第58話 古代エルフの森




 少しだけ時間を遡り。


「……セティ。偵察隊の一人が行方不明と報告を受けたヨ」


 村を出た辺りで、パイロンが知らせてくる。

 彼女の指示で闇九龍ガウロンの偵察隊は『四柱地獄フォース・ヘルズ』の動向を調べてくれていた。


「行方不明? 連中に存在がバレて始末されたってのか?」


「多分そうネ……情報だとグラーテカの紋章が入った、如何にも怪しい黒マント姿の四人を尾行していた際に消息が絶たれたらしいヨ」


 なんでも神聖国グラーテカから大分離れた国で、その四人を見かけたようだ。

 僕達が通った国や村の経路をそいつらも移動しているらしいとか。


 多分ポンプルのように旅人や商人から僕達の行先を聞き出して、追跡しているのかもしれない。

 下手くそな追跡に変わりないが……。


「奴ら『四柱地獄フォース・ヘルズ』も僕と同様、モルスの『子供達』として戦闘に特化した暗殺者アサシン……本来、隠密行動は得意じゃないようだ。けど最高位である以上、索敵能力はカンストしていると思ったほうがいい」


「少しナメてたネ……まだ大事になってないところを見ると、『千の身体を持つ者サウザンド』にはバレてないのが幸いヨ」


「ああ、連中は身勝手な奴らばかりだからね。元々組織ハデスに忠誠を誓っているわけじゃない。各々の目的と利益のため、モルスの言う事を聞くようにしているだけにすぎない……そこも盲点ってところだろう」


 つまりハデスとの連携がまるで取れていない。

 『四柱地獄フォース・ヘルズ』が独自で動いている証拠だ。

 

 だがこのままだと、いずれ奴らとかち合うことになるだろう。

 

 その時は迎え撃つまでだ。





 時は戻り現在。


 僕達は世界の中心と伝えられる、ユグドラシル国境の森林地帯に辿り着いた。


 そこは漆黒の樹海と言うべきか。

 日差しを隠すほど辺りは木々で覆われている。

 だが道はしっかりと作られており、大きな荷馬車でも余裕があるほどの広さだ。


 奥へと進めば進むほど、空間の風景がぼやけているような気がする。

 まるで巨大な怪物に吞み込まれていくような異様な感覚に襲われた。


「外部からの侵入者除けに強力な結界門が施されているんだよ。エルフ族のあたしが一緒なら大丈夫だからねぇ」


 ミーリエルはそう告げるとエルフ語で何かを唱え始める。


 すると前方の暗闇から一筋の光が照らされていた。

 どうやらあそこを目指して進めば迷うことはないようだ。


 先に向かうほど光が大きくなり、やがて眩い輝きが僕達の視界を覆う。


 目が慣れてきたと同時に、陽光に照らされた巨大樹を中心に建物が幾つも見られている。

 

「……ここが古代エルフの遺跡? 普通の村に見えるけど?」


「奥の方に神殿があって、そこが遺跡と呼ばれているんだよ」


 ミーリエルの説明を受け、僕は手綱を操作しながら荷馬車を動かし先に進ませた。


 彼女の言うように、巨大樹の裏側には木々に囲まれた神殿がある。

 太古から存在すると伝えられているだけあり、古びているが神秘的な雰囲気を醸し出している建築物だ。

 なんでもこの森を管理する役割を持っているらしい。


 どうやらあの神殿に、ミーリエルのお婆さんこと先代の精霊女王が住んでいるのか?

 すると入口から誰かが出てくる。


 鮮やかな翡翠色の長髪を靡かせる美しいエルフ族の女性。

 顔立ちがミーリエルによく似ている。


「リーエルお婆ちゃん!」


 ミーリエルが荷馬車から飛び降り、女性の下へと駆け寄っていく。

 この女性が先代の精霊女王様のようだ。

 エルフ族は超長寿と呼ばれるだけあり、お婆ちゃんと言う割には全然それっぽくない。ミーリエルのお姉さんと言ってもよいかもしれない。


 そのリーエルと呼ばれた女性は孫のミーリエルを抱きしめつつ、荷馬車から降りた僕達をじっと見つめていた。


「貴方がセティさんですね? お噂は現精霊王から聞いております。強い子種をお持ちだとか?」


「は、はぁ、そうです……」


 まさか出会った早々で子種の話をされるとは思わなかった。

 つい戸惑ってしまい曖昧な返答をしてしまう。


 エルフ族は種族繁栄というより森林の管理と保全を重んじる種族らしい。

 したがって能力が高ければ、純潔ハイエルフでなくても王族になれるだとか。

 当初ミーリエルも、強い子種を得るため神聖国グラーテカの勇者パーティに入った経緯がある。


「そちらの方々は勇者パーティですね。孫娘が大変お世話になっています……おや?」


 リーエルさんは孫娘から離れると、ヒナの後ろで身を隠すシャバゾウをじぃっと見入った。


「この幼竜がどうかなさいましたか?」


「いえ、レインボウ・ドラゴン(虹竜)とは珍しい……当の昔に絶滅したと思っていたのですが」


 レインボウ・ドラゴン……聞いたことがない。

 このシャバゾウが? そういやぱっと見は白竜だが尻尾だけは七色だったな。

 

「どんなドラゴンなのですか?」


 興味が湧いたので一応聞いてみる。


「神の眷属とされる『神竜』の末裔です。破壊と生誕を司ると伝えられています。私も間近で見るのが初めてですが……」


 神竜だと? この臆病竜が……嘘だろ?


「へ~え、シャバゾウって神様だったんだねぇ」


 僕らは信じられない眼差しで見入っている中、唯一ヒナだけは平然と事実を受け止めてシャバゾウの頭を撫でている。

 まぁ無害だし役に立つし、一応は家族のような幼竜だ。

 そうなんだと受けとめておくだけにしよう。


「立ち話もなんですので皆様、どうぞ中にお入りください」


 リーエルさんの案内で、僕達は神殿の中へと招かれた。

 

 古びた外観と異なり、室内は清潔感溢れる今どき風の作りである。

 廊下には観葉植物が置かれ、自然をこよなく愛するエルフ族らしい。


 そのまま客間のような場所に案内され、僕達全員は設置された大きな円卓を囲む形で椅子に腰を降ろした。


 ミーリエルの口から経緯と事情の説明がなされる。


 束の間。


 リーエルさんは頷いた。


「……なるほど。私の《先見》スキルで、そこの貴方が持つ水晶球に映る男の現在の姿を見通してほしいと?」


「はい、その通りネ」


 パイロンは頷き、袖口から例の水晶球を取り出し円卓の上に置いた。

 水晶球にはモルスの本体とされる『感染源』の姿が映し出されている。


「お婆ちゃん、できる?」


「ええ、ミーリエル。しかし姿を見るだけなら可能ですが、名前や居場所まではわかりかねます……本来は人物が進むべき道を見定める能力なので……未来予知とは異なる能力です」


「それも構いません。何かヒントがあれば、後は自分達でなんとかします」


 僕からも是非にと頭を下げてみせる。


「わかりました、では――」


 リーエルさんは水晶球に手を翳しスキルを発動する。

 脳裏で浮かび上がったイメージ像をマニーサが彼女に手を触れ、魔法で抜き出して別に用意した水晶球に記憶させた。


 モルスの本体『感染源』の男は20年程前の若々しかった騎士から、40代で白髪交じりの初老っぽい顔で映し出されている。


「――終わりました。あくまで過去の映像からなので、今も騎士であるとは限りません。一般人として生きている可能性もあるでしょう」


 リーエルさんの言う通りだな。

 どのような形で生きているのか、あるいはモルスによって保管されているのかわからない。

 この姿はあくまで目安と捉えた方が良いかもな。


「ありがとうございます、リーエルさん」


「いいえ、セティさん。可愛い孫娘の婿となる方の頼み……強い子種を期待していますよ、フフフ」


 なんだろう……リーエルさん。

 次第にパイロンと重なって見えてきたぞ。


 そのパイロンはというと、


「後はどうやって、この男を捜索するかネ。闇九龍ガウロンの部下は使えないヨ~」


 彼女の部下である偵察部隊の一人は、『四柱地獄フォース・ヘルズ』と接触してキルされた可能性が高いからな。

 不可侵条約の件もあり、これ以上は闇九龍ガウロンの動きを知られるわけにはいかない。

 今の状況で抗争になれば、大義名分はハデス側にあるからだ。

 パイロンは闇九龍ガウロンのボスとしてそこを懸念しているのだろう。


「ならばパイよ、いっそ各地の冒険者ギルドに人探しのクエストとして触れ回ってみてはどうだ? 時間は掛かるが闇雲に探すより、よほど良いと思うぞ」


 冒険者ギルドに顔が利く、姫騎士のカリナが提案してくれる。

 確かにその方が無難そうだな。


 それともう一つ可能性があるとすれば……。


「――『四柱地獄フォース・ヘルズ』。奴らなら何かしらの情報があるかもしれない。確か一人、魔法に長けた奴がボス……いやモルスに近い存在だと、以前モルス本人から聞いたことがある。ちょうど追ってきている様子だから、直接尋問するものありかもしれない」


 そいつの名前まではわからないけどな。

 なんでも博識の癖にいつも恨み節を呟き発狂しているらしい。


 その時だ。


 不意に武装したエルフ族の男が部屋へと入ってくる。

 彼はミーリエルさん直属の護衛兵だとか。

 にしても随分と慌てた雰囲気だ。


「――リーエル様、失礼します! 大変です! 近辺の森が謎の四人組によって襲撃を受けております! 征伐に向かった兵士達が一瞬で全滅された模様です!」


 なんだって……まさか『四柱地獄フォース・ヘルズ』か!?





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