11.とんでもない嫁が来た(side:マックス)
「マックス様、帝王は何と?」
「アンジェラ・ブラックストーンと婚姻が成立したそうだ」
尋ねてきた執事に笑いながらそう返す
「アンジェラ・ブラックストーンですか…」
「バートンも噂を聞いているようだな。ちなみにどの噂だ?」
「茶会、パーティー、舞踏会等出席した際には必ず『誰か』と連れ立ち逢瀬を重ねていると」
「それだけか?」
「太陽の申し子という呼び名は自ら広めたとか、自分はいずれ帝王の長男に望まれる立場にある者だとか」
「ほぅ。それは初耳だ。流石は品性のかけらもないと名高い女だ。愛妻家で名高い兄上にどう望まれるのか逆に聞いてみたいものだな」
私は呆れたように言う
「ちなみにマックス様はどの噂を?」
「逢瀬の件もだが…多少見目の良い男やもめの家に自ら赴き2~3日出てこないなんてのもあったか。いずれにしても身持ちの悪い女と纏められそうだが」
驚くことにそれらは挨拶のごとく、そこら中で交わされる会話の中にある噂だ
「父上曰くアンジェラが私の子を2人産むまでこの屋敷から出すなと」
「それは…」
バートンは意味ありげに言葉を切った
「父上も人が悪い。幼い頃の大病のせいで私に子種がないことはご存知だろうに」
「…だから、でしょうな」
「あぁ…まぁ私は絵さえかければ他はどうでも構わないし、いずれ父上の命で政略結婚することになるだろうとは思っていたが…皆には迷惑をかけることになるかもしれないな」
「それはお気になさらず」
バートンは静かに笑った
「マックス様申し訳ありません!」
「どうした?」
「アンジェラ様がマックス様を呼べと…」
駈け込んで来たメイドを見ると涙目になっていた
例のごとく暴れているのだろう
「わかった。君はしばらく休んでいなさい」
「は、はい。失礼します」
メイドは頭を下げて出て行った
「どう思う?」
私はバートンに尋ねる
「ここに来られて10日ですからね」
バートンは全ては言わずに軽く笑みをみせた
「今までチヤホヤと持て囃されていただけに屈辱か?」
「おそらくは」
「そうはいってもその相手は先を期待できない屑ばかりだろうに…」
「そのことにさえ気付いておられませんからね」
当然のように告げられるその言葉には呆れるしかない
「行こうか」
1時間ほどバートンと話をしてからアンジェラの元に向かった
『何なのよクソ豚のくせに!』
『豚がこの私を蔑ろにするなんて…本当に許さないんだから!!絶対!いつか殺してやるんだから!』
『あんたも!早くこれ外しなさいよ!本当に使えないゴミね?お父様にお願いしてあんたなんかすぐに首にしてやるんだから覚えてなさい!』
『そこのノロマ!一体いつまで待たせるのよ?早くあの豚連れて来なさいよ!首にするわよ!?』
少し離れたところからでさえ、絶え間なく聞こえる金切り声が耳につく
「よくもまぁこれだけ汚い言葉が次々出てくるものだな?」
「これを公の場で披露するのは危険ですね。あの容姿ですのでそれなりのドレスを着せて黙って立たせていれば何とかなる可能性もありますが…あの様子では黙ってること自体が出来そうにありませんね」
「自ら餌を与えることになる、か…ならば公の場に出して恥ずかしくない人間になるまで私は会わないと告げるのもいいかもしれないな」
「すぐに厳格な女性の家庭教師達を手配しましょう」
容赦のないバートンの言葉に少し驚いたが、彼なりにそこで自分の中の帳尻を合わせているのだろうと気づかなかったことにした
「さてバートン、覚悟はいいか?」
「私はいつでも構いませんよ」
バートンはそう言ってニヤリと笑いドアを開けた
「呼んでると聞いたが?」
入り口でアンジェラを見据えてそう言うと睨むように見てくる
「ええ、呼んだわ。嫁いできたのに顔を見せないってどういうことかと思ってね」
上からの物言いに呆れるしかできない
含みを持たせた言い方をするわけでもなく、ただ怒りをぶつけているところを見れば、顔を見せないということがどういう意味かさえ理解できなかったらしい
これは思った以上に頭が足りなかったか…?
「どうもこうも私の優先順位の一番上は絵を描くことだ。それは父上もご存知だしあなたは望んで嫁いできたわけじゃないだろう?私のことなどその辺の豚としか思っていないと聞いたが?」
これはこの部屋にたどり着くまでに聞こえてきた罵詈雑言の中の言葉だ
豚だのクソ豚だの随分好き放題言っていたようだが…
まぁ、実際今の私は身長150cm、体重150kgの短足デブと類される体形だからあながち間違いでもないのだろうか?
「そうよ。でも背に腹は代えられないじゃない。私はあんたの子を2人産むまでここから出してもらえないのよ!?あんたなんかに抱かれるなんて吐き気がするけどそれしか手段がないなら受け入れるわ。だからあんたも役目を果たしなさいよ!」
残念ながらその日は来ないのだがと思いながらため息を吐く
それ以上にこの自分本位のよくわからない考え方を、恥ずかしげもなく披露するあたりどうしたものか…
今すぐにでもこの部屋を立ち去りたいのを必死でこらえていた
それにしても…と考える
吐き気がすると面と向かって言ってきた相手を抱こうと思う男がいると思っているのだろうか?
「…少なくともそんな態度の女性を抱く気にはならない。今の君を抱くなら娼館に行った方がましだ。3か月時間を差し上げよう。あなたは一度自分の立場をきちんと理解した方がいい」
「どういう意味よ?」
意味がわからない、という表情か?
どこまで説明すれば理解できるのか考えるのも無駄に思えるのは気のせいか?
「帝王の血を引く家の者として恥ずかしくないふるまいを身に着けてください。あなたに選ぶ権利があるように私にも選ぶ権利がありますから」
「は…?」
気の抜けた言葉が返ってきた
この表情を見る限り選ぶのは自分だけだと思っていたようだ
どういう育ち方をすればそうなるのか、一度詳しく聞いてみたいものだ
でも同じ家で育ったアリシャナは魔術師団に入った時点で礼儀正しかったはず
姉妹への接し方に差があったのは明確だがどれだけの差をつければこうなるのか…
考えれば考えるほど謎が深まるばかりだ
父上もとんでもないものを押し付けてくれたものだと何度目かのため息を吐いた
「明日から家庭教師を寄越します。全員が合格を出せば…そうですね、私の仕事が落ち着いていて、私の気が向けば、この部屋を訪れて差し上げますよ」
「何…言って…」
「次にお会いできるのがいつかは分かりませんが…まぁそれもあなたの努力次第でしょう」
これ以上話をするのが馬鹿らしい
話の通じない相手と話をしても時間の無駄だろうと結論づけ、反論する言葉を遮り畳みかけるように伝えた
同意など必要ない
これは帝王の命としての婚姻であり、この家の主は私なのだから
バートンの事だからこの国で一番厳しい教師人を呼び寄せることだろう
この男はどう動いているのか思いもよらない伝手を持っている
一流どころの間違いのないものばかりをいとも簡単に揃える手腕には実に素晴らしい
この子供よりも世間知らずでマナーも礼儀もない女が、一体どれだけの期間を費やせば合格を貰えるようになるのか…
おそらく数年では足りないだろうと私は心の中でほくそえむ
その間、顔を合わす必要もないということだ
教師に払う費用はそれなりにかかるが、公の場に出るためのドレスや宝石を用意する金額を考えれば雀の涙ほどでしかない
無駄な血税の消費を抑えられるのならそれに越したことはないだろう
改めて部屋の中を見渡して思う
父に譲られたこの屋敷の中で唯一疑問だったこの部屋とその中央にある柱
それがこのように監禁するがためのものだと誰が想像しただろうか
先が見通せるのだとまことしやかに話していた父の底知れない何かにわずかばかり恐怖を覚えたのだった
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