第33話 アリスさん、ウチの子が怖いです
「『誰も知らない本当のスライム』――トーメー書房から絶賛発売中ニャ」
「いまだに興奮が冷めないよ。スライムが高度知性体だったなんて展開があるんだねぇ」
どうしようか? うーん……。
ま、いっか? 味方になったんだから別に困らないし?
考えるの面倒臭いから、「良し」としよう。うん。
「凄まじいぬるま湯体質ニャ」
伊達に定年までサラリーマンはやってませんから。長い物にはぐるんぐるん巻かれますよ。
我が生涯に一片の悔い無し! ちゅどーん!
「ぷぷぷ……」
「ナニナニ? スラ1としてもテイムされた以上はトーメー一家として戦うことに迷いはないと。たとえ同族を敵に回しても、退くことは無いであろう……。めっちゃ男前の宣言だな」
「薄々気になっていたニャが、そのコミュニケーションはどうやって取っているニャ?」
「これがあなた、ただの振動だと思っていた『プルプル』が、『0-1』の2進法デジタルコードだったんですねえ。Unicode情報をUTF-8規格に則って伝送しております」
「ジジイ、いつから情報強者に……」
ふふふ。爺を舐めるなよ。コナン・ドイルの「踊る人形」とか、読んでるっちゅうねん。
「見た目は子供……」の方でも良いけどな。
「わかったニャ。飼い主よりは余程戦力になるしニャ。対物理に関して言えば、ほとんど無敵ニャ」
「高度知的生命体を『飼う』という表現は、コンプライアンス的にどうかと思うなー」
「そいつにナノマシンを埋め込んで精神コントロールしている時点で、一発アウトニャ!」
「いや。実は精神制御機能はスラ1がハックして解除済みなんだって」
ナノマシンが提供するおいしいサービス機能だけをピックアップしてご利用中だそうです。
何でしょう、トーメー・プライムのサブスク会員みたいな?
「道理で『命令違反』で抜け駆けをするわけニャ」
「そりゃそうだね。自由意思を奪われていたら抗命するはずないもんね」
ウチは自主性重視ですからね。共存共栄関係が築ければ、うるさいことは言いませんよ。はい。
「対等なパートナーとしてお付き合いしようじゃないの」
「敵対意思がないニャら構わないニャ」
良かったね。スラ1君、正式にファミリー入りだよ。よしよし。知的生命体でも可愛いね。
「それはそうと、コボルト1の方もそろそろ実践投入するニャ」
「ああ、『コビ1』ね?」
「何ニャ? その光線サーベルを振り回しそうなネーミングは?」
確かに
「コボ1だとちょっと呼びにくいじゃん。4コマ漫画に出て来るお子様風だし」
「ハリウッド映画よりは権利関係のリスクは少ないニャ」
「ハリウッドが異世界まで訴訟窓口を作ってきたら、対策を考えましょう」
コボルト1改め、コビ1を呼び出してみると、膝の怪我は全治していた。痛くない? あ、そう。
「こちらの言ってることはわかるな? わかったら『わん』」
「わん!」
「よーし、よし! お利巧だね。はい、飴ちゃん! うん? いらない? ビーフジャーキーは? あ、食べるのね」
「餌付けは後にするニャ。コビ1、この第2層はオーク、ミノタウロス、ケルベロスが配置されているニャ。お前を中心に攻撃を掛けるニャが、大丈夫かニャ?」
「わん!」
うん。ストレートすぎて逆に不安になる返事だね。やってみるしかないか。
あれ? スラ1がコビ1を連れて行ったけど、何だろう? 作戦会議かな? あ、終わった。
「良いかニャ? 前方右の遺跡内に、オーク1、ミノタウロス2の集団がいるニャ。これに奇襲を掛けるニャ」
「ラジャー!」
「ぷぷぷる」
「わん!」
「アホの子3人を相手にしている気分ニャ……」
俺もアホチームかいっ! コビ1君よ、ここは君に任せた。しっかりミッションをクリアして、アホの濡れ衣を晴らしてくれたまえ。
「攻撃チームの編成は、コビ1、泥ボー1&2ニャ」
「あれ? スラ1と俺は入ってないの?」
「今回はカビ犬の戦力把握に集中するニャ」
ふうん。泥ボーズの壁役は強力だが、スピードには欠ける。斬り込み隊はコビ1の役目ってことになるな。
しかし、3体同時に相手はできないからな。上手く1体を引き離せれば、残り2体に泥ボーズの遠隔攻撃を食らわせられるんだが……。
俺たちは遺跡の正面にやって来た。石造りの建物は当の昔に屋根を失っているが、壁や柱は木の根の侵入などに耐えて残っている。
全体は回廊のような「ロの字」の構造で、入り口は間口2メートル、奥行き3メートルの通路になっていた。
あれだと図体のでかいオークたちは縦1列にならなければ出て来られない。
「ふむ。遠隔射撃の良い的になりそうな立地だな」
「んニャ。先頭の1体を攻撃したら残り2体は引っ込んでしまうニャ」
そりゃそうか。馬鹿みたいに順番に出て来て撃たれてはくれないか。ゲームとは違うんだ。
「準備は良いニャか? 5秒後に交戦開始ニャ。5、4、3……」
あれ、コビ1が手に持ってるアレって……。
「ゴー、ゴー、ゴーニャ!」
「アォオオオオーン!」
えっ? いきなりコビ1君が遠吠えを上げたぞ。変身するのか? ああ、しないね。
当然聞きつけたモンスター・チームが入り口に集まって来る。戦闘は……ミノタウロス1だ!
あと1歩で外に出て来ると言うタイミングで、コビ1が仕掛けた。その手に光るのは、アレだ!
「高周波ハルバード!」
俺ちゃん用の武器だねえ。いつの間にパクったの? 予備の方をカートから失敬?
「コボルトって武器を操れるんだ?」
「んニャ! 脳の容積から言ってそんな能力はないはずニャ」
でも、現実にコビ1はハルバードを引っ提げて
ミノ1と激突! 高周波ハルバードがミノ1の胸に突き刺さったー! 鎧ごと貫いてるね。さすがトーメー工業製高周波ブレード。合成ダイヤモンドでコーティングしていますから切れ味が衰えません。
苦しむミノ1! しかし凄まじい生命力で、耐えております。倒れません!
おっと? ここでコビ1選手がハルバードに捻りを加えた。
「あれは……! エネルギー衝撃波!」
嘘です。ただの高圧電流でした。オプションでスタンガン機能も搭載しています。
「ぐのぉおおおおお!」
たまらず痙攣して倒れるミノ1。
ハルバードを引いたコビ1は、するすると一旦後退して――。
「おおっ?」
助走を付けておいて回廊を高々と飛び越えたぞ!
「5メートルは跳び上がってるんじゃない? 恐るべき跳躍力。糸も出していないのに」
「やめるニャ。ハリウッドと事を構えるんじゃないニャ」
この瞬間は入り口通路に3体のモンスターが並んでいたはず。いきなり内側に飛び込んだコビ1は最後尾のオークに攻めかかった。
「そうか。この状況を作り出すために、わざと声を出して敵を誘き出したのね」
「犬っころの行動とは思えないニャ。これだけの作戦行動を取れるとは……」
アリスさんも感心ですね。
後衛のオークはコビ1がハルバードで突っつく。真ん中のミノ2は死体とオークの間に挟まって身動きが取れない。
「行け、泥ボーズ!」
「「ま゛っ!」」
ここはお馴染み、「火炎放射」の競演だぁーっ! ミノ焼き1丁出来上がりー!
ついでにポークも、じゃない。オークも丸焼きだー!
「いやあ、正に高火力だねえ。物理系には無敵じゃない?」
「安心するのはまだ早いニャ。火に強いサラマンダー系とか、耐火煉瓦ゴーレムとかがいるかもしれにゃいニャ」
何だよ、耐火煉瓦ゴーレムって。趣味の陶芸ができそうじゃんか。
「しっかし、コビ1の先読みには驚いたね。ハルバードも使いこなしていたし」
「不自然ニャ。身体能力も事前の推定計算範囲を超えているニャ」
ふむ。これはやりましたね、スラ1くん。
「ぷるぷる……」
「ナニナニ。脳神経系をスラっといぢって身体能力のリミッターを解除したと。ふむふむ。ついでに頭頂葉後方下部領域を中心にニューロン系をチューンナップ? 道具の使用と運動制御を最適化した? で、作戦行動を記憶域にアップロードしておいたと」
それをさっきの短時間でやったの? ナノマシンを使って? ちょっと待ってね。
「アリスさん、ウチの子が怖いです」
「むー。アリスにゃんでも手加減している脳改造に踏み込むとは……。スラ1、恐ろしい子ニャ」
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