バレンタインデーにうさぎのキャンディを

ゆりえる

1. 聖バレンタインデーは、禁チョコ

 セイントバレンタインデー。


 毎年、日本の女性達はチョコに想いを込め、このタイミングで想いが報われるのを夢見ている。

 この日には、相手のいない男性達もまた、本命チョコをゲット出来るかどうか、1日中、落ち着かない気持ちで過ごしている。


 今時は、女子同士で『友チョコ』などという文化も生まれ、相手のいない女子同士や、相手がいても、お菓子作り好きだったり、付き合いの良い女子も喜んで参加して、チョコや関連用品が売れまくり、当日の夜は、各家庭で品評会。


 聖バレンタインデーに、安穏あんのんとした気持ちでいられるのは、その時点で相思相愛が続いているカップルや夫婦達だけかも知れない。


 聖バレンタインデーという、年に一度だけのイベントを本当の意味で謳歌出来ているのは、どこに属する人物なのだろう?


 

 その聖バレンタインデーの市立下坂中学校。

 せっかく登校日だったというのに、他の大半の中学校と同様、チョコを持参する事は禁じられていた。


 とはいえ、当日、持ち物チェックをされる事は無かったせいか、例年、暗黙の了解のようにリュックに忍ばせて持参している女子も多かった。

 下校後にお目当ての男子を待ち伏せし、こつそりと隠し持って来たチョコを渡している女子達の中には、カップル成立を果たした女子も少なからずいた。


 そんな緩めのご法度はっと状態と分かっていても、奥手な柊元くきもと江奈えなは、片想い中の宇佐うさ義彦よしひこにチョコを渡す事は出来なかった。


 仮に一大決心をして渡そうとしたところで、帰宅部で早く下校している江奈はともかく、義彦は帰宅の遅い野球部で、タイミング的に無理が有った。


 しかも、野球部のエースである義彦は、女子達からは人気者な上、恋人と噂されているマネージャーの中西澄香すみかと登下校が一緒の事が多く、江奈の出る幕など無さそうに思われた。


 その日も通常通り、江奈は、クラスメイトで帰宅部同士でもある、札村ふだむら亜砂代あさよと一緒に下校しようと玄関にいた。


 その時、自分の靴置き場の違和感に気付いた。


 よく見ると、右靴の中に、長い棒付きのキャンディが入っていて、頭の部分に、3㎝ほどのピンク色のうさぎの形が顔を見せていた。

 うさぎのキャンディが入っている事に驚きつつ、反射的に、それを手提げかばんの中に隠した江奈。

 禁じられているのは、チョコの持参だけで、キャンディだからといって、許可されるというわけではない。


 他の女子の靴にも、キャンディが入っているのかもと思い、チェックしてみた。


 江奈と同じ2年B組は、まだ部活で帰宅してない生徒の方が圧倒的多数だったが、自分以外の靴箱に入っている様子は無かった。

 視界に入る他のクラスの下駄箱を見渡しても、どこにも入ってそうには見えなかった。


(どうして、私の所にだけ......? 誰から?)


 ウサギのキャンディは、パッと見の印象で、女子からの贈り物だと思われた。

 だが、友チョコを交換し合うなどという約束は、友人の亜砂代ともしていなかった。


(もしかして、私の靴箱を、誰か他の女子との靴箱と勘違いして、入れ間違えただけとか......?)


 江奈の中で、色んな疑問が湧き上がって来た。

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