エセ探偵は強運の持ち主

横溝照之 あんどイーニしゅまペ

シマウマ模様の猫

 私、宇都宮十蔵うつのみやじゅうぞうは詐欺師であり、今現在――― 金銭に困っている。


 とんでもない方法で金を騙し取るのが詐欺師の仕事だが、今回は流石の私も我ながら上手いと思う。偽りの探偵事務所を立ち上げて、架空の探偵を偽装するのが今回の方法だ。


 ドラマで観るような背広を着込み、髪も整えて準備は完了。あとは依頼を待つだけ。淹れたての珈琲コーヒーを口に含んで舌の感覚が抹消されてしまった、その瞬間。


 チリリリリン!


 デスクの電話が福を呼んだ。だが油断は禁物。ただの間違い電話か、オレオレ詐欺の可能性もある。喉の汚物を流し込んでから、私は用心深く電話を取る。話し相手と繋がった際に私はドラマの主人公が言いそうな台詞を決める。


「はい、こちら宇都宮探偵事務所です」


 我ながらカッコよく決まった。特にコントラバスのような渋い声は威厳があり、俳優の演技を完璧に再現している。だが電話の向こうの相手は私の声を褒めることなく、確認から会話を始める。


「あっ、本当に探偵さんなんですね!」

「はい。今回はどういった用件で?」


 向こう側の声と口調は、通販番組に出演する困った人妻を連想させる。初めて掛かった鴨とはいえ実に良いスタートだ――― すぐに本題へと入ろう。


「そうなんです! うちの猫ちゃんが消えちゃったんです!」

「……ねこ?」

「はい! ウマちゃんっていうオスで、どこに行ったか分からなくて……」


 殺人事件の解決に関する依頼ではなく、迷子探しの依頼。

 果たして運がいいのか、悪いのか。


「分かりました。情報収集のためにそちらへお伺いしてもよろしいでしょうか」

「もちろん! ウマちゃんのためなら、是非!」


 そう言われて依頼人の住所をなんとか貰い、私はいかにも探偵らしいトレンチコートを羽織って外出する。丁度千円残っていたスイカで改札口を通り、電車に乗って――― 向かいの窓口が上映する景色を眺めながら目的地へと向かう。


 およそ二十分後、都会から少し離れた団地の駅にて私は降りる。自動販売機の美味しそうなネオンライトが目立ち、昼間の人口はもちろん少ない。きっと家に籠って、昼の特集番組でも視聴しながら、腹を満たしているに違いない。簡単な想像だ。


 住所を辿った先に現れる立派な一軒家。家庭用の車が停まっていて、ガーデニングが施された庭が玄関への道を照らしている。手慣れた右利きでインターホンの音を指一本で奏でると、電話で聞いた馴染みのある声が流れはじめる。当たりのようだ。


「はい、どなたでしょうか?」

「宇都宮探偵事務所の者です。お伺いに参りました」

「ああはい! いま出ます!」


 中断された会話の果てに、玄関の扉が開き、一人の女性が顔を出した。私の予想通り、まさに通販に出ていそうな奥様だ。結婚してから十年ぐらいの顔は――― 詐欺師の私にとって一番そそる。貴重な金蔓かねづるだ。


 依頼人のお出迎えからダイニングテーブルへの誘導に従い、座りはじめた頃合いに本題へと入る。


「それで、猫の件ですが……」

「はい。ウマちゃんの写真を持ってきました」


 そう言われて手渡された何枚かの写真には、迷子の猫と思われる動物が飼い主と共に映っていた。


 特徴は――― 茶色と白色のシマウマ模様の身体と、子供の上半身ぐらいのサイズ。


 そして今になって気付いたが、自分の猫にウマちゃんと名付けた理由は、このシマウマ模様から来ているのだろう。しかし最後の二文字が名前ということは、その前の文字―――「シマちゃん」も居るのだろうか?


「分かりました。そして報酬の方ですが……」

「お高いですよね……?」

「ええ。今回は……そうですね、十万円ぐらいでどうでしょう?」

「じゅうまんッ?!」


 さあ、ここが粘りどころだ。どこまで金額をにキープ出来るか……まあしかし、我ながらリーズナブルな価格にしたと思うがな。


「分かりました! 十万円払います!」

「えっ?!」


 値切りもなく、足元見てんのか!もなく、そのまんまの値段に同意した女性に流石の私も驚いた。心の中の善意が彼女に忠告しようとするが、詐欺師としてのプライドが阻止する。弁護士が殺人鬼の無罪を主張するかのような罪悪感と背徳感が脳をむしばむ。


「で、では、報酬額は十万で宜しいですね?」

「はい。どうか、ウマちゃんを見つけてください!」


 ガチャン!


 そして始まる猫探しの冒険。とは言っても、どこを探せばいいのか分からない。手がかりも渡された写真だけで、特定の場所や時刻なども聞き忘れてしまった。探偵であれば情けない、恥ずかしい行為。


 ――― だが知ったことか。私は詐欺師なんだ。どうせそこら辺にそっくりな猫がいるに違いない。そいつを持ってきてなんとか説得すれば、この世で一番簡単な十万だ。


 秋の色付けがされた公園にて、太陽の光が投げられた樹木から影が伸びる。光と闇の繰り返しに苛立ちを覚えたその時、木の枝に寝転がる一匹の猫を発見する。


 ソレは茶色と白色のシマウマ模様で、子供の上半身サイズ。

 そう、間違いはない。

 アレは――― ウマちゃんだ。


「(み、見つけた……)」


 驚きのあとに喜びが続き、私はすぐに木に登ろうとするが、以外と……難しい。


 幸いなことにウマちゃんは逃走を図ろうとはしない。だがその呆れた瞳で見下されると流石に腹が立つ。逆にエノコログサねこじゃらしで地上に誘おうとしても、枝の上から動きを目で追うだけで何もしてこない。


「お~いウマちゃ~ん、降りてこ~い!」


 声をかけても無駄。他に手段がないかと頭を搔いて、考えては考えて、そして考えぬいた先がこれ。唯一の手掛かりである写真を見せつけるという馬鹿馬鹿しい行為だった。


 すると、なんとウマちゃんは何かを察したかのように地上へと飛び降りる。我ながら素晴らしい作戦だと今になって思い、そのまま自信満々に猫を抱えて依頼人の元へと戻った。まさかたった五分で事件解決ケース・ソルブドとは、探偵は以外と簡単なんだな。


 そう思い込み、そして早まってしまったのが――― 私の過ち。

 探偵として、そして詐欺師としても、これは致命的なミスだ。


「ウマちゃんが見つかったんですよ!」

「えっ?」


 玄関に招かれた途端、のシマウマ模様の猫を抱えた依頼人がそう言った。これにて一件落着だが、私の目的はかね。しかし自力で帰ってきた猫に探偵を雇った必要などないという結論から報酬など出るわけがない。失敗だ ―――。


「あれ?」


 女性の口から疑問が出た。果たして吉と出るか、凶と出るか。


「シマちゃん?!」

「シマちゃん?!」


 突然の名前が木霊こだまとなってしまった。どうやら――― もしかしたら、私が連れてきたウマちゃんだと思っていた猫はウマちゃんではなく――― 双子のシマちゃんであるかも知れない。


「ちょっと待ってください。この写真の猫は、ウマちゃんじゃないのですか?」

「あら申し訳ありません! これ、シマちゃんの写真です!」


 つまり、依頼人はウマちゃんとシマちゃんの区別がつかず、シマちゃんが居ないにも関わらず、ウマちゃんが居なくなっていたと思い込んでいた訳だ。確かにこの二匹を何回も見れば、どっちがどっちか解らなくなる。渡されたシマちゃんの写真は「茶色と白色」の模様で、女性が抱えるウマちゃんはその逆の「白色と茶色」の模様。なんてややこしいんだ!


「本当にすみません! でも、シマちゃんを見つけてくれて本当にありがとうございます!」

「い、いえ。仕事ですから」

「そうだ! 報酬の十万円、どうぞ!」


 言葉を失ってしまった私に渡された封筒。中を覗くと、確かに一万円札が十枚入っていたが、依頼人の女性が想像を上回ることをしてくる。


「あの、これ。少ないですが、迷惑料として貰ってください」

「ええっ! いいんですか?!」


 追加でなんと五万! 情報は確かに間違っていたが、そんな小さな事にお詫びとは恐れ入った。金目当ての私だが、相手の敬意は敬意で払う――― それが今の状況を切り抜けるに最適だった。


「それでは、私はここで」

「本当にありがとうございました! お仕事、頑張ってくださいね!」

「ええ。頑張ります」


 結局、詐欺師であるはずの私は、探偵として事件を解決してしまった。


 電車で家路を辿り、帰ってくる頃に太陽は沈みかけていた。その紅色の光に照らされながら――― ドラマのエンディングに流れる主題歌を脳内で再生しながら、自分に一言―――。


「一件落着、だな」





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