第6話 萌拳無双
~ 黒迷宮 ~
初級ダンジョンとして新人冒険者たちがパーティを組んで最初に向うのが黒迷宮だ。最近また深い階層が発見された、奥深さはまだ未知数の未踏破ダンジョンでもある。
ただ浅い階層はゴブリンや歩く死人、スライムしか出現しないうえ、構造も単純かつマップも作成されギルドで購入することもできる。
そのため黒の迷宮の第1~2層は新人冒険者たちが腕試しとしてまず訪れる場所として知られている。
「挑戦するものが多いということは、もちろん犠牲になる者も多くなるというわけだが……」
黒迷宮第1層にある隠し部屋でザックが冒険者たちに向って語っていた。
彼の足元には手足を縛られた三人の女冒険者と三体の遺体が転がされている。ザックは女冒険者の服をナイフで切り裂きながら下卑た笑いをその口に浮かべる。
「ときにはパーティ丸ごと行方不明になることもあるわけだ」
ザックが合図すると背後から複数のゴブリンが現れる。
「「「ひぃぃぃ」」」
女冒険者たちの目が恐怖でいっぱいに開かれる。
「死体は喰っていいぞ。持っていけ」
ザックの許しを得たゴブリンたちは、喜々として遺体を乱暴に引きずりながら部屋を出ていった。
「さて……残ったお前たちをどうするかだが……。そうだな、俺を喜ばせることができれば命は助かるかも知れねぇぜ?」
そう言いながらザックはハーフエルフらしき女冒険者の胸をまさぐる。
いつの間にかザックの隣に灰色のローブを来た女が立っていた。
「贄はなるべく無傷である方が好ましいですね。穢れなき身体にこそ魔の刻印が映えるものです」
「そ、そうですか。わ、わかりました。ではこいつらはこのままでお引渡しさせていただきます」
「ありがとう。星の聖餐はギルドの素晴らしい働きを高く評価しております。ザック、貴方を我らの一員に迎えようという話も出ていますよ」
ザックが灰色ローブの女に卑屈な笑みを浮かべながら答える。
「そ、それは本当ですか!?」
「貴方のこれからの働き次第ですが、私も後押しするつもりですよ」
「あ、ありがとうございます!」
星の聖餐は、このミュラヌイ国だけでなく大陸全土の権力者に影の影響力を持つと言われている組織だ。
とあるクエストを通じて彼らとのコネクションを得たザックは、星の聖餐の力を背景に一気に町の有力者に昇り詰めることができた。
彼らの一員ともなれば、ミュラヌイ全体のギルド長になることも夢ではなくなるだろう。そのためにザックは全力で星の聖餐に協力してきた。
「灰色様から、ダンジョンに入った新人冒険者を間引くというアイデアを頂けたおかげで、皆様への協力が叶っただけではなく、ギルドの実入りも増えました。本当に有難い限りです」
ザック自身はこれまで彼が罠に掛けた何十人もの新人冒険者たちが、その後どのような運命に見舞われるのかを知らない。
そもそも興味もなかった。
ただハーフエルフの女冒険者については、灰色様が来る前に遊んでおけばよかったと、少しだけ惜しいと考えていた。
~ ダンジョン第1層 最奥部 ~
今回は6人のパーティを罠に掛けたのだ。三人殺してしまったが、せめて一人は生きた女冒険者を自分に寄越すべきだと考えていた。
食べる前に徹底的にいたぶって凌辱の限りを尽くさねば満たされない。別の冒険者を襲えば済むことではあるが、これは取引の問題だ。
せめて生きた女一人は戻されなければ、今回の成果に対する報酬の割が合わないと考えていた。
「「「ギギッ!!」」」
ゴブリンワイズの元に戻ってきた手下共は、期待していたのと全くことなる報告を叫んでいた。
~ ダンジョン第1層 大広間 ~
「メイド神拳 旋風スカート舞脚!」
「「「「ギギャッ!」」」」
アンナが空中でくるりと一回転しながら旋風脚を放つと、周囲にいたゴブリンたちが遠く吹き飛ばされ壁に打ち付けられた。
「萌拳 第六路! 戦神ヴァルキリエ」
アンナが作ってくれた一瞬の隙に、ぼくはヴァルキリエの加護を纏う。あらゆる武器を使いこなす才能を与える戦神ヴァルキリエの加護を得たぼくは、短槍を構えてゴブリン集団の中央に突進する。
「ラァァァァァァ!」
ぼくが戦乙女の咆哮を放つと、ゴブリンたちが恐怖に囚われて動けなくなった。その機をとらえてぼくとアンナはゴブリンたちを一気に屠っていく。
ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!
ゴブリンどもはダンジョンの奥から次から次へと飛び出してくる。しかし死体が44を数えてからは現れなくなってしまった。
広間に静寂が戻る。
「旦那様! あちらにアリアドネの糸が!」
「わかった!」
目を凝らすとダンジョンの左通路側にうっすらと白い煙が漂っているのが見えた。これはアリアドネの糸と言うマジックアイテムの効果だ。
アリアドネの糸は糸玉と糸車の1セットで使用する救援要請用グッズだ。糸玉を持ってダンジョンに入った冒険者が支援を求めると糸車が反応し、糸車側は糸を辿って救援に駆けつけることができる。
糸は糸車の持ち手にしか見えないが、糸があることを認識している者が目を凝らしてみることでうっすらと煙のように見えることがある。
「フィーリアさんのところへ急ごう!」
「はい! 旦那様!」
この半年間、黒迷宮で現場漁りで稼ぎながら、新人冒険者だけのパーティに声を掛けて、このアリアドネの糸を使ってもらっていた。
これまでアリアドネの糸を使ってくれたパーティは何事もなく無事に戻ってくれていた。糸車に反応があったのは今回が初めてのことだ。
フィーリアさんのパーティメンバーたちは、山奥のダンジョン付近で突然現れたぼくのことを怪しんでアリアドネの糸を受け取ろうとしなかった。
でもハーフエルフのフィーリアさんだけは、ぼくの警告を真面目に聞き入れてアリアドネの糸を快く受け取ってくれたのだ。
なんとしても助けたい。
ぼくとアンナは必死で糸の跡を辿り続けた。
「旦那様、これは!?」
アンナが壁の前で立ち止まる。アンナから糸車を受け取ると、糸が壁の中に消えているのが分かった。ぼくは人差し指を唇に当てて静かにするようアンナに合図する。
「隠し部屋だね。他の迷宮で見たことがある」
ぼくは小声でアンナに伝えつつ、腕を壁の中に出し入れしてみせた。
「幻術系だ……入ってみよう」
そう言ってぼくは壁の中へと入って行った。
~ 隠し部屋 ~
「はわっ!?」
「誰だっ!?」
「えっ!?」
「ポーターさん!」
「「なっ!!」」
壁を潜り抜けた瞬間、ぼくを含め全員が一斉に驚きの声を上げた。
隠し部屋の中には、縛られたフィーリアさんと冒険者二人、灰色のローブが一人、そしてぼくの目の前にはザックが立っていた。
灰色の人が誰だかわからないけど、これだけ状況証拠が揃っていれば間違いない。ぼくは精一杯の憎悪を込めてその名を叫んだ。
「ザック!!」
「お、お前は……サマンサ商会のポーターか?」
「直接面識がないのに、ぼくのことを知っているなんて光栄だよ! はじめましてザック! そしてさようなら!」
ぼくが萌拳の構えを取ると、灰色ローブは部屋の奥へと消えて行った。
ザックが叫ぶ!
「ゴブリンども! こいつらを殺せ!」
「……」※沈黙
アンナがフィーリアさんたちを縛っているロープを解く。なんとも言えない微妙な間が過ぎた後、ザックが再び叫んだ。
「ゴブリンワイズ! 侵入者だ! 全員殺せ!」
「……」※沈黙
「ゴブリンさんたちなら、大広間で永遠に眠っておられますが?」
ぼくの代わりにアンナがメイドらしい丁寧な対応をしてくれた。
「なっ……なんだと?」
「44体ほどお休みいただいておりますが、まだご奉仕が足りませんでしたでしょうか?」
「なっ……」
ジリジリと後ずさりするザックを壁際に追い詰める。奥部屋の扉の前にはアンナ、幻影壁の前にはフィーリアさんたちが立っていて、ザックにはもう逃げ場がなかった。
「ザック……」
俺は萌拳の構えを取りながらザックを問い詰める。
「お前は、ミラクシャを陥れて投獄し、サマンサポーター商会を襲わせて潰し、そして俺の家を焼いた……」
俺は両手を使ってハートを作った。これぞ破壊力抜群の萌拳熱烈掌だ。神気を掌に集めて色々な技と組み合わせることで、岩を砕き、大木を折り、お客様のハートをがっちり掴んだりすることができるのだ。
「それだけならぼくの私怨でしかない。しかし、お前は魔物どもと手を組み、この国の将来を担う冒険者たちの未来を無残に奪い取った……」
ぼくは一瞬フィーリアさんたちに目を向ける。三人しかいなかった。確かパーティは六人いたはずだ。つまり……
「今日も三人殺したな?」
ぼくの心に激しい殺意が沸きあがってくる。
「ひっ!?」
ぼくの殺意に触れて、ザックの表情が恐怖に塗り替えられた。
「 萌拳単打一式! 萌え萌え……」
「 なりません!」
アンナの声が聞こえたが、ぼくはすでに技を放っていた。
「キュンンン!」
ドゴーン!
大きな音がして、ザックの頭の横の壁にハート型の穴ができた。
ザックは口から泡を吹いて失神しており、壁からずりずりと崩れ落ちた。
アンナは俯いて立ち尽くしているぼくの手を取り、自分の胸に押し当てる。
「これで良いのです。旦那様。殺生はなりません。人を殺したらつまらないものですよ」
「そ、そうか……そうだね。萌拳は人魔不殺の拳……」
ぼくは自分に言い聞かせるようにつぶやく。その先はアンナと二人でハモってしまった。
「「女神によるボーナス査定に響くので、できる限りなるべく妖異以外は殺生せぬよう善処するよう検討せよ」」
「いや、だいぶ殺しちゃったけどねゴブリン」
「できる限りということなので問題ありません」
「だね!」
ぼくとアンナが大笑いするのを、フィーリアさんたちは呆れた顔で見つめていた。
こうして……。
ぼくやフィーリアさんたちの証言がきっかけとなって、ザックの悪事がつぎつぎと暴かれ、ついに彼は獄中に繋がれることとなった。
サマンサさんも実家から戻ってくることになり、今、ぼくとアンナはリーラさんの宿屋で彼女の到着を待っていた。
でもサマンサさんよりも先にぼくたちが再会することができたのは――
「トモヤ!」
宿屋の扉がバンと開かれて、猫耳の少女が飛び込んできた。
「よかった! 無事に解放されたんだね! ……って、み、ミラクシャ? ミラクシャなの?」
「そうだよ! ミラクシャだよ! どうして分かんないのさ!」
「だって、そんなに丸々と太っ……痛たたた!」
アンナがぼくの脇腹を思い切り抓る。
「旦那様、女性に対して言ってはならないこと十か条をお忘れですか?」
「あっ、そっ、そうだったね。そ、それにしても……こう……そう! ふくよか! フクヨカになったね!」
ミラクシャの顔が真っ赤に染まる。
「あのね。サマンサさんがずっと差し入れや獄吏さんへの賄賂を送ってくれててね。牢の中での扱いも悪くなかったの。で……やることないから食べて寝てゴロゴロするしかなくて……」
「なるほどそれで太……ふくよかに」
バンッ!
また宿の扉が開かれ、今度はサマンサさんが飛び込んできた。
「ミラクシャ! トモヤ!」
「「サマンサさん!」」
こうして……。
ぼくたちは再会を果たし、そして再び一緒に働くことができるようになった。
サマンサさんは「サマンサ冒険者ギルド」のギルド長となり、ミラクシャはギルド付属の「ポーター紹介所」の所長になった。
ぼくはと言えば、ザック逮捕の報償金……は特に出なかった。一応、領主からは功績を称える賞状が一枚届いてたけど。
そのことにブチ切れたサマンサ一家が領主のところにどなり込んで色々と揉めた末、最終的にぼくの奇妙な提案が受け入れられることになった。
~ エピローグ ~
「黒迷宮の管理者に任命する」
領主の認可を得て迷宮管理者となったぼくは、アンナと共にダンジョン前に店舗を構え、家を建てて住み始めた。
新人冒険者相手の商売は大成功。最初は小さな小屋から始めた店も、今では簡易の武器やアイテム店を揃えた宿屋になっている。
暇を見つけてはアンナと一緒に黒の迷宮の最奥部で調査を続けている。この間、さらなる地下への入り口を発見したところだ。
今日もアンナと二人で新しい階層の探索を続けている。
深い階層にはより強い魔物が潜んでいることだろう。だがぼくとアンナの萌拳の前に、それはまったく脅威ではない。
なんて思った矢先、ぼくの隣を歩いていたアンナが口を押えてしゃがみ込んだ。
「うっ!」
「どうしたのアンナ!? 大丈夫? もしかして毒か魔法のトラップ!?」
「いえ……ど、どうやら……」
「どうやら?」
「陣痛のようです……」
アンナは口元を抑えながら、もう片方の手で大きなおなかをさすっていた。ぼくは慌ててアンナを抱えて、ダンジョンの階層をダッシュで駆けあがる。
「だから出産するまでアンナは留守番って言ったでしょぉぉぉ!」
「でも、もし最深部でサキュバスが出たら……。妊娠中に夫が浮気に走る確率はかなり高いとか……」
「そんな心配してたのぉぉ!?」
ダンジョン入り口に到着すると、妊婦なのにダンジョンに入ると言ってきかないアンナを心配して来てくれていたミラクシャとフィーリアさんが、お産の準備を始めてくれた。
まわりがドタバタする中、ぼくだけがポツンと取り残され……長い長い時間が過ぎ――
ぼくとアンナは子宝を授かった。
この子とぼくとアンナがこれから過ごす奇跡のような幸せの日々については、また別のお話で。
この子がゴンドワルナ大陸を覆う闇に勇者たちと共に立ち向かう経緯についても、また別のお話。
今のお話の最後は、
「アンナ……」
「ご主人様……」
むちゅー。
おしまい
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