2.旦那様とのご対面

「ではお父様、お姉さま、今までお世話になりました」

『実際は私がお世話してたと思うけど』

アリシャナは心の中で毒づきながらも最低限の礼儀として頭を下げた


「ねぇアリシャナ、呪われた男に嫁ぐのはどんな感じなのかしら?」

アンジェラがニヤニヤ笑いながら問いかける

「…呪いの信ぴょう性もなければお会いしたこともない方ですのでコメントする言葉は持ちわせておりません。用がそれだけであればもう行きます」

淡々と告げると背を向ける


「分かってると思うが二度と戻ってくるな。私の前にその顔を見せれば国からの追放を命じるからな」

ナイジェルのその言葉にはあえて答えない

『縁を切った元娘を追放ですか…どこにそんな権限があるというのでしょうか?』

とことん馬鹿な男だと心の中で毒づき、屋敷を出たアリシャナは次の瞬間スターリング家の前にいた


「え…?」

「な?」

門番の2人がギョッとしながらアリシャナを見ている

「ごめんなさい。突然現れてしまって」

「あ…いや…それであなたは?」

「アリシャナと申します」

苦笑しながら言うアリシャナに2人は驚いた顔をして、次の瞬間頭を下げていた

「ご無礼を…!」

「気になさらないで。お取次ぎいただいても?」

「はい。既に伺っております。どうぞ中へ」

促され、門を通り屋敷の方に向かう


先に走りこんでいった門番のおかげか屋敷の中から人が出てくるのがわかる

「初めまして。アリシャナと申します」

「ああ、キミが…」

「あなたも大変だったわね。さぁ中へ」

女性に促されるまま中に入ると応接室らしき部屋に通された

「突然のことで大変だったわね。そちらにかけて少しでも楽にして頂戴ね」

「ありがとうございます」

素直にお礼を言ってソファに腰かける


「私が当主のバックス・スターリングだ。彼女は妻のオードリー」

「よろしくねアリシャナさん。今息子を呼びに行かせてるからもう少し待って頂戴ね」

オードリーの笑顔は穏やかで温かい


「アリシャナさんは今回の事をどこまでご存知かな?私含め誰も舞踏会に出なかったのでな、帝王からの婚姻が成立したという伝令の事しかわからないんだが…」

バックスは部屋の前まで息子たちが来ているのを確認してから話を切り出した

「アリシャナ、と」

さん付けはいらないと伝えると2人は頷いている


「私も舞踏会に出ていないので父と姉の言葉しか聞いてないのですが…そもそもの発端は姉とエイドリアン様の婚約破棄の理由のようです」

「確か…これまでの令嬢と同様、精神を病んだと?」

「はい。そう届け出たと私は先ほど知ったのですが…その姉が今日の舞踏会に出席して帝王に見つかったようで」

バックスとオードリーが顔を見合わせる

「帝王を謀った者は死罪。しかし父が姉の代わりに私をと進言したようです。なので今回の事はブラックストーン家の当主ナイジェルと、愚姉アンジェラの愚行のせいです。スターリング家の方には本当に申し訳なく思っています」

アリシャナはそう言って頭を深く下げた


「姉妹なのにアンジェラと随分違うね?」

背後からの声に振り向くと2人の青年が立っていた

1人は人懐っこそうな笑みを浮かべ

もう1人は全く表情が読めなない

そしてその顔の左半分に入れ墨のような模様があり左手にも同様のものが見えた


『あれは…』

アリシャナはその入れ墨に見入ってしまった


「見て気持ちのいいものでもないだろうに…」

「あ…」

そう言われて初めて目を合わせる

「エイドリアンだ。呪われていると言われるこんな俺が相手で逆に申し訳ないな」

エイドリアンは冷めた目をアリシャナに向けてそう言った


「兄さんの入れ墨を見て悲鳴をあげなかった女性は初めてだな。次男のテオだよ。テオって呼んで」

テオは笑顔でそう言ってオードリーの側の一人がけのソファに座った

エイドリアンはそれを見てからアリシャナの隣に座る


「アリシャナ」

「はい」

「エイドリアンはこれまでずっと呪われていると周りから恐れられてきました。その入れ墨のせいで」

「…」

アリシャナは真っすぐオードリーを見ていた

「これまで5人の婚約者がその入れ墨をみて恐怖し、長くても1か月以内に精神を病んだと…でも信じて頂戴。呪いなんてそんな酷いものじゃないのよ…」

「母さん…」

泣き崩れるオードリーを見るエイドリアンの顔には相変わらず表情がない

何度も繰り返し、まわりの人たちに訴えてきたのだろう言葉

それはエイドリアンにとって自分を追い詰めるものになっているのかもしれない


「信じるも何も…エイドリアン様のその入れ墨は呪いではありません」

アリシャナの発した言葉に4人は揃ってアリシャナを見た

「…どういうことだ?」

バックスが身を乗り出して訪ねる


「スターリング家も魔道国の血を引いておられますよね?」

「あ、あぁ…もうずいぶん前の代にいたと記録はあるが…」

「その入れ墨は魔道国における祝福の一つです」

アリシャナははっきりそう告げた


「…気休めはよしてくれ」

希望の目を向けた3人と違いエイドリアンは静かにそう言った

「気休めではありません。エイドリアン様は通常より強い魔力をお持ちですよね?」

「ああ。そのせいで余計に恐れられている」

「祝福を受けた者は膨大な魔力を授かります。でも体が幼いうちはその魔力にのまれてしまう。それを阻止するために入れ墨に魔力が封印されて生まれて来ます。一種の自己防衛ですね。そしてその入れ墨の範囲の広さは魔力の強さを表している」

「は…?」

「エイドリアン様が伴侶と決めた相手と魔力を交換することが出来れば、入れ墨に封印されていた膨大な魔力を取り戻すことが出来るはずです。もちろんその時にはその入れ墨もなくなります」

「…その情報が正しい情報だという保証はないだろう?俺はこれまで数えきれない文献を読んできたがそんな記載は一つもなかった。質の悪い気休めはやめてくれ」

「エイドリアン…」

吐き捨てるように言うエイドリアンにオードリーがアリシャナを見た

その目は助けてくれと訴えていた


「…私が10代前の当主の血を濃く引いているというのはご存知ですか?」

「ああ。それもあっての10歳での魔術師団入りだと聞いている」

「私が引いているのは血だけではないんです。アリーナ・ブラックストーンの記憶をそのまま引き継いでいます」

「記憶を…引き継ぐ?」

「アリーナは魔道国と帝国の血を引き、エイドリアン様と同じ祝福を受けて産まれた方と添い遂げました。200年以上前の話です。祝福を授けられる代に生まれるブラックストーン家の子孫には、前回の祝福が授けられた時代の、先代の血と記憶が引き継がれます。その内容と解放の仕方を引き継ぐために」


「…だとしたらどうして今まで何も言ってくれなかったんだよ?兄さんはずっと苦しんで…」

テオがアリシャナを責めるように言う

「やめなさいテオ」

「でも!」

「…申し訳ありません。私は魔術師団の事務所か屋敷の中にしかいることが許されませんでした。呪いを持った人がいるということも、噂しか耳にしたことがありませんでした。一度でもお会いしていればお伝えすることも出来たかもしれないのですが…」

アリシャナには謝る事しかできない


「テオのことは気にしなくてもいい。仮にあんたの言うことが真実だとして、なぜ書物に記さない?」

「その時の権力者により囲い込みや悪用を防ぐためです」

「…それだけ膨大な力という事かな?」

一瞬陥った沈黙を破ったのはバックスだった

「国の行く末を左右できるレベルだと言われています」

「「「「…」」」」

4人は顔を見合わせた


「私たちはそれを見定める役目も担っています。人格に問題がある者に真実を告げることは出来ませんから」

「…やっぱり呪いじゃないか…そんなの祝福なんかじゃない!」

テオの叫びからはエイドリアンが大切なのだと伝わってくる


「…エイドリアン様が羨ましいです」

「は…?何の冗談…」

「人より強い魔力を持ち、呪いだと周りに恐れられても、あなたの事をこんなに愛してくれる家族がいる。それが私には羨ましいです」

アリシャナはそう言って寂しそうに笑った


「…たわごとはもういい。呪いだろうと祝福だろうと関係ない。世間が恐れる魔力と入れ墨を纏った男があんたの旦那になったってだけのことだ。帝王の命で別れることも許されない以上、少しでもいい関係を築くのが妥協点だと思うが…あとはあんたにそれが可能かどうかだけの問題だ」

淡々と言うエイドリアンにアリシャナは小さく頷いた


「祝福でも呪いでも…私はエイドリアン様を怖いとは思いません。それに…」

「それに?」

エイドリアンがまっすぐアリシャナを見ていた

射貫くようなすべてを見透かすようその目に怯むことなくアリシャナはつづけた


「あなたが本当に呪われていて、世間の言う恐ろしい対象だとしたら…ご家族からこんなに愛されているとは思いません。だから私も少しでもいい関係を築けたらいいと思います」

「!!」

アリシャナはこの時初めてエイドリアンの表情が変わるのを見た


「…ごめんアリシャナ」

「テオ?」

「俺酷いこと言った」

テオは本当に申し訳なさそうに言う

「テオの言うことも理解できます。だから気にしないで」

「ありがと。これからよろしく。姉さん」

照れ臭そうに笑いながらテオは言う


「キミを歓迎するよ。アリシャナ」

「私たちの事をそんな風に見てくれた人は初めてだわ。あなたのような娘が出来て嬉しいわ」

バックスとオードリーは嬉しそうな笑みを見せた

「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」

そう返したアリシャナの目から涙が零れ落ちた


「おい?」

「ごめ…なさ…居ることを肯定してもらったのは初めてで…」

アリシャナの言葉に4人は顔を見合わせる

突然の婚姻とは言え1人で来たアリシャナが、羨ましいと寂しそうに笑いながら告げた意味に気付くのに時間はかからなかった


「…部屋に連れていく」

「あ、あぁそうだな」

立ち上がったエイドリアンはアリシャナを抱き上げた

「え?」

「落ちたくなければおとなしくしてろ」

すかさずかけられた言葉に固まった

「荷物、俺が持って行くよ」

テオが側にあったバッグを手に持った

「助かる」

エイドリアンはそれだけ言って応接室を後にした


自室に入りテオが荷物を置いて出て行くのを確認してからアリシャナをベッドに座らせた

「エイドリアン様?」

「…リアン」

「え?」

「リアンでいい。両親が気に入っている愛称の一つだ」

「…リアン様…」

呟くように呼ぶのを聞いてエイドリアンはアリシャナの隣に腰かけた


「泣いたりして…」

「かまわない。俺は人を避けてきたから他人の気持ちを推し量ることは苦手だ。他人に心を開くことも難しいだろう。ただ、お前がちゃんと向き合おうとしてくれてるのは理解した」

「…はい」

「嫁になってくれた以上何があっても守る。だからこれから先お前ひとりで抱え込んで苦しんだり泣いたりするのだけはやめてくれ」

「はい…」

アリシャナはどこか寂しそうな表情で頷いた


そんなアリシャナをエイドリアンは自分でも驚くほど自然に抱き寄せたが一瞬強張ったのに気づき手を放した

「すまない。この手じゃあれだな…」

「ちが…」

「?」

「誰かに、抱きしめられることがなかったのでびっくりしただけです。リアン様が怖いわけじゃありません」

「抱きしめられることがなかった?」

エイドリアンはそのようなことがあり得るのだろうかと首を傾げる

世間から蔑まれた自身ですら自らが拒むまで両親は嫌というほど自分を抱きしめてきたからだ


「私は生まれた時に母の命を奪ってしまったんです。だからナイジェルからもアンジェラからもずっと恨まれて、そして恐れられてきました」

「…羨ましいと言ったのは…」

「私には得られなかったものですから」

「そう…か…」

少しの間エイドリアンは黙り込んでいた


「アリシャナ」

「はい?」

「俺たちは婚姻して今日は初夜だ…お前はいいのか?」

何がとは返さない

スターリング家に足を踏み入れた時点でその覚悟はできている

「…優しく、してくださいますか?」

アリシャナはそう言って微笑んだ


「努力する」

エイドリアンはそう言ってアリシャナの頬に触れる

自分を見るエイドリアンの目に欲が浮かんでいるのに気づきアリシャナは目を閉じた

落とされた口づけがゆっくり時間をかけて少しずつ深くなる

促されるまま、言われるままアリシャナはエイドリアンに従った

素直な反応にエイドリアンは初めて笑みを浮かべた

その瞬間からアリシャナは理性を手放しエイドリアンに身を任せた


***


「家族以外で俺を真っすぐ見返す人間…」

意識を手放し自分の腕の中で眠るアリシャナの髪をなでながらエイドリアンはつぶやいていた


どれだけ周りから距離を置こうと、自分から壁を作ろうと、それで得るのはこれ以上、心ない言葉や視線を受けずに済むという現実だけだった

孤独はさらなる孤独を生み、心が凍り付くような長い時間をエイドリアンは過ごしてきた


そんなエイドリアンに真っすぐ向けられる目に恐れは浮かんでいなかった

顔の入れ墨に触れながら美しい模様だと笑みを浮かべていた

エイドリアンにすべてを任せ、その全てをただありのままに受け入れようとするアリシャナ

そんな人間が気にならないと言えばウソになる


「伴侶と決めた相手と魔力を交換することが出来れば、か」

伴侶はアリシャナ以外に得ることは出来ない

仮に他の可能性があったとしてもこれまで同様望むことはないだろう


「アリシャナと魔力を交換することが出来ればこの入れ墨は消える…」

でも、と考える

魔力の交換等聞いたこともなければやり方もわからない

そして何よりこの入れ墨がいきなり消えたとしてその後は?

そこに何の答えも浮かばないことに気付く

あれほど消したいと願い続けた入れ墨が、消える可能性があるのに、である


「俺は…」

「んー?」

声に反応したのかアリシャナがうっすらと瞼を持ち上げた

「何でもない。ゆっくり休め」

「は…ぃ…」

もぞもぞと動きながらすり寄ろうとするアリシャナを抱き寄せてやると、安心したように胸に顔を埋めて寝息を立て始めた

テオ以外で初めて自分にすり寄ってくる感覚にどこか照れ臭さを感じながらエイドリアンも眠りについた

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