第20話 世は多角経営時代です。金が無いんだよう!

『小豚どものお世話、ご苦労さまニャ』


 頭の中でアリスの声がした。アローの改造に従事しながらこっちの様子もモニターできるとは、さすがのマルチタスクぶりだ。


「全部見てただろうけど、メラニーさんとの話もつけたし、ブラザーズもちゃんと連れて来たよ」


 母屋のソファーに腰を下ろしながら、俺はアリスと情報交換した。


『ブタさんズに式神をつけるなんて、大盤振る舞いもいいところニャ』

「ちゃんと働いてもらうためさ。自動回復とか機能改良とかはさせないよ?」

『監視装置兼自爆装置つきと考えたら、いいセキュリティニャ?』

「自爆は行き過ぎだろ。監視はするけどね」


 おイタを見つけたら、また膝をぶっ壊して放り出すとかね。因果応報は覚悟してもらいましょう。

 あいつらも人に言えない過去を背負って生きて来たわけで、折角の落ち着き先をふい・・にする積りはないだろう。


「アロー君の改造は順調かい?」

A-OKエイオウケイニャ。すべて計画通り、オンタイムで進行中ニャ』


 そいつは結構。「AーOK」って「オールOK」ってことだよな? 関係ないけど、「青木さん」てアメリカでは縁起のいい名前なんじゃない。「エイオウキ」だもんね。「エイオウケイ」にも「オーキー・ドーキー」にも通じるんじゃないか?


「あいつらあの小屋が気に入ったみたいだから、増築は急がなくて良いかも。アロー君の改造に集中しようか」

『そうだニャ。リソースを集中できるのは助かるニャ』

「そうだ、もう一つ。今日レンタルした馬車は馬ごと買い取ってブラザーズ用にしようと思う。明日話をつけて来るよ」

『なるほどニャ。馬はよぼよぼだし、馬車もだいぶガタが来ているニャ。精々足元を見てやるといいニャ』

「ほどほどで手を打って来るよ」


 今後の付き合いってもんがあるからね。俺は良識あるビジネスマンです。


 案ずるより産むがやすしとは、こういう場合にも当てはまるのかな。意外にもブラザーズはうちの暮らしにすんなり馴染んでくれた。


 規則正しい生活なんて無理だろうと思っていたが、環境が変われば人間も変わるもんだ。3日もしたら、日の出と共に起きてくるようになった。


 蜂の巣箱は2日で180箱揃えた。アリスに聞くと、日本の養蜂業の平均が20箱から30箱程度の飼育規模らしい。

 ブラザーズが1人30箱世話すれば180箱に行き渡るだろうと、深くは考えず割り切れる数にした。


 これで年間採れる蜂蜜の量って、1.8トンぐらいになるらしい。すごくない?

 と思ったら、卸売価格がキロ当たり3千円として年間540万円て所が日本での相場らしい。養蜂業の収入、少な過ぎない? 兼業じゃないとやっていけないね。

 

「ということで、早速経営多角化の相談です」

『始める前から採算割れかニャ?』

「食うだけなら何とかなるかもしれないけど、あまりにも夢が無いじゃん。それに冬場は蜜が採れないからね」

『栽培系も冬場はオフシーズンニャ』


「昔の農家さんは、冬は家に籠ってモノ作りをしていたんでしょう? 織物、木工、金物、塗り物とかね」

『ブタまんズには出来そうもないニャ』

「そう言わないで考えてよ。世界最高の叡智でしょ?」

『A.I.使いの荒い爺さんニャ。――チーン。答えが出たニャ』


「やる気のない効果音だな? どんな答え?」

『趣味と実益を兼ね、季節的にもピッタリ。しかも地元経済におけるニッチ産業を選んだニャ』

「恐ろしい程に完璧だね。その心は?」


『酒ニャ』

「へ?」

『酒ニャ、酒ニャ! 酒持って来いニャー!』


 酒乱の真似は良いから。成程、酒造りですか?


「酒造りというと、シーズンは秋から春までか?」

『そうニャ。養蜂とは被らない理想の副業ニャ』

「副業というよりそっちがメインの気がするけど。悪くないね」


「酒造りとなると、準備が大掛かりになるね」


 そもそも酒の種類を何にするかだけど、うちでやるからには「日本酒」だよね。それでこそ唯一無二の存在になれる。

 日本酒を作るとなるとごく大雑把に言っても、麴室こうじむろ、釜、樽、絞り器などが必要だ。


『勿論専用の道具や設備ニャんかこの世界には無いニャ。肝心な部分は自作するニャ』


 これまで見て来た限りでは酒と言えばビールかワイン、そして蒸留酒ばかりで、日本酒を見掛けることは無かった。

 これは日本酒の醸造方法がワインに比べて複雑なためであろう。ワインはブドウの実を砕いてしぼり汁を仕込めば、実に付着した酵母菌が発酵を司る。


 一方日本酒の場合は、種麹たねこうじを育てた上で蒸米むしごめまぶし、米麹として培養する必要がある。種麹そのものは稲麹いねこうじという稲穂に付く天然の麹菌を育てる方法などで自作することができる。


「日本酒造りって繊細で複雑な工程だよね」

『洋酒と比べると、違いが大きいニャ。でも昔はどこの農家でも濁酒どぶろくを作っていたもんニャ』


 本醸造だの大吟醸を作ろうという訳でなければ、入り口の敷居はそれ程高くないらしい。


『大切なのは腐敗させないこと、適切に発酵を進めること。そのためには温度、湿度管理と雑菌の混入防止が大切ニャ』

「その辺りはうちの得意分野だね。ナノマシンがあるもんね」


 酵母菌より小さなマシンが監視と制御に当たれるんだから、発酵管理は万全だ。


『大鍋と大樽はワインやビール用の設備を買えば転用できるニャ。後は室や蔵を建てて、細かい道具を揃えればOKニャ』

「やっぱり大工仕事が一番の課題だね。ブラザーズの小屋も増築してやりたいし」


 秋までまだ2か月はある。その間に木を伐って来たり、製材したりと準備すればよいだろう。


『必要資材、加工時間、費用、日程計画……すべて計算出来たニャ。期間的には養蜂の隙間で十分可能ニャが、予算が5万マリ程不足するニャ』


 養蜂も酒造も当初の予定には無かったもんなあ。予定に無いって言えばブラザーズの衣食住もだな。


 さて、どうやって資金を捻出するか?


「何だか、俺ってこっちに来てからいつも金の心配してるんじゃない?」

『金の切れ目が縁の切れ目ニャ。同情するなら金稼ぐニャ』


 金を稼ぐために人を雇ったら、余計金が足りなくなるって皮肉だなあ。世の矛盾を集約している。


『手っ取り早く一獲千金を狙うなら博打か懸賞金しかにゃいニャ。口入屋に行ってみるニャ」

「懸賞金てはがきを出したりするやつじゃないよね」

『たとえが古すぎるニャ。くじ引きじゃなくてバウンティ・・・・・の方ニャ』


 おおー。アメリカには現代でも賞金稼ぎがいるらしいね。被害者の家族や企業、自治体なんかが逃亡犯に高額の懸賞金を掛けるというあれね。


『幸か不幸か、手は足りてるニャ。フラダンス・・・・・を駆り出して、探索やら捕獲やらを手伝わせるニャ』

「フラダンスじゃなくてブラザーズね。腰蓑こしみの着けてないから」


 そうか。明日になれば連中の足が治るし。アロー君の職場復帰を待って全員で出動するか。


「よし。そうと決まったら、早速口入屋で懸賞金付きの手配書を探して来るよ」


 帰って来たばかりでまた出掛けることになるが、善は急げ。老馬と荷馬車買取の商談もしたいしな。


『腰が軽いのは良いことニャ。尻が軽いのは遊びすぎニャ』


 余計なことは良いから。凡人は足で稼がなくちゃね。楽して金は稼げない。

 俺は手早く老馬に鞍を乗せ、単騎街に出た。


「さて、まずはこの馬を買い取っちゃおう」


 早速貸馬屋に行って買取交渉。元々売れるとは思っていなかったようで、欲を掻くこともなく店主は馬と荷馬車を相場で譲ってくれた。

 馬には名前も付いていないというので、こちらで名付けることに。


「うーん。アロー君の弟分だろう?」


 アロー、アロー、アロー……。


「よし。お前の名前はゴローだ!」


 アローとゴロー。統一感があってしっくり来る。


『どこがニャ? バリバリの日本語名で、しかも五郎て! どこに5番目の要素があるニャ?』

「いや、アローは『矢』のことだから、『雷の矢』→『カミナリ』→『ゴロゴロ』でゴローさ」

『回りくどいニャ!』

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