第60話 死神VS四柱地獄




 燃え盛る炎の中で、ついに『四柱地獄フォース・ヘルズ』と対峙した。


 僕が放つ殺意に連中は足を止め立ち竦む。

 蛇に睨まれた蛙のように、しばらく身動きができない様子だ。


「……こいつが『死神セティ』かい? 話以上の威圧感プレッシャーだねぇ。ボスが言った通り一人じゃ無理かもねぇ」


 小人妖精リトルフ族の女が顔を強張らせ呟く。

 見た目の割には冷静な判断と確かな目を持っている。


「……言っとくが、そこの魔法を使う細い奴以外は全員殺すからな。賞金に目が眩み、のこのこ現れたことを後悔しろ!」


 僕が腰元から二刀の短剣ダガーを抜き逆手で握り構える。


 すると漆黒のマントを羽織った者一人が、単身でこちらに向かって歩き始めた。

 長身であるが姿を隠している三人の中で最も普通っぽい体形をした奴だ。

 歩き方から男だということがわかる。


「『死神セティ』……なるほど。ずっと会いたかったぞ」


 男は言いながら漆黒のマントを脱ぐ。

 端整な顔立ちで銀色の長髪をオールバックにして後ろに束ねた若い男。っと言っても僕より随分と年上に見える。

 その出で立ちは平凡な衣類の出で立ち、特に目立った装備がされていない。

 だが右手には柄の無い奇妙な形をした『刀剣』が握られており、峰を下にして右肩に担がれていた。


 男は好戦的な殺戮オーラを醸し出しながら躊躇することなく、正面から接近してくる。


「斬月ッ! 勝手は許さないよ! アタイら四人で殺るって言ったろ!?」


「黙れ、パシャ。最初から貴様らとつるむ気などない。俺は『死神セティ』と一対一で勝負する。最強の称号を手にするために……そのためなら、俺の取り分の100億Gなどいらん。貴様らにくれてやる」


 斬月ザンゲツと呼ばれた男は振り返ることなく、きっぱりと言い切った。


「取り分が100億G? ちょっと待て……ってことは一人100億Gだとして、今僕の首に400億Gの賞金が懸けられているのか?」


「それが、どうした『死神』?」


「い、いや……別に」


 大丈夫か組織ハデスは!?


 アルタの件で失敗したからって超破格にも程度があるぞ!

 モルスの奴、一体何を考えているんだ?


 きっと険悪な『四柱地獄フォース・ヘルズ』を集結させるのに金で釣ったんだろう。

 まんまと釣られるこいつらもヤバイけどな。

 それだけ、僕を始末するのに真剣だってことだろうけど。

 

「おい、斬月ッ! テメェだけ抜け駆けは許さねぇぞ!! 『死神セティ』はこの俺様がぶっ殺すぅぅぅぅぅ!!!」


 巨漢の男は絶叫しながら、こちらへと突撃していく。

 その勢いはまさに荒々しい闘牛の如く。何故か仲間である斬月ごと巻き添えにして、僕を始末しようとする勢いがあった。


「チィッ、ドレイクめ!」


 斬月は舌打ちし、素早く身を躱す。

 

 ドレイクと呼ばれた巨漢の男は失速することなく、僕の方へと突進してきた。


「まずお前から死にたいらしいな? いいだろう――《生体機能増幅強化バイオブースト》発動ッ、リミッター解除!」


 オレ・ ・は本気モードと化し応戦する。

 全身から赤く輝きを発する古代魔法の呪文語の刺青タトゥーが浮き出され、双眸が赤く染まっていく。


 迫ってくるドレイクの突撃を難なく躱し、瞬殺のカウンターで全身を斬り刻んだ。


 その筈だが、



 ギィン――!



(なんだ、この感触ッ!?)


 オレは短剣ダガー越しで両手から伝わった違和感を抱きながら身を翻した。

 斬り刻みズタボロとなった漆黒のマントから、ドレイクの姿が露わとなり顕現する。


 全身に強靭な鱗が生えた隆々とした肉体を持ち、頭部の左右には大きな角が生えていた。長い首から腰に掛けて鋭利な棘が幾つも生えており、双眸には黄金色で縦割れの瞳孔が宿されている。

 おまけに臀部の仙骨から隆々とうねる鞭のような尻尾。


 ドレイクという男は人間ではなかった。


 ぱっと見は蜥蜴男リザードマンだと思われるが、より凶悪な強面に剥き出 されている牙は明らかに異なり、まるで『竜』を彷彿させている。


 その正体は――ドラクノイドと呼ばれる竜人族。

 太古の昔、絶滅したとされる神の眷属とされる末裔であり最後の生き残りであった。


「クソがぁ! つい身体を見せちまった! まぁいい……んなことよりも相当動きが早えーな、『死神』がぁ、ああ!?」


 ドレイクはボロボロとなった漆黒マントを剥ぎ取り叫んでいる。

 最初から牙を剥き出しで怒ったような強面なので、最初からそういう気性のある種族なのかもしれない。


「……通常のドラゴンより硬い。おそらく以前斃した黒竜、魔王ガルヴォロン以上の強度だ。それがドレイクの恩寵系ギフト系スキルなのか?」


 きっと如何なる攻撃を通さない防御力に特化した鱗を持つ能力なのだろう。


 案の定、ドレイクの口元が裂けるくらいに吊り上がる。

 竜顔なので表情は読みにくいが、不敵に微笑んでいるつもりなのか。

 

「ククク、その通りだぜぇ『死神セティ』ッ! 俺様のスキル、《絶対無敵強度鱗アブソルティ・ストレング》だぜぇ! 最強の防御力こそ最大の攻撃力ッ! どんなに素早く動き時間を支配しようと、テメェの刃が俺様を斬ることは絶対にあり得ねぇぇぇ! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ドレイクは勝ち誇り、再びオレを目掛け突進してくる。

 背中に隠し持っていた大剣を抜き、大振りで斬り掛かってきた。


 確かに防御力は圧倒的だが、攻撃のスピードは大したほどではない。

 特に今のオレにとってはスローモーションだ。


 繰り出される攻撃を難なく躱し、オレは距離を置いて作戦を練ろうとした。


 その時だ。


「ドレイクがしゃしゃり出おって! 『死神セティ』は俺が討ち取る!」


 背後から斬月が刃剣を振り翳し襲ってきた。

 ドレイクより早く精密な斬撃の一閃である。


「いい太刀筋だ! だが遅いッ!」


 オレは身体を捻りながら、ギリギリの角度で斬撃を回避する。

 無駄な動きを一切見せず滑り込む形で、斬月の背後を取った。


「流石は『死神』、この程度の不意打ちでは当たらぬと思ったぞ! だがもらった!」


 斬月が言った瞬間――ザッ!


 オレの左脇腹に刃が突き刺さった。


「ぐっ!? これは……」


 素早く交代し、貫通に至らずなんとか逃げ切る。

 敵に悟られないよう脇腹の損傷を確認した。

 傷は深く出血はしているものの、以前のような呪術は施されてない。これなら《生体機能増幅強化バイオブースト》で塞ぎ止血することは可能だ。


 しかし今……斬月の背中から『刃』が生えて、オレを突き刺したぞ。

 それに奴め、いつの間にか二本の『刀剣』を両手で握っている。

 武器が増えている?


「なんなんだ貴様は? 人間じゃないのか?」


「いや人間だ。これが俺の恩寵ギフト系スキル《無限刀流》――能力は全身の至る箇所から自在に刀が無尽蔵に生えることが可能」


 刀が生えるスキル!?

 斬月が持つ刀剣は、奴自身の身体から生えた武器だっていうのか!?


「さらにこういう技もある!」


 斬月はオレに目掛け肘を翳すと、その先端部から『刃』が出現して射出してきた。

 しかも矢のように何本も連射して撃ってくる質の悪さ。


「チイッ!」


 オレは舌打ちしながら回避するも、完璧に避けきれず頬や大腿に刃が掠ってしまう。


(な、なんだ……全身の動きが鈍く感じる? それに距離感も掴めないだと?)


 いきなりの不調と違和感。

 違う不調ではない……オレの周りだけ空間が歪まれている。


「まさか!?」


 オレは後方にいる、パシャという小人妖精リトルフの女を凝視する。


 パシャはニヤッとあざとい表情で微笑を浮かべる。


「そうさ、死神ッ! アタイの《歪空間領域ディストーション》スキルで、アンタの周囲空間の制空権を奪い歪ませ、速度と進行方向を遅くしたのさぁ! これで十八番オハコの『超神速化』もできないさぁねぇ!」


 なんだって?

 パシャは自分の周囲だけじゃなく、遠隔でも空間を歪ませ具現化することができるのか!?

 それが、モルスからもらった恩寵ギフト系スキル。


『さらにこの私、「魔賢者ケール」が誇る支援魔法で、斬月とドレイクのバカ二人を《超究極増強強化ハイパーブースト》いたしましょう! パワーだけじゃなくスピードも段違いですよぉ! これで組織ハデスから伝説だのもてはやされ、ボスから優遇されていた憎き『死神』も終わりですねぇ、ヒェェェェェェイ!!!』


 自らケールと名乗り唯一姿を晒していないマント姿のやせ細った女は発狂しながら、支援魔法を放った。

 施された効果により、斬月とドレイクの身体能力は大幅に強化される。


「ケールめ、余計な真似を……やむを得ん。その首貰うぞ!」


「俺様は『死神』さえ殺せればそれでいい! 死ねぇ、セティィィィ!」


 先程とは圧倒するスピードとパワーを持って、斬月とドレイクの二人が襲撃してくる。

 逆にオレの空間は歪められ、距離間が掴めず動きが鈍い最悪な状況だ。


 ふとアツミ村の温泉でのモルスとの会話を思い出した。


 ――四人が集まれば、ってこともある。


 確かに一人ずつだと大した敵ではないが、四人同時だとかなり厄介な相手だ。

 モルスの能力を四等分にした『子供達』か……。


 クソッ、どうする!?





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