第65話 ヒナの覚悟と戦い




 『四柱地獄フォース・ヘルズ』の襲撃により、森は焼かれ半壊された。

エルフ兵達も傷つき、中には命を落とした者達もいる。


 だがセティ達の活躍により暴虐者達の侵攻を阻止し、多くのエルフ兵が救われたのも事実であった。



「負傷者がいる! 道を開けてくれ!」


 古代エルフの遺跡と呼ばれる『神殿』にて、傷ついたエルフ兵が次々と運ばれて来る。

 神官フィアラの治癒魔法にて応急処置は施されているも、自分達では動けない者もおり簡易で作られた担架で運ばれているエルフ兵もいた。


「セティ様達のおかげで、森と多くの兵士達が救われました。後は私達で行いましょう! 皆の者、まずは傷ついた兵士達の回復に全力を注ぐのです!」


 先代の精霊女王であり『神殿』の責任者である、リーエルは声を張り上げ指示を出した。

 彼女の侍女であり回復魔法に長けたエルフ達は頷き、負傷して運ばれて来たエルフ兵の回復に勤しみ始める。


「……セティお兄ちゃん」


 留守番を言い渡されていた、ヒナは柱の隅でその光景を眺めていた。

 つぶらな瞳を潤ませ不安そうな表情を浮かべながら。


 本当なら自分も兄と慕う大好きなセティと共に戦いたい。

 だが賢いヒナは自分では足手まといになるだけなのも理解している。

 毎日、拳銃ハンドガンの訓練を受け上達はしているものの、まだ「おネェちゃん」と呼ぶ美少女達のように戦える域ではない。

 さらには、いつも傍にいるシャバゾウもいない分、寂しさと不安を増すばかりであった。


(早く……早く大きくなりたい。ヒナもセティお兄ちゃんと一緒に戦えるように強くなりたい)


 ぎゅっと力を込めて、小さな手に握られる拳銃ハンドガンを見つめる。



「――気をつけろっすぅ! その中に偽物・ ・がいるっすよぉぉぉ!」


 不意に少年の声が発せられる。

 周囲がざわつく中、ヒナだけは聞き覚えのある口調から誰なのかすぐわかった。


 小人妖精リトルフ族のポンプルだ。

 彼は途中までセティ達と行動を共にし、燃え盛る森の消火活動や救援活動を手伝っていた。

 セティより「危なくなったら単独で逃げていい」と言われていたこともあり、独自の判断で負傷し搬送されたエルフ兵に紛れて戻って来たようだ。


 身を潜めていたポンプルは姿を見せ、大きく手を振りながら自分の存在をアピールしている。


「オイラ見たっす! 負傷した兵士に混じって組織の暗殺者アサシンが紛れ込んでいるっすよぉ!」


「なんですって!?」


 リーエルは声を張り上げ驚く。

 双眸の瞳孔が見開き、《先見》スキルを発動させた。


 ――ポンプルは嘘をついていない。


 どうやらポンプルは孫娘のミーリエル達と救援活動中に、偶然その暗殺者アサシンが負傷したエルフ兵に扮している現場を目撃し、仲間達と離脱する形で独自に跡を追ってきたようだ。


 しかし疑念も残った。


「……ポンプルさんでしたね。貴方は真実を述べていること理解しました……ですが私の《先見》の瞳では、負傷者の中にそのような者がいる映像ビジョンが見えないのですが?」


「それが奴の恩寵ギフトスキルっす! 奴の名はグローヴ! 組織ハデスの幹部で変装の達人っす! あのセティ様に変装術を伝授したとされる暗殺者アサシンっすよぉ!」


 ポンプルの話では、まだ組織ハデスに在籍していたセティが偽物勇者アルタを演じる際、変装術を指導した幹部クラスで有名な暗殺者アサシンであるとか。

 そのグローヴも恩寵ギフト系スキルを所有しており、魔法やスキルの鑑定でも見破ることは容易ではないらしい。


 ちなみにセティは変装術こそ完璧だったが、当時アルタの婚約者であった勇者パーティの美少女達と接していくうちに精神が不安定となり、セティ自身が気づかない所でボロが出てしまっていた背景がある。



 ポンプルの説明を聞き、リーエルと治療を施そうとしている侍女達は立ち止まり戸惑う。

 負傷者の中に偽物の暗殺者アサシンがいる以上、迂闊に接触することができないからだ。


 しかしながら事は急を要する事情もある。

 フィアラがある程度の回復を施してくれたとはいえ、あくまで簡易的な応急処置だ。

 高レベルの神官とはいえ、これだけの数を彼女一人で全回復させるのは至難であった。


 どちらにせよ、このまま放置するわけにはいかない。


「ポンプルさん、貴方が思う限りそのグローヴという暗殺者アサシンの目的はなんだと思いますか? この中に暗殺しようとする者がいるのでしょうか?」


「詳しくはわからないっす。ただオイラが思うには目的はリーエル様、あんさんとヒナちゃんの可能性が高いと考えているっす!」


「私とヒナさん? 根拠は?」


「リーエル様が持つ《先見》スキルは組織にとっては厄介っす! きっとボスの都合の悪い内容も見通せるかもしれないからっす! そしてヒナちゃんはセティ様にとって恰好の人質になり得るからっすよぉ!」


 ポンプルの考察には筋が通っている。

 きっとそうなのだろうと、リーエルは思った。

 

 リーエルは頷き、片腕を翳して周囲の注目を集める。


「――では、これより負傷者達全員に《眠り魔法スリープ》を施します! 強制的に眠らせれば私を襲うことは不可能であり、負傷していない偽物もわかるでしょう!」


 その妙案に侍女と兵士らより「おお、流石はリーエル様です!」と感嘆の声が聞かれた。


「流石は元妖精女王様っす! 年の功ってやつっすね!?」


 ポンプルの調子に乗った誉め言葉に、リーエルは微笑みながら無言の圧を浴びせる。

 数百年は生きているであろうエルフ族とて女性。繊細な部分は触れてはいけない。

 そのことに気づいた30歳アラサーのポンプルは「……すまないっす」と謝罪した。


 瞬間。


「――余計なことするんじゃねぇぇぇぇ!!!」


 担架の上で寝そべっていたエルフ兵は飛び起きて駆け出した。

 その手には包帯に紛れ、短剣ダガーが握られている。


 こいつが暗殺者アサシン、グローヴだ。


 グローヴは鍛え抜かれた速さで、リーエルに向かって疾走する。


「リーエル様をお守りしろ!」


 直属の護衛兵の二人がリーエルの前に立ち塞がり、腰元の刺突剣レイピアを引き抜く。


「生憎だか俺の狙いはそっちじゃない!」


 グローヴは驚異的な跳躍力で、リーエル達の頭上を飛び越えた。

 後方に着地すると、さらに加速して神殿の柱の方へと突進する。


 ――ヒナが立つ場所だ。


「うっぐ!」


 反射的にヒナは手に持っていた拳銃ハンドガンを構え銃口を向ける。

 だが標準がブレて狙いが定まらない。


 ヒナは自身が怯え震えているからだと理解した。

 無理もない。

 まだ9歳である彼女は人を撃ったことがない。

 いくらセティから技術を施されても、まだ戦う覚悟までには至ってなかった。


(セティお兄ちゃん!)


 ヒナは兄として慕う大好きな青年を想う。

 同時に今でも実の父親だと思っている、亡きイオの姿も浮かんだ。


 ――戦わなければいけない。引き金を引かなければ殺されてしまう。


 頭では理解しても身体が、指先が……恐怖のあまりいうことを利かない。

 

「させねぇっすよぉぉぉ!」


 同時にポンプルも駆け出していた。

 低レベルの暗殺者アサシンとはいえ身軽かつ、すばしっこさに定評のある小人妖精リトルフ族。

 

 あっという間にグローヴを射程内に捉え、武器である革鞭ウィップを振るい撓らせた。


「裏切り者の雑魚がぁ! 死ぬぇぇぇい!」


 グローヴはあっさりと回避し振り返る。

 胸元に潜ませていた小剣ナイフを抜き、ポンプルに目掛けて投げつけた。


「ぐふっ!」


 小剣ナイフは右胸に突き刺さり、ポンプルは仰向けで倒れてしまう。


「ポンプルのおじちゃん!?」


 刹那、ヒナの恐怖心が消失する。

 気づけばロスタイムが生じ、今の敵は隙だらけだ。


 ヒナの中で、ここしかないと思った。


 そして、



 ドォン!



 狙い定め、今度は迷わず引き金トリガーを絞った。


「うぐがぁ! な、なんだと……!?」


 グローヴは振り向きざまに胸の中心部を撃たれて吐血する。

 膝から崩れ落ちて地面に倒れ伏せた。

 指先が痙攣しているところから、辛うじてだが生きているようだ。


 エルフの護衛兵が駆けつけ、グローヴを拘束しながら死なない程度に回復魔法を施している。

 決して情けではなく、幼い少女ヒナに「人殺し」の業を背負うにはまだ早すぎるという、リーエルの配慮であった。


 その光景をヒナはしばらく間茫然と見入っていたが、ハッと現実に戻りある場所へと駆け出した。


「ポンプルのおじちゃん、大丈夫!?」


 ヒナを守るため損傷を受けてしまった、ポンプルの下に。


 ポンプルは倒れたまま右胸に小剣ナイフが刺さっているにもかかわらず、むくりと起き上がった。


「……ヒナちゃん、おじちゃんはやめてくれっす。オイラは《悪運》というスキル持ちらしいので、見ての通り大丈夫っす」


「でも、胸にナイフが刺さったままだよ?」


「……それでもオイラの身体には届いてないっす。その代わり――」


 ポンプルは立ち上がり上着を捲って見せてくる。


 丁度、小剣ナイフが突き刺さった右胸部に歪な形をした『塊』があった。

 以前は心臓のように脈打っていたが、小剣ナイフによって損傷し停止した状態である。


「パシャ姐さんから預かった『心臓』……これで姐さんはガチで死んじまったっす」




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