第76話 モルスとの最終決戦




 僕は、感染源モルスに対し身を震わせている。


 ――戦慄。


 災害級の魔王ガルヴォロンと対峙した時すら抱いたことのない感情。


 僕は恐怖しているのか、モルスに対して……。


 けどそれだけじゃない。


「……そうか。複雑な気持ちもあるが、その人が父親であって良かったと思う部分もある」


 ほんの僅かの間だけでも「父さん」と呼べて、親子として接することができ良かったと思った。


 僕の言葉に、モルスは「フン!」と鼻で嘲笑する。


「だから僕は殺せませんってか? 安心しろ、アトゥムは15年前に死んでいる。お前に見せた人格は、奴の記憶をベースに基に生成した疑似人格だ。それにあながち間違いでもないだろ? セティよ、お前にとって父親はこの俺なのだからな!」


 モルスの言葉に、僕は血が滲むほど唇を噛みしめる。

 全ての真相を知り冷静さを保ちながら、恐怖心が消失するほどの激情を抱いていたからだ。


 ――沸点を超越した滾る憤怒ッ!


「うるさい黙れぇ! モルス、貴様は僕が殺す! 貴様に授けられた力を持ってなぁ!! 覚悟しろぉぉぉぉ!!!」


 事実上、これが最後の戦いとなる。


 僕は腰元から二刀の短剣ダガーを抜き身構えた。


「パイッ! ここでモルスと決着をつける! シスター・ルカに施したスキルを解除し、僕とモルスの周囲に《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》で結界を発現させてくれ!」


「わかったネ、セティ!」


「ケールはヒナ達に施した魔法を解除し、万一の時は僕ごとモルスを焼き払うよう攻撃魔法の準備しろ!」


「わかりました、我が主よ……しかし本当に宜しいのでしょうか?」


「構わない、あくまで最終手段だ! パイが許可すれば結界の中でも魔法攻撃は通せる! お互い暗殺者アサシン同士、それくらい割り切れる筈だ! パイロンも頼むぞ!」


「……わかったヨ。けどアタシは妻として、セティを信じているネ!」


 ああ、だがまだ結婚してないけどな。


「わかりました、セティ様……ご安心ください。たとえ骨の身になったとしても、私も第七の妻として貴方様を愛してみせましょう!」


 まぁ、お前も髑髏だからな。

 ところでケール、いつの間に第七の妻になったんだ?


 対してモルスは、そんな僕達の掛け合いを目の当たりにしながら舌打ちしている。


「チッ、ケールめ……すっかり裏切りおって。ヘイト女どころか、すっかり奴に惚れこみ心酔しているじゃないか? これだから女という存在は信用できん。500年前、『死霊賢者レイスセージ』として彷徨っていた貴様に意識を与えてやった恩を忘れおって……」


「所詮、利用するためだろうが! 僕のように都合の良い手駒としてなぁぁぁぁ!!」


 僕は地面を蹴り、モルスに突撃する。

 短剣ダガーと魔剣の刃が交差し火花を散らした。


「――《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》ッ!」


 パイロンがスキルを発動した。

 僕とモルスを中心に、直系にして30メートルほどの六角型の結界が張り巡らされる。

 最終決戦としての戦闘領域が完成した。


 ケールはヒナ達に施した《防壁魔法》と《煙隠蔽スモーク》魔法を解除し、新たな攻撃魔法を詠唱している。

 髑髏だろうと問題なく、強力な魔法を行使できる点は不死である『死霊賢者レイスセージ』の最大の長所であった。



「これで舞台は整ったってか! お前は本気を出さないのか、セティ!?」


 鍔迫り合う中、モルスが圧倒する力で押し弾き、僕を吹き飛ばしていく。


「ぐっ! いつまでも調子に乗るなよ――《生体機能増幅強化バイオブースト》発動ッ、リミッター解除!」


 オレ・ ・の瞳孔が赤く染まり、全身の皮膚に古代魔法の呪文が記された同色の刺青タトゥーが浮き出され発光する。

 すぐさま体勢を立て直し、地面を滑りながら着地した。


 顔を上げてオレは鋭い眼光でモルスの姿を捉える。

 だが前方にいた筈の姿はそこにない。


「チェストォォォォッ!」


 モルスはいつの間にか跳躍し、数メートルの距離を一気に詰めていた。

 豪快に『魔剣アンサラー』を掲げ、オレの頭上を目掛けて袈裟懸けに斬りつけてくる。


 オレは横跳びで回避するも、『魔剣』の追撃能力により刃の軌道が水平斬りに変化し、首首筋へと襲ってきた。

 だが刃が触れる寸前で後方へと跳躍する。張り巡らされた透明な結界こと《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》の壁を土台にして蹴り上げ、その勢いを利用しモルスへと斬り掛かった。

 


 ギィィィン!



 再び交わり火花と散らす刃。


 不意にオレは違和感を覚え、顔を顰める。

 対峙するモルスはニヤっと唇を吊り上げた。


「あえて剣撃を短剣ダガーで受けないのは正解だな、セティ! 完全体となった俺が振るう『魔剣アンサラー』は時空を歪ませるほどの魔力質量を誇る! いくら防御し斬撃を防げても、猛烈な魔力の圧力でお前の肉体は粉砕するだろう! たとえ《生体機能増幅強化バイオブースト》で強化されようともだ!」


「時空を歪ませる能力……パシャに授けた恩寵ギフト、《歪空間領域ディストーション》スキルの強化版か? 確か『四柱地獄フォース・ヘルズ』達は、それぞれ貴様を四等分にした力を宿していたんだよな?」


「その通りだ! しかし所詮はか弱き子供達だ。いくら四等分に分散させようと、この肉体ほどの力を得るには至らなかった! その意味でもエウロス大陸きっての剣聖と称えられた、当時のアトゥムは史上最強の肉体と言っても過言ではなかった! そして、その後継者として息子であるお前の肉体へと引き継がれるのだ!」


 モルスが豪語する中、オレは両腕に全力を込めながら押し切り、刃を弾く形で全身を捻らせて着地した。

 そのまま高速移動で奴の後方へと回り込み、二刀の短剣ダガーで連撃を浴びせる。


 だがモルスの背後から円型の盾に模した魔法陣が出現し、自動に追尾しながら全ての斬撃を防御した。


 にしても、まるで刃が通らない堅牢さ……これはまるで――。


「ドレイクという竜人族のスキルか?」


「そうだ、俺が与えた恩寵ギフト絶対無敵強度鱗アブソルティ・ストレング》! ドレイクは自分の鱗に纏わせるだけだったが、本来はこういう使い方だよ!」


 自動追尾能力を持つ、『魔剣アンサラー』の強固な盾シールド版。そう捉えていいだろう。

 しかしドレイクを相手にした時でさえ、まともに攻撃が通らなかったのに厄介なスキルだ。


 さらにオレは追い打ちを掛けられてしまう。


 展開された魔法陣が六つに分裂し、そこから刃が触手のように伸長して、オレに向けて強襲してきた。


 刃は頬と脇腹や大腿部などに掠めるも、辛うじて短剣ダガーで弾きながら致命傷を負わず躱すことができた。


「こ、これは斬月の《無限刀流》か!?」


「ああ、これも自動追尾型のスキルだ! まさに攻防一体、感染源モルスの真骨頂ってやつだぞ、セティィィィ!! ハハハハ―ハッ!!!」


 モルスは喜悦の声を発しながら突進してきた。


 オレは攻撃を回避しながら、素早さを活かしてなんとか奴との間合いと距離を置く。

 スピードはこちらの方が上なのが幸いだ。

 だが《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》で戦闘領域を規定させた分、逃げる範囲が限られる。


 このままだと殺られてしまう。


 唯一の切り札である『超神速化』を以てしても、『魔剣アンサラー』によって展開された歪空間と強固な魔法陣を掻い潜って、斬撃を与えることができるかどうか。


「……モルス。そんな派手な攻撃だと、貴様が欲しているオレの肉体が酷く傷ついてしまうんじゃないか?」


「心理戦か? 無駄だなぁ! お前を殺した後に肉体を蘇生させる! 俺は『魔賢者ケール』に意志を与えたと同時に奴が得た『禁忌魔法』も共有しているからな! 生き返りは不可能でも肉体蘇生ならばなんとでもなる! ちなみにアトゥムの息子であるお前とならば『盟約』を結ばずとも肉体を奪うことも容易いだろう! 俺にとってセティよ、お前の意志や魂など不要なのだ!」


 それで、ずっと僕に目を付けていたってのか?

 年老いて劣化するアトゥムの肉体の保険として……如何にもモルスらしい思考だ。


 このままモルスに肉体を乗っ取られるくらいなら――。


 オレは動きながらチラリと視線を動かす。

 魔法を詠唱している髑髏ことケールの方向だ。


 打ち合わせ通りあいつの最大級攻撃魔法で、オレごとモルスを焼き払い消滅してもらう。

 おそらくモルスはノーダメージだが、奴に肉体を奪われるという屈辱で最悪ルートは回避できる。


 所詮、僕は暗殺者アサシン


 これまで数えきれないほど殺め命を奪ってきた男だ。

 いくら贖罪しようと、この血塗れの手は拭い去ることは永遠にできない。

 今なら悔いなく運命だと割り切ることもできるだろう。


 カリナ、フィアラ、ミーリエル、マニーサ、パイロン……。


 あんな綺麗な美少女達と、ひと時でも夢を見られただけで本望だ。


 そしてヒナにシャバゾウ、それにポンプル。


 僕にとって家族のような存在ができて嬉しかった。


 みんなと旅をしながら、ランチワゴンを運営できて楽しかった。



 本当にありがとう――。





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