第75話 全ての真相と罠




「皆さん、まだここにいらっしゃったのですね? 夕食ができておりますよ。ささ参りましょう」


 僕達に近づき、穏やかな口調で声を掛けてくる人物。

 修道服を身に纏う清楚そうな女性。


 ――シスター・ルカだ。


 僕は身構え、ちらりと幼竜に視線を向けた。

 シャバゾウはヒナを庇う形で前に出ており、ルカに対して警戒心を剥き出しで唸り声を発している。

 

 やはり彼女が「モルス」なのか?

 しかし、奴のアイデンティティである『魔剣アンサラー』は所持していない。

 これまでの前例から、その辺に隠しているかもしれない。


「セティ、気を付けるネ。あのシスター、ついさっきまで教会内にいなかった筈ヨ。それに今まで姿を見せるまで気配しなかったネ」


 パイロンも助言してくる。

 ということは、僕と別れてから何かしらの方法でモルスに感染されたっていうのか?

 にしても期間スパンが短すぎやしないか?


 しかしパイロンも僕と同レベルの超一流の暗殺者アサシン

 ほぼ確定で間違いないだろう。


「シャバゾウ、もういいから退け! ケールは《防壁魔法》でヒナを守り《煙隠蔽スモーク》魔法で保護しろ!」


「ギャワ!」


「御意!」


 シャバゾウは後ろに下がりヒナに寄り添う。


 ケールがヒナとシャバゾウを対象に《防壁魔法》を施し円型ドーム状の魔法障壁が張られる。

 その障壁空間内は闇魔法の《煙隠蔽スモーク》で漆黒に覆われた。


「セティ様、どうされたのですか? 一体、何をされているのですか?」


 僕達の警戒ぶりに、ルカは不思議そうに首を傾げている。


「こいつ、すっとぼけているネ! アタシの《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》で封じてやるカ! それともアトゥムの方を隔離してこいつを仕留めるカ!?」


 ルカがモルスに感染されていた場合、本体とする『感染源』のアトゥムとの接触は避けるべきだ。

 ならば先にルカを封じてアトゥムの方をキルすれば、本体を失ったモルスの力は消滅しルカは解放されるだろう。


 だが僕はアトゥムを殺すことに躊躇している。

 この期に及んで……クソッ。


「――やれやれ。この程度で狼狽するとは幻滅したよ……すっかり人間らしくなったじゃないか、セティ」


 突如、ルカは顔を歪め不敵な笑みを浮かべた。


「き、貴様ッ! やはりモルスか!?」


「ああ、そうだ。まさか、こんな辺境地まで来させられるとはな……移動が大変だったぞ」


「バカな……たった二日でどうやって!?」


「簡単だ。ムランドの肉体から『密偵鴉』に転移し、ここまで来た。後は村人を媒介して、この女に感染したってところだ。今日は人が多く集まる日だけあり容易なことだよ」


 巡礼者に扮して、シスター・ルカに感染したってのか?

 だが可笑しくないか?


「モルス……貴様は人間型ヒューマン種族以外の肉体は乗っ取れない筈だ!?」


「俺の正体は既に知っているのだろ? 動物由来感染症ズーノーシスだ。動物の肉体を乗っ取ることはできなくても細菌の付着くらいはできるよ。ウイルスを舐めるなよ」


「だとしても来るのが早すぎるじゃないか! 空を飛んでショートカットしても、神聖国グラーテカから二週間以上はかかる距離だぞ!」


「俺の『密偵鴉』には《超高速移動》スキルを与えてある。予め『密偵鴉』に行先を指示し、ここまで飛んできたのだよ」


「だったら『魔剣アンサラー』はどうした!?」


「ああ、これか?」


 ルカは右腕を翳すと掌から幾何学模様の魔法陣が浮き出され円形に広がる。

 そこから抜き生えるように『魔剣アンサラー』が出現し、ルカは柄を握って受け取った。


「転移魔法か!? 魔術師でもない貴様が!?」


「いいや違う。俺が所持する《異空間収納》スキルだ。昔、俺が魔王と呼ばれた頃かな……イキリながら挑んできた勇者から奪った能力だ。俺は感染した奴の恩寵ギフトスキルを奪うことができる。そして保菌者キャリアに譲渡することも可能だ」


 そうだったのか……『四柱地獄フォース・ヘルズ』の連中といい、グローヴやタークも「ボスからスキルを貰った」と言っていた。

 以前、肉体を乗っ取った連中からスキルを奪い、自分の部下達を保菌者キャリアにして譲り渡していたのか。


 おそらく僕の《生体機能増幅強化バイオブースト》も同様だろう。


「――《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》!」


 不意を突く形で、パイロンは自分のスキルを発動する。

 モルスと化したルカに向けてだった。


 直後、モルスの周囲に透明色の壁が出現する。奴は六角柱の中に隔離され封じ込められた。


「これが新しき闇九龍ガウロンのボス、白龍パイロンの能力か……なるほど、確かにこれは微粒子一つ抜け出せそうにない厄介な効果だ」


「セティ! 今のうちに『感染源』を――」


「もう遅い」


 パイロンが叫んだ瞬間、モルスの手元から『魔剣アンサラー』が消えた。


「なんだと!?」


「後ろだ、セティ」


 モルスの言葉で僕は振り向くと、後ろにいるアトゥムが可笑しな行動を取っていた。

 先程、モルスが行ったように腕を翳し掌から同様の魔法陣を浮き出していたのだ。


「父さん!?」


「な、なんだ……違う、セト……腕が……私の身体が勝手に……」


 アトゥム本人ですら自分が何をしているのか自覚がないのか?

 かなり動揺し恐慌をしている。


「そいつは俺の本体『感染源』だ。スキルを共有しているのは当然だろ? 脱出は不可能でも遠隔でスキル操作はできる――《異空間収納》ッ!」


 モルスは恩寵ギフト系スキルを発動した。


 アトゥムの魔法陣から『魔剣アンサラー』が出現し、彼は無意識の動作で魔剣を手にしてしまう。


「転移や瞬間移動とは異なる能力だ。亜空間同士を共有させ、収納した物体を自在に出し入れする能力。例え宇宙の果てだろうと『共有』さえできれば出し入れは可能だ」


 パイロンのスキルは対人型には無敵だが、設置型や異空間系には弱いってことなのか。

 恩寵ギフト系スキルは絶対的である一方で、必ず何かしらのデメリットと弱点が備わっている。

 モルスはそれを一目で理解し対処したようだ。


「父さん! そいつを、魔剣を手放すんだ!」


「……す、すまん、セト……身体が勝手に……い、意識が朦朧としてくる」


「――『魔剣アンサラー』を抜け、アトゥムよ。我との盟約に従い、その肉体を譲渡せよ」


「ぎやぁぁぁあぁぁおぉぉぉぉ――――うごぉ!!!」


 アトゥムは発狂に近い咆哮を発し、『魔剣アンサラー』を鞘から抜いた。

 刃が露出した瞬間、剣身はドス黒く漆黒色に染まり、同時に全身から負の魔力が一斉に放出される。

 アトゥムは白目を向き、まるで力を失ったように項垂れた状態で立ち竦む。


 一方で《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》の中に封じられた、シスター・ルカが同じように白目を向き、その場で倒れ込んだ。


「父さん!」


 僕が駆け寄ろうとすると、アトゥムは下を向いたまま魔剣を一閃する。


「ぐっ!」


 反射的に後方へ退き、なんとか回避することができた。


 アトゥムは全身に『負』魔力を纏わせたまま、ゆっくりと顔を上げる。

 その形相は、さっきまで「父」と呼んでいた優しくて穏やかだった表情ではない。


 他者を欺き嘲笑う、狂気かつ猟奇的な微笑。


 モルスの人格だ。


「――久しぶりの本体、俺が『感染源』モルスだ。初めましてかな、セティ?」


「……父さん。いや、アトゥムさんはどうした?」


「消えたよ。元々死んでいた男だ。俺が蘇生させた疑似人格とも言える。だからお前が気に病むことはないぞ」


「アトゥムさんが死んでいただと!?」


「そうだ。15年前にな……追われる身だったアトゥムは刺客達の襲撃により重症を負った状態で、俺が封じられている『魔窟』へと逃げてきた。その時には既に命の灯が消えかけていたがな――」


 モルスの話はこうだった。


 瀕死状態だった、アトゥムは導かれる形で魔窟の奥へと誘われ、『魔剣アンサラー』を見つけて封印を解いたそうだ。



「当時のアトゥムこいつは国に裏切られ最愛の妻を失ったことで憎悪に満ち溢れた男だった。その負の感情が俺と波長があったのだ。それで盟約を持ち掛け、こいつはまんまと乗っかったというわけだ」


「盟約だと?」


「ああ、そうだ――俺の憑代となり復讐を果たせと。しかしアトゥムは了承した直後に死んでしまったが関係ない。契約が成立すれば俺は死人だろうと肉体を乗っ取ることができる」


 そしてモルスは《生体機能増幅強化バイオブースト》で、傷ついたアトゥムの肉体を蘇生させ、追ってきた刺客達を返り討ちにしたと言う。


「ぼ、僕は……その人と親子じゃないのか?」


「安心しろ、セティ。お前達は立派な親子だよ。アトゥムは刺客達に深手を負わされた際、逃走に乗じて幼きお前を別の場所に身を隠させていた。肉体を乗っ取った後、俺がこいつの記憶を辿りお前を回収して、グランドライン大陸へ流れついたってわけだ。後はアトゥムから聞いた通りだよ」


「僕にはその頃の記憶がない……モルス、貴様がイジったのか?」


「その通りだ、セティ。最強となるべき暗殺者アサシンには不要な記憶だろ? 現にお前はアトゥムを父親だと知り、キルすることを躊躇している! 感情を取り戻したばかりになぁ! くだらん……なんてくだらん! お前には心底失望したよぉぉぉ、セティィィ!! ハハハハハ――ッ!!!」


 モルスは高笑いし、『魔剣アンサラー』を構える。

 全身から発せられる、『負』の魔力はさらに膨張し、大蛇のように塒を巻き上昇していく。

 今まで感じたことのない、悍ましいほどの重圧感とプレッシャーだ。


 これがモルスの完全体の姿……初めて目の当たりにする本気モードなのか……。


 僕は完全体となった、感染源モルスを前に驚愕し戦慄した。





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