第13話 生産職への道は1日にしてならず――ところで、晩御飯どうする?

 そこからは普段の調子を取り戻して、せっせと砂金採りに精を出した。初日のような大物・・には当たらず、時折豆粒大の塊が取れるくらいだった。


「昨日が異常だったんだよね? ビギナーズ・ラックってやつで」

「異常もあそこまで行くと清々しいニャ」


 資金稼ぎのための砂金採りだけど、山ほど稼ぐ必要はない。『商売』を始める元手が溜まれば十分なのだ。


「幾らくらい稼げばいいかな?」

「円にして1千万円。10万マリも稼げば十分ニャ」


 昨日稼いだ分が5万マリ。既に仕事場、屋敷、馬車に野営装備一式、生活用品一式は確保した。


「あと5万マリか。1日1万マリを5日稼ぎ続ける勘定だね」

「問題ないニャ。『式』たちを昼夜休みなしで働かせれば到達可能な目標ニャ」


 うわあ。うちってブラックだったのね。『式』とはプローブと同じでナノマシンを憑りつかせた動物や虫である。プローブは偵察専用の式と言ってもよい。


 陰陽師が使う『式神しきがみ』をなぞって付けた呼び名であった。中二病と呼ぶなら呼べ。使い魔っていうより格好いいじゃん。


 式神は人の目には見えないものとされていたそうだ。ナノマシンにそっくりだね。


「テイマーにして錬金術師。今度は陰陽師だね。本業は『飾職かざりしょく』になるのかな?」


 いつまでも砂金採りでは社会に溶け込めない。アクセサリや置物などを製作する職人として活動していこうというのが、俺たちの作戦だった。


「運搬業でも食べてはいけそうだけど、やっぱり人との接触が減りそうだもんね」

「そうニャ。目立ちすぎるのも困るニャが、ぼっちでは生まれ変わった意味がないニャ」

「細工物もほどほどの品質にしておく必要があるね」

「あんまり出来がいいと、上流階級に目をつけられるニャ」


 普通が一番。中身は普通じゃないけどね。


 気が楽になったら調子が出てきた。お? これなんかいいんじゃね?


「アリス、これ金だよね?」

「どれどれ? 間違いないニャ。ヘタレでも金の見分けができるようになるもんニャ」

「割と大きめじゃない?」


 金塊というほどではないが、延ばせば金貨くらいになりそうだ。小石大というのかな?


「立派なもんニャ。1オンス、約30グラムありそうニャ」

「それなら30万円弱? 3千マリくらいか」

「ここはいい穴場ニャ。後は式に任せて、他の作業をするニャ」

「他の作業って、やっぱり飾職の仕事かい?」

「そうニャ。式に作らせるだけでは、人に作業場を見せられないニャ」


 そうだよね。飾職という設定で行くなら、自分でもある程度物作りが出来ないと。


「じゃあ、金細工の練習をするのかな?」

「正確に言うと、金細工をしているように見せる・・・・・・・・・・・・・・練習ニャ」

「どういうことかな?」

「例えば彫金なら、たがねを当てる位置をモニタに表示するニャ。それに合わせて打ち込んだら、ナノマシンが加工状態を調整するニャ」


 なるほど。それなら自分で作っているように見えるね。ナノマシンは目に見えないから。


「指示された場所にある程度正確に・・・・・・・打ち込む練習が必要ニャ」


 それはそうだな。まるっきり見当違いの所に鏨を当てているのにちゃんと物が出来上がってきたら、何かおかしいって分かるもんね。


「あれだね。習字の練習みたいだね」


 お手本をなぞる感じ。子供の頃の塗り絵ノートみたいな。あれ楽しかった。


「慣れてくればナノマシンの補助がなくても、簡単な細工は出来るようになる筈ニャ」


 なぞるだけですむからね。ARを活用した最先端製造ラインみたいなものか。


「いざとなったら体の制御をアリスが受け持って、実力で・・・作業をこなして見せるニャ」


 プロに検分される場合とかだな。アリスが体を動かすなら本人がやっているのと変わらない。外見上はね。


「いいね。楽しそうじゃん」


 手芸教室みたいだな。嫌いじゃないよ、そういうの。

 俺はアリスの指示に従って手ごろな岩の上前に腰を下ろし、鏨やハンマーなどの道具を取り出した。


 作業台にする岩は、アリスが前足で撫でると表面を削られて平らになっていく。


「便利だねえ。石材加工業でもやっていけるね」

「石垣や建物の建築は集団作業ニャ。オーバー・テクノロジーはすぐばれるニャ」


 1人だけ手で石を削る奴がいたら、そりゃ目立つわ。飾り職人くらいがいいバランスかもね。


「いきなり金は勿体ニャイから、銀製品で練習するニャ」


 何作ろうかな。練習とはいえ、せっかくだから使えるものがいいよね?


「ペンダントヘッド、メダリオン、渋いところでは銀かんざしなんかもお洒落ニャ」


 銀簪いいね。飾職人といえば簪作りってイメージあるよ。トントン、カチカチやってみようかな。


「お手本はどうにするニャ?」


 そうだなあ……。


「何から何までお手本通りってのも味気ないな。基本の造形だけ整えてくれる?」


 簪の「頭」の部分には自分で絵柄を入れてみるよ。


「向上心はいいことニャ。足の部分は1本のパターンと、2本のパターンがあるニャが、今日は1本でいくニャ」


 通常は鋳物で作った足の部分を頭である飾部分に蝋付けするのだろうが、今回は飾部分だけに集中させてもらおう。


「メダルの形にしてくれたら、そこにデザインを浮き彫りにしようかな」


 要するにメダリオンだよね。透かし彫りは難しいので、まずは浮き彫りから始めよう。


「図案は何にするニャ?」

「モデルがいるからね。子猫にするよ」


 まずはデザイン画を描こう。簪頭の実物大に絵を描いてそれをメダル部分に写すことにしよう。


「ちょっとお座りしてくれる? うん、そんな感じ」


 鉛筆でアリスの座り姿を写し取る。さささっとね。


「意外にスケッチが上手いニャ」

生前の・・・趣味が水彩画だったから」


 近所の地域猫はほぼ全員スケッチしたもんだ。人や建物は得意じゃないから、モデルはほとんど動物か植物だった。


「ぼっちもそこまで行くと涙なしには語れないニャ」


 だれがぼっちだよ。肖像画が苦手なだけだって。


「よしと。紙の図案をメダリオンに写してと」


 図案の紙をメダルに被せて上から擦る。左右反転して、メダルの表面に鉛筆の線が写った。


「後はこの線を生かして浮き彫りにすればいいんだよね」


 版画と理屈は同じだね。輪郭を片刃刀で彫り込んで、影になる部分を鏨で彫り込む。


 トントントン、チンチンチン……。


「トーメー、そろそろ切り上げるニャ」

「……えっ、何か言った?」

「もう4時間も経ったニャ。夜になる前に食事の支度をするニャ」


 あら? 昼飯も食わずに、4時間も没頭してしまったよ。


「人に邪魔されないって、いいね。うわ、肩凝ったー!」


 慣れない作業で両肩がコチコチだ。両腕を回して、筋肉をほぐす。


「自動回復モードをオンにしたニャ。10分で治るニャ」


 マッサージ要らずだね。全く痛みがないと体を疎かにしてしまうから、痛み自体は大事にしないと。


「どれどれ。どんな出来ニャ?」


 覗き込んで来るアリスに、ほぼ仕上がったメダルを見せる。


「これは……予想外ニャ」

「どっちの意味で? ひょっとして予想より酷い?」


 自分ではまあまあの出来だと思っていたので、もし問題外だなどとダメ出しされたらショックを受けそう。


「反対ニャ。予想以上の出来で感心したニャ」

「おー。頑張った甲斐があったなあ」

「これならこの世界で『下の中』から『下の上』として通用するニャ」


 それでも下なのかよ。期待して損した。


「何を言うニャ。初めてで下の上なら上等ニャ」

「そうなんだけど、ひょっとして才能ありかなって期待しちゃったんだよ」

「甘い! インドのお菓子グラブ・ジャムンより甘いニャ」

「何だよ、それ?」

「世界一甘いと言われているお菓子ニャ。簡単に言うとドーナツのシロップ漬けニャ」


 そりゃ甘そうだ。いや、そうじゃなくて。


「そこまで言わなくても」


 少しくらい夢を見たっていいじゃないか。せっかくの異世界転生なんだから。


「世迷言はその辺にしておくニャ。これだけ彫れれば飾職として生計を立てて行けるのニャ」

「じゃあ、AIチートを使わなくてもそこそこ稼げるってことだね?」

「明日から午前中は砂金採取、午後は彫金の練習をして生活力を付けるニャ」


 何だかハロワの求職セミナーみたいだな。でも、楽しそう。


「誰かに使われるんじゃなくて、自分のために働くっていいね。限りなく自由を感じるわ」

「その代わり限りなく不安定ニャ」


 そこなあ。個人事業主の厳しい所だね。


 そんなやり取りをアリスと交わしながら、俺は野営の支度を始めた。

 2本の木の間にロープを張って天幕を張る。地面にシートと毛布を敷けば簡単なテントの出来上がりだ。


 さて、晩ご飯どうする?


「釣りでもしてみるニャ?」

「おっ? いいね。これぞアウトドアって感じで」

「肉はトビーが獲って来るニャ」


 そうだった。うちにはピュア・ハンティング・マシンのトビーがいたね。そこに式神の探査網が加わったら山の獲物は獲り放題だ。


「干し肉とか、パンは手持ちがあるニャ。足りないのは野菜ニャ」

「野菜を持ち歩く訳にもいかないからね」


 豆、トウモロコシ、米は持ち込んでいる。無いのは青物だ。


「手分けをするニャ。釣りは爺に任せてアリスは野草を摘みに行くニャ」

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