第68話 感染源の秘密と解明




 神殿の別室にて、用意してくれた円卓の上に髑髏ケールを無造作に置いた。


 カリナ達が訪室し、これで関与する役者が全員揃う。


「みんな集まった。早速話してくれ、ケール」


『……はい。まず私達、ボスの「子供達」についてお話しましょう。私達「子供達」はボスにとって恩寵ギフトスキルを分け与えられた分身であり、従者であって使徒とする手駒……そして強い肉体を創る実験体でもあります。今の「感染源」が劣化した際、新たな本体として育てあげるための存在です』


「実験体ね……なるほど。それで僕に執着し、僕の肉体を欲していたというわけか?」


『その通りです。私達「四柱地獄フォース・ヘルズ」は恩寵ギフトスキルを四つに分け与えられた分身であり、この私が意志を宿す「死霊賢者レイスセージ」になれたのも、ボスのウイルスに感染による産物からです。パシャやセティ様の《生体機能増幅強化バイオブースト》も同様です』


「じゃあ、僕も『保菌者キャリア』だと言うのか?」


『ええまぁ、広く言えばそうなのですが……分類すれば、セティ様を含む私達は「ボスが乗っ取ることのできない保菌者キャリア」になるでしょう』


「どういうことだ?」


『ボスのウイルスには幾つかルールがあります。おそらく彼自身が《スキル能力》の集合体なのかもしれません……恩寵ギフトスキルは魔法より絶対的である反面、脆い欠点も存在します。ルールの中には「組織ハデスに属する暗殺者アサシンの身体には感染できない」と定められているようです』


 確かにな。

 今まで現れたモルスは、どれも一般庶民の姿ばかりだ。

 アルタは元勇者だが、モルスと何かしらの取引により半分だけ感染したと話していた。


 さらにケールの話によると僕達の身体に宿るウイルスはあくまで恩寵ギフト系スキルを与え、肉体と魔力を強化させるだけのタイプであり、他者に感染させる能力はないと言う。

 そこだけは。ほっとしているところだが……。


「ケール、感染できないルールとして『組織ハデスに属する暗殺者アサシン』と言ったな? 僕はどうなんだ? とっくの前に組織から抜けているぞ」


『セティ様がそう思っているだけで、ボスは受理していません。「子供達」である以上、貴方様はまだ組織ハデス暗殺者アサシンなのです』


 てことは、やはりモルスを斃さないと僕は完全に足を洗うことは永久にできないってのか……。


「『子供達』についてはわかった。本題に移りたい――モルスの『感染源』は今どこにいる?」


『はい。グランドライン大陸の聖地と呼ばれるクルセイム王国にある辺境の田舎町ベルレヘムで一般庶民として暮らしている筈です。名は「アトゥム」、本人は自身が本体であることは存じてないでしょう』


 思いの外、言葉を濁さずはっきりと答えてくる、ケール。

 おかげで次の目的地は決まった。


 クルセイム王国のベルヘルムか……ここからなら一週間もあれば余裕だ。


 そして『感染源』の名前は――アトゥム。


 既に顔は割れているので探し出すことは造作もない。

 本人も自分がモルスと認識していないのなら偽名を使っている可能性は低いし、顔を変えていることもないだろう。


 得意の暗殺で事が済む。


 問題は自分が「悪」と知らず一般人として暮らしている者をキルすることが……今の僕にできるかどうか。

 正直、迷うところでもある

 

「それにしても予想以上に詳しいな、ケール? そこまでモルスの秘密を知っていて、よく奴に始末されないものだ」


『はい、ボス……いえモルスとて、私がここまで知っていることは存じておりません。あのような飄々とした性格故、万一の裏切られないよう保険として極秘で調べておりました。それにモルスの力とて私を殺すことはできません。ご覧の通り不死なので……聖女であるフィアラ様の「神力」以外で天昇させることはできないでしょう』


 つまり最初から、こいつを捕縛して尋問すれば良かったというわけか。

 それこそ、フィアラ達が一緒に戦ってくれたから成し得た結果だろう。


「けど、ケール。見たところ『死霊賢者レイスセージ』として、随分と長生きしているよな? モルスがエウロス大陸の魔窟で封印を解かれたのは約15年前だと聞く……組織ハデスが設立し暗殺組織として頭角を現したのはその後だ……時系列的に辻褄が合わないように思えるぞ?」


『ええ、私はモルスが魔窟に封じられる前のもっとも古き最初の「子供」であり、試作型プロトタイプです。セティ様、貴方と同様の右腕ポジでした。ちょうど、500年前でしょうか? あの頃のモルスは「魔王」を名乗り本気で世界を支配しようとしておりました』


「魔王だと!?」


 モルスめ、奴はやっぱりそっち系だったのか!?


 さらにケールの話によると500年前、魔王として猛威を振るっていたモルスは、エウロス大陸の勇者によって『魔剣アンサラー』と共に魔窟とされる洞窟に封印されたらしい。

 勇者はモルスを斃すことは不可能だと知り、封印という形で勝利を収めたそうだ。


 それから時が流れ、後に『感染源』となるアトゥムという男が封印を解き、そいつがモルスの本体となってしまった。


「また魔王を名乗れば、再び魔王級の災害として討伐隊こと勇者パーティが結成されてしまう……一度、痛い思いをしたモルスはその事を恐れ、表舞台ではなく裏社会の首謀者ボスとして幅を利かせるよう目論み現在に至ったというわけか」


『その通りです、セティ様……私としては、貴方が次の主となって頂けば申し分ございません。この『死霊賢者レイスセージ』として培った知識を振るいましょう……なんでしたら、私を第七の嫁としてご自由に――』


「それは遠慮しておく。ただモルスを斃すまでの協力はしてもらう。無事に成し遂げたら封印せず、それなりの温情を与えてもいい……但しもう二度と悪さをするなよ!」


『振られたのは残念ですがわかりました……私は付き従う『主』で変わる性格なのでご安心ください』


 まるで付き合う男でキャラが変わるような言い方だ。

 調子がいい奴……いや髑髏だけど女性だった。


 ちなみに第六の嫁はヒナのことだと勝手に勘違いしているようだ。


 しかし、あれからネガティブな言動が聞かれないところを見ると、僕を『主』として認識し始めたからだろうか?

 けど胡散臭いから、しばらくマニーサとフィアラに監視させた方がいいな。


 僕は不審な眼差しで見つめていると、ケールは下顎をカタカタ震わせ『いやはや……』と呟く。


『では新たな主ことセティ様への忠誠の証として早速、最新情報を教えましょう』


「最新情報だと?」


『ええ、現在のボス、いえモルスが誰に感染し乗っ取っているかです。神聖国グラーテカにゆかりのある皆様ならご存じの方でしょう』


 神聖国グラーテカ?

 そういや、以前マニーサから「ある人物の様子が可笑しい」と言っていたな。

 まるで別人になったという……。


「――ロカッタ国王か?」


『その通りです、セティ様』


 やはりな。

 だとしたらグラーテカが危ない。


 いや確か、ロカッタ国王の手腕で寧ろ繁栄しつつあると聞いた。

 きっとモルスのことだ。

 周囲を欺くため、あるいは信頼を勝ち取るため、あえて有能ぶりをアピールしているのだろう。

 本当の真意、目的は他にあるに違いない。


 僕はチラっとマニーサに視線を向ける。

 彼女は同じ祖国であるフィアラと「……どうしよう」と相談していた。

 不安を取り除くためにも、本来なら僕達は神聖国グラーテカに進路を向けるべきだがここからじゃ遠すぎる。


 ならば『感染源』がいる、クルセイム王国のベルヘルム村に向かった方が断然早いだろう。

 本体を絶てば二度と保菌者キャリアは造れない。

 後は感染路で『魔剣アンサラー』を破壊すれば全てが終わる。


 モルスは複数存在させると、それだけ力が分散されと言う。

 そこも奴の弱点だ。


「わかった――僕達はこのままクルセイム王国へ向かう! マニーサはマギウス氏お父さんに今のことを伝えてくれ! もし不穏な動きを見せるようなら《凍結魔法》でロカッタ国王の身体ごと凍結させてほしい! それが唯一、二次感染を防ぐ手段であることと、またロカッタ国王が生きていることで、モルスの力が分散され『感染源』の力も低下するからね!」


「なるほど……そうすれば斃すのも楽になるってことね! わかったわ、セティ君!」


 聡明なマニーサは僕の意図に理解を示してくれる。

 不安の表情を浮かべていた他のみんなも、希望に満ちた表情となり力強く頷いてくれた。


 後は僕の覚悟次第か……一般人として生きている『感染源』を始末できるかどうか。


 しかし、そう悩んでいる時間はあまりないようだ。



 話を終え、僕達はすぐに新たな目的地へ旅立つことにした。


「――セティ様、それに皆様も、『神殿』と森を守ってくださりありがとうございます」


 リーエルさんと大勢のエルフ族達が見送ってくれている。


「いえ……こちらこそ。僕が原因を招いている部分もありますので……申し訳ございません」


「謝らないでください。それに私の《先見》では、貴方の努力は何かしらの形で報われることでしょう。頑張ってください……孫娘のことよろしくお願いいたします」


「わかりました。責任を持ってお預かりします」


「バイバイ~、お婆ちゃん!」


 こうして僕達は最終目的地へと旅立った。





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