第16話 女の裏切りは香水みたいなもんさ……あ、俺香水嫌いだった。
「ふふん? 私を買収した積りか?」
メラニーさんが戦闘モードに入りそう。
「いえ、いえ。本当にお印ですよ、おしるし。これを見たらトーメーを思い出して下さいっていう」
大した値打ちはないしね。試作品だもん。
「度胸は認めてやろう。向上心のある奴は嫌いじゃない」
「そう言っていただければ、苦労して作った甲斐があります。何せ処女作なんで」
「1作目を人に押しつけたのか? 貴様、良い根性だな」
うーん。言い方次第だね。こちらとしては記念作品扱いなんだけどね。
「愛の証ということになりませんか?」
「知らんな。名刺代わりに譲ってもらおう」
見事な受け流し。受け取ってもらえるだけ、良しとしましょう。
「ありがとうございます。新作はウェンディさんを通して販売したいと思いますんで」
「うむ。伝えておこう。売れる物が出来たら持って来い」
メラニーさんは鞄から60マリを取り出して、テーブルに置いた。
「毎度ありがとうございます」
俺が銀貨の山を受け取ろうとすると、メラニーさんは同じ高さの山を隣に置いた。
「こっちは見舞いだ」
はあ、成程。奢られっぱなしじゃ面子が立たないと。
「ありがとうございます。精の付く物でも食べさせてもらいます」
これを受け取らないとメラニーさんの顔を潰すことになるからね。俺は値引きをした。メラニーさんは見舞いを渡した。これで手打ちということだね。
俺は素直に
『見舞いは当たり前ニャ。自分で襲撃を仕掛けたんだからニャ』
あら、アリスさんぶっちゃけちゃうのね。そうだろうと思ったけど。
『ゴンゾーラ商会が裏で動かなければ、ごろつきがトーメーのことを知っている訳がないニャ』
そりゃそうだ。人前で金塊を見せびらかした訳じゃないからなぁ。金塊を見つけてきたら、待ってましたとばかり強請りに来たからね。そんなにタイミングよく動けるはずないわさ。
メラニーさんだろうねぇ、黒幕は。60マリは「詫び料」かな。見舞いというよりは。
ごろつきに絞められて沈むようならそれまでの男。そういう
『気持ちがいい訳ないけどな』
だが、こっちにはアドバンテージがある。
メラニーさん、あんたが相手にしているのが60過ぎの爺だとは知らないだろ? はたちの餓鬼と思ってくれたら、こっちは楽だぜ?
「後はウェンディと詰めるがいい。私はこれで失礼する。また会おう」
後も振り返らずメラニーさんは去って行った。はい、はい、
『静かに暮らしたいだけなんだけどな』
『ちょっと目立てしまったニャ。金塊を持ち込むのを控えれば、落ち着くニャ』
あれは悪目立ちしたなぁ。狙って出来ることじゃないけどね。これからは職人として地に足の着いた暮らしをしましょう。
ウェンディさんとの商談は、事もなく進んだ。こちらが売りたい物、大体の相場を話し合い、後は現物を見ながら詰めようということになった。
『職人として生きるなら、自分で砂金を集めなくてもよいかな?』
『そうだニャ。仕込みの資金も溜まったし、一次産業から二次産業に移行するニャ』
山に登るのは時間が掛かるからね。悪くはないけど、そろそろ次の段階に進もうか。
「アクセサリー、置物、革細工、それに釣り具ですか? 手広いですね」
「何が売れるか良く分からないんでね。いろいろ試してみます」
「結構です。中程度の品質であれば売り先はあります」
店にある範囲で売れ筋の品物と、大体の仕入れ値を教えてもらった。うーん、革細工はあまり儲かる気がしないな。
『ブランド物がないからニャ』
『そうだな。皮革製品は普段使いの道具だからね』
革細工と疑似針は趣味程度に自分が欲しい物を作ろうかな。主力は金銀の彫金にしよう。
拠点に戻った俺達は旅の埃を落とすのも早々に、作戦会議を開いた。
「アリスから式神軍団の運用について、1つ提案があるニャ」
「真面目な提案なら乗るよ? どうしたいの?」
俺よりも賢い人工知能様が言うことである。まともな話なら勿論従うのに吝かではない。
「集めやすさと普段の維持を考えると、式はどうしても虫中心になるニャ」
「まあね。犬や猫でも何十匹も集めては置けないわな」
場所だけでも大変だし、餌や水も必要だ。多頭飼いは問題になるケースが多いよね。
その点、虫なら場所を取らない。「蟲使い」なら数で勝負だもんね。
「たとえ虫でも10匹や100匹ならともかく、数千、数万となったら世話が大変ニャ」
「そうだよね。数万は最早災害レベルだな」
「そこで提案ニャ。この際養蜂家になるニャ!」
「ハチを飼うの?」
「そうニャ。養蜂なら巣箱1つに数万匹の蜜蜂を養えるニャ」
「ああー、そうか。あの四角い箱ね。あれなら庭に置けるか」
「しかも蜂蜜が採れるので、売り物に出来るという一石二鳥!」
成程。それは良く出来たプランだ。美味しいホットケーキが食べられるし。
「普通の蜜蜂は1回針を刺したら死んでしまうニャが、式を取り憑かせれば再生可能に出来るニャ」
確かに「蜂の一刺し」で死んでしまったら連戦が利かない。回復機能付きならリサイクル出来るね。SDGs軍団。
「いいと思うけど、養蜂をやるなら人手が必要じゃないか?」
「何人か雇って使うニャ」
秘密だらけの俺達だけど、人と触れ合わずには生きていけない。ぼっちで生きるなら転生した意味がない。
だったら、俺からも提案がある。
「人を雇うなら、あいつらじゃどうだろう?」
「あいつらって、
そう。トビーに膝をぶっ壊され、辛くも生き残った6人のチンピラ。あいつらだ。
「甘ーい! インドのお菓子……」
「グラブ・ジャムンはもういいからさ。理由を聞いてくれる?」
「グラブ・ジャムンのしつこさを一度味わってみるべきニャ。理由があるなら言ってみるニャ」
「どうせ他人を入れるなら、
「マイナスからのスタートニャが」
「それにしたって、こっちの実力を知ってるから無茶はして来ないさ」
「全員片脚を壊されてるから、もう暴力は無理ニャ」
そこだよ。片足が利かないチンピラが6人。これからどうやって生きて行くのさ? どう考えても悪いことするぜ?
その原因は奴ら自身だが、最後の一押しは俺がやった。俺に付き纏う蜘蛛の糸。
「いっそのこと家で雇っちまえば、世間に迷惑が掛からないだろ?」
「トーメー・ゾンビ軍団の怖さを知ってるから、裏切る可能性は却って低いかもニャ」
「そういうこと」
式を取り憑かせればコントロールは自由だなんて呟かないでよ、アリスさん。洗脳禁止だからね。
「監視だけで十分だろ。離れに住ませれば秘密を見られる機会も減るし」
「リスク・ゼロでないのは誰を入れても同じニャ。あいつらならいざという時、遠慮なく抹殺できるニャ」
幸いなことに我が家には庭に小屋がある。6人が済むには多少手狭だが、そのうち増築すればいい。庭が無駄に広い物件なのだ。
「そうと決まれば、明日の朝から動いてみようかね? ウェンディさん経由でメラニーさん案件にしちまえば、話が早いだろ?」
ゴンゾーラ商会の従業員でもないチンピラを雇う話を、なぜ自分に持って来たって騒ぐかもな。
お嬢ちゃん、それが世間の柵ってもんですよ。払おうとして払えない蜘蛛の糸。
俺の迷惑分は60マリの見舞金でチャラにしたつもりかもしれんが、「
「それこそ、グラブ・ジャムンより……」
「甘――いニャ」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
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