンを本来はトーメーにやってほしいニャが、いろいろと企業秘密が多くて言える内容が限られているニャ」

「アリスさんが喋れるとか、ダンマスをテイムしたとか言えないもんね」

「なので、ストーリーはこうニャ」


 ウチの偵察要員トビーは非常に目が良くて、地上の異変を察知することができる。うん、嘘じゃない。


 伝承に残る過去のダンジョン発生地点を中心にトビーに偵察させれば、ダンジョンが隠された地形を発見できるかもしれない。うん、もっともらしい。


 よって資料へのアクセスと、該当地域への立ち入り調査を許可してもらいたい。うん、すごく自然。


「良いじゃない。この論法で説得しようよ。これなら俺でも覚えられるし」

「爺の自己評価が低いのは、頼もしいことニャ」


 だって、ゴンゾーラって疑り深い商会なんだもん。誤魔化しきれる自信ないよ、めんどくさい嘘だと。


「シンプル・イズ・ベストっていうことニャ」

「はい。仰る通りです!」


 作戦会議が終わったので、俺は心置きなく「清酒:お味見」を楽しんだ。う~ん。いいわあ。

 燗で良し、冷やして良し、冷で良し。言うことなし。


 すべての憂いを忘れ、俺は最後はソファでひっくり返って寝てしまった。


 ◆◆◆


 翌朝、俺は疲れも二日酔いもなく、爽やかな目覚めを迎えた。

 ナノマシン、い~い薬です。


 やっぱり睡眠は惰眠をむさぼるのが一番です。オクスリで得た休息は精神の疲労を完全には拭い去ってくれないのであります。

 お酒は良いけどね。ほどほどに? はい、ソウデスネ。


 俺は朝食を軽めに済ませると、アリスさんとトビーをお供にして愛馬アロー君にまたがった。


「アロー君、お久しぶり。元気だったかな?」

「ぶひひん」

「あ、そう。新人君たちの教育で忙しかったのかあ。大分人数が増えたからねえ」


「ゴローが手伝ってくれたので助かった? 仲良くやってるんだねえ。偉い、偉い」


『人から見たら馬に話しかける不気味な人ニャ』

『そうでもないっしょ。ああ、動物に話しかける優しい若者だなって思う人もいるさ』

『そいつが猫とハヤブサと馬連れて、「ブレーメンの音楽隊」状態だったら二の足を踏むと思うニャ』


 そうかな。「とっても動物に優しい人」ってくくりにならないかしら?

 てなこと言ってるうちに一行は街のゴンゾーラ商会へとやって来たのでした。


「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか?」

「えーとですね。ダンジョン討伐というのを頼まれましてですね」

「『男性用頭髪』ですか?」


 いや、そんなミノキシジルみたいなことは言っとらんよ。


「ダ・ン・ジョ・ンです」

「はあ、そちらのダンジョンがいかがなさいましたでしょうか?」

「えーとですね……」


『アリスさん、このまえうちに来た使いの人って何て名前だったっけ?』

『あの人はメントスさんニャ』


 そりゃまた爽やかそうなお名前で。


「メントスさんて方からご依頼を受けた件なんですけど」

「メントスでしたら当商会番頭の1人でございます。少々お待ちいただけますか?」

「はい。よろしくお願いします」


 俺たちは丁寧に応接室に通された。番頭の客となれば、これくらいの扱いをしてくれるらしい。

 お茶どころか、お酒のメニューが出たよ。白ワインでお願いしますです、はい。


『あ、アリスさん。今から少々ワインを頂きますが、この前みたいな「強制パージ」はしないで下さいね。「替えパンツ」持って来ていないので』

『わかったニャ。猫の情けで放流は控えてやるニャ。そっちも飲み方を控えるニャ』


 わかりましたよ。「猫の情け」って何だよ?

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