第18話 養蜂業者に俺はなる! ついでに飾職と失業対策もやっときます。

『冗談はさておき、3日の間トーメーのサポートはリモート・モードで対応するニャ』

「ああ、そうか。本体は改造工事中でも、リモートでこっちのモニターが出来るのね」

『菩薩の演算処理能力は半端ねぇニャ。式神も使えるから、大抵の事態には対応出来る筈ニャ』

「いざとなったら、トビーがいるしね」


 屋外だったら今のところ無敵だもんね。


『室内でピンチになったら、アリスにゃんの出番ニャ。『南無アリス偏照金剛』と3回念ずるがいいニャ』


 何でやねん! お前はお大師様か?


『キラービー軍団を使役せニャならんし、チンピラ軍団の小屋を整備せニャならんし、アリスにゃんは大忙しニャ』

「本当だな。そこは感謝してるよ――って、いつからキラービーになった? 可愛い蜜蜂でしょ」

『無限に刺せる蜜蜂なんてキラービー以外の何物でもないニャ。毒とか使い放題だし(ボソッ)』

「うおい、あぶねぇな! マヒ毒ね、麻痺毒。最終的かつ不可逆的な攻撃は慎むように」


 蜘蛛の糸に好んで絡まりに行く必要はない。我が家の家訓は「事なかれ主義」ですよ。


「アリスが頑張ってくれるんだから、俺も明日はゴンゾーラ商会との交渉を頑張って来るよ」

『そっちは爺の手練手管に任せるニャ。では、アリスにゃんは早速ドロンして魅惑の改造手術に勤しむニャ』


 そう言うとアリスの体は砂のように崩れて床に広がり、消えて行った。


「リアルな意味で『どろん』してるね。これが出来るならどんな敵でも不意打ちし放題か。結局、アリスが最強って訳ね」


 体全体がナノマシンなんだから、どこかの好戦的宇宙人みたいに光学迷彩で透明化することだって出来るよね。


「すべてのナノマシンはリンクしているんだから、全部アリスってことだよね。トビーもアローも、広い意味じゃアリスの一部か」


 それ言っちゃうと自分もだけどな。人格がある内は独自の実存としようじゃない。我思う、故に我ありってね。


「そういう訳なんですよ」


 俺は次の日、朝からゴンゾーラ商会に押し掛けていた。お相手は勿論、メラ姐さんだ。


「さっぱり訳が分からん」


 チンピラを雇いたいという俺のあしながおじさん的申し出に、最初メラニーさんは鼻白はなじろんだ。


「うちの商会とは関係ない話だ」

「そうでしょうとも。あいつらこともあろうに、メラ姐さん御用達のうちにちょっかい出して来た輩ですから」

「何が御用達だ。単なる取引先だろうが」


 単なる取引先を日々監視しようとかしないでしょうに? そこは突っ込まないけどね。


「商会の名に泥を塗るような態度な訳ですよ。ねっ? 矯正の必要があるでしょ?」

「うちに直接盾突かん限り、どうでもいいことだ」


 ふうん。本当に? どっかで悪さして官憲に捕まり、あることないこと白状されたら困るんじゃないの?


「あいつらもう体を張る仕事は出来ないでしょ? 全員膝をやられちまって」

「自分でやっておいて、よく言う」

「自業自得ですって。ご領主様に裁いてもらってもいいですよ? こっちは痛い腹なんか無いですから」


 そっち・・・にはあるでしょ? 探られると痛い腹。


「食いっぱぐれたらやけを起こして、どこかで騒ぎを起こすでしょうね。そうなれば街の顔役である会長の名にも傷が付くってもんですぜ」


 領主様云々の話と結び付けて、メラニーさんは渋い顔になった。


「貴様の所で預かれるのか?」

「当事者同士ですからね。悪いことをしたら痛い目に合うって、骨身に染みたでしょうし」


 文字通りにね。


「うちの仕事なら、足が悪くても十分務まりますよ。蜂の世話をするだけなんで」


 刺したり、逃げたりしない子達だからね。いや、蜂の話よ、蜂の話。


「うちは人手が集まってハッピー、チンピラは食い扶持が稼げてハッピー、姐さんは厄介者を更生施設に預けてハッピー。名付けて『三方ハッピー得の策』ってね」

「そんな策は聞いたことが無いな。奴らが不始末を起こしたら、お前が責任を取る・・・・・・・・ということなら預けてやっても良い」


 仕掛けて来たね、メラニーさん。こっちにリスクを抱え込ませようってか? 爺の経験値、舐めんなよ? こっちはビジネスの世界で生き馬の目を抜きっこして来たっちゅうねん。ノーリスク・ノーリターン。定量化可能なリスクはビジネスの前提条件だぜ。


「ではこうしましょう!」

「な、何だ?」


 俺は突然大声を張り上げた。大きな音、強い光は心理的優位に立つための武器になる。些か卑怯だけどね。


「今後あいつらの一人が法に背いた時は、俺の責任で奴ら全員の首を刈り、メラニーさんに差し出します」

「お、お前の責任は――?」


 ビビりながらもメラニーさんは最後の粘りを見せた。頑張るね。でも、ご苦労さん。


「腕一本!」


 姐さんの言葉をぶった切って、俺は部屋中に響き渡る声で怒鳴った。


「俺の腕一本、姐さんの手でスッパリやってもらいましょう!」


 ポカーンと口を開けたメラ姐さんの前で、俺は紙片を取り出すと、さらさらと念書を認めた。日付、署名、血判!


「どうぞ。お納めを」


 インクの匂いも生々しいその念書には、言った通りのことが書いてある。普通に考えれば、こっちに不利な内容だ。


「良いのだな? 後悔するなよ」


 してやったりと念書を受け取るメラ姐さん。だけどよ、そいつぁ諸刃の剣だぜ? 「そこに書いてある以上のこと」には、一切責任持たなくていいってことになる。経済的損失とか精神的ダメージとかね?


 都合が悪くなって隠そうとしたって無駄だ。式が仕込んであるからね。いつでもこっちに取り返せる。破っても燃やしても、自動復元するしね。


 百歩譲って俺の腕を差し出すことになったとしようか。姐さん、あんた自分の手で・・・・・人の腕一本ぶった切れるかい? 出来る? 出来たとしようか。こっちはいくらでも再生が利くからね。街を移動して出直すさ。新品の腕を生やしてさ。


「そういうことで、今日からうちに来てもらう」


 俺は杖突き6人組の前で、人事異動を発表した。全員即日採用ね。


「……何言ってやがる?」


 6人組の代表格、赤ひげの兄ちゃんが不貞腐ふてくされた態度で呟いた。反抗したいお年頃なのかな?


「ええーと……言葉遣い。俺は雇い主だから、敬語を使うよーに」

「ふざけるな――」


 赤ひげの頬がバーンと音を立てた。俺が引っぱたいたんだけど。


「命令違反は体罰の対象になりまーす。お前ら、どうせ口で言っても分かんないので」


 パワハラ? ここは戦争中と同様の実力支配体制なのでね。軍規違反には制裁を持って対処します。抗命は重大な犯罪行為となります。


「この野郎!」


 赤ひげが手を伸ばして来た時には俺はもうそこにはいない。華麗なるバックステップでその手を躱す。オリンピック級身体能力は伊達じゃない。反応速度が違うのだよ。


 俺は赤ひげの杖を取り上げて、ピシりとそいつの腕を打ち据える。


「今のは手を出した分。こっちはタメ口の分」


 ちょんと杖の先で胸を押してやって、よろけた所を左手でビンタする。ぱぁんと良い音を立てて、頬が鳴る。


「……糞っ」


 杖を取り上げられては、赤ひげはまともに動けない。やられっ放しの情けなさに唇を噛みしめる。


「さて、ちっとは落ち着いたか。……名前何だっけ?」

「ブラウニーだ」


 何とまあ、甘ったるい名前だこと。危うく吹き出しそうになった。


「えへん! では、ブラウニー。落ち着いて話をしようじゃないか。知らない仲でもなし」

「俺たちの膝をぶっ壊しておいて、良く言える……言えますね」


 よし、よし。やれば出来るじゃない。


「生きてるだけ運が良かっただろ? ハヤブサにやられて死ぬなんざ、俺なら御免だぜ」


 あのリーダーもどきの真似がしたい訳じゃなかろう? なあ、ブラウニー。


「俺達を雇ってどうしようって……言うんですか?」

「どうって……働いてもらうよ? うち、養蜂業をやるんだ」

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