3.嫁が来る(side:スターリング一家)
それは突然の事だった
帝王からの親書だと騎士団の者が封書を持ってきた
「あなた帝王は何と?」
当主のバックスに妻のオードリーはそわそわしながら訪ねる
側には長男のエイドリアンと次男のテオも控えている
そんな中、手紙に目を通したバックスは低い声で唸り出した
「父さん?」
テオが待ちきれないと言うよう声をかける
「…エイドリアンが婚姻したと」
「は?」
反射的にそう漏らしたのは当のエイドリアンだった
これまでに婚約しろという命は受けても、婚約も飛ばし、婚姻したという報告は聞いたことが無い
「今日の舞踏会で何かあったらしい。30分程前にお前とアリシャナ・ブラックストーンの婚姻が成立したと」
バックスは手紙をエイドリアンに渡した
「ブラックストーンってアンジェラの家だよね?」
「そんな顔しないの」
イヤそうな顔をしたテオをオードリーが窘める
「アンジェラの妹…10歳で魔術師団に入った月の女神の異名を持つ娘だ」
「あなたお会いしたことが?」
「いや。遠くから見たくらいだ。魔術師団の棟はセキュリティが厳しく我々が踏み入れることは出来ないからな」
そうは言うがバックスは国務機関の長である
「アンジェラとそっくりな女だったら最悪だよ?あの女最初から兄さんを蔑ろにして、あろうことか俺に言い寄ってきたんだぞ?」
吐き捨てるように言うテオに夫妻は遠い目をする
アンジェラは帝王の命で寄越された婚約者だった
家に来るなりエイドリアンを見て悲鳴をあげ、思いつく限りの罵詈雑言を吐き続けた
そして1週間部屋に引きこもったと思ったら、突然テオの部屋に忍び込み夜這いを掛けようとしたのだ
テオが毅然とした態度で拒否し、部屋を追い出したところを屋敷中の者に目撃されると、あろうことか開き直って喚いた
化け物のいる家に嫁がされるのよ?せめて、子供くらい化け物じゃない相手と作らせて欲しいと思って何が悪いのよ?!…と
それをナイジェルがとがめ、これ以上勝手をするなら帝王に解消を申し出ると告げると再び部屋に閉じこもり、婚約からたった半月で精神を病んだと言って喚きながら出て行ったのだ
「…あれは強烈だったな」
バックスがため息交じりに言う
「…どうでもいい。どれだけ嫌だとしても帝王の命に逆らえるわけじゃないし…。俺は出来るだけ顔を合わさないようにするからフォローしてやってくれ。呪いを理由に悲鳴をあげられるのも恐れられるのももうたくさんだ」
エイドリアンはそれだけ言って自室に引き返していった
「…とりあえずお部屋は客間でいいわよね?」
「それはその女しだいだろ?」
「まぁ…ね。でもこれまでと違って婚姻だし離縁は認めないとされた以上は…」
オードリーは困惑の表情だ
「多くは望まん。最低限の礼儀さえ持ち合わせていれば御の字だろう」
バックスの言葉に3人そろってため息をついていると門番が呼びに来た
「もう?」
「早すぎだろ?」
「転移の魔術でも使ったか…テオはエイドリアンを呼んできてくれ」
「了解」
テオを見送りバックスとオードリーはアリシャナを出迎えに外に出た
「初めまして。アリシャナと申します」
美しい姿勢で微笑みながらの挨拶だった
「ああ、キミが…」
「あなたも大変だったわね。さぁ中へ」
2人は驚きながら中に促した
「アリシャナさんは今回の事をどこまでご存知かな?私含め誰も舞踏会に出なかったのでな、帝王からの婚姻が成立したという伝令の事しかわからないんだが…」
少し話をした後、2人の息子が部屋の前まで来たのに気づきバックスは話を切り出した
その問いに返ってきたのは驚くほど淡々とした説明と謝罪だった
しかも入ってきたエイドリアンを見て、悲鳴をあげるどころか目を反らすことすらしなかった
さらに呪いではなく祝福だと告げその説明を淡々と済ませる
テオの感情的な言葉も真正面から受け止めてしまう
アンジェラと本当に同じ血が流れているのかと思わずにいられなかった
「あなたが本当に呪われていて世間の言う恐ろしい対象だとしたら…ご家族からこんなに愛されているとは思いません」
アリシャナのその言葉に、一緒に暮らしていた家族でさえ久々にエイドリアンの表情が崩れるのを目にしていた
これまでエイドリアンを守る気持ちまで偽善だと、演技じゃないのかと責められ続けてきた
エイドリアンを苦しめるだけでは足りないらしく、我々の気持ちまで捻じ曲げてエイドリアンを攻撃する道具にする者も少なくはなかった
もどかしさと悔しさに悲鳴をあげる心のやり場を見つけられないまま過ごしてきた長い年月が、初めて報われた気がするほどアリシャナの言葉に救われていた
「部屋に連れていく」
そう言ってアリシャナを抱き上げ出て行ったエイドリアンの背中を初めて穏やかな気持ちで見送った
心を閉ざし、我々家族とさえ距離を置くエイドリアンが初めて、自分から誰かに触れたのだ
「アリシャナはエイドリアンを救ってくれるかもしれません」
「エイドリアンだけじゃなく我々もだ」
「ええ。そうね…」
涙を流すオードリーをバックスは抱きしめた
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