第54話 新しい絆と追跡者

 


 僕達はグランドライン大陸の南東に位置する辺境地ユグドラシルへ向かっている。

 そこの森林地帯にある「古代エルフの遺跡」に向かうためだ。


「……やっぱり遠いな。次の国で営業しなきゃいけないね」


 荷馬車の手綱を引きながら呟いた。


 まだ路銀には余裕あるが、肝心の食材がまるで足りてない。

 てか、もう食べる物はなかった。

 こんな事態に至った背景には結構な人数での移動もある。


 けどそれだけじゃなかったわけで――。


「セティ。アタシ、お腹空いたネ。なんか食べさせるがヨロシ」


 そう。

 新たに仲間となった、パイロンにある。

 

 このは小柄な癖にやたらと大食いだ。

 成人男性の5倍以上は食べるんじゃないだろうか?


 流石は闇九龍ガウロンのボス、大した胃袋だ

 いや、褒めるところじゃないんだけど……。


「パイ、もう食材がないんだ。次の国か村に立ち寄ったらなんとかするからね」


「うん、わかったァ。だったら甘えさせるネ。それなら空腹でも心が満たせるヨ」


「……今、移動中だからね。それも次の国に行ってからかな」


 パイロンは操縦席の隣に座りながら恥ずかしいことを要求してくるので、僕はさらりと流す形で躱してみる。


 しかし、すっかり懐かれてしまった。

 ポジティブな性格もあってか、他の女子達と揉めることはないけど積極さで言えば一番かもしれない。

 余程、カリナ達の方が初心な乙女だということが最近わかってきた。

 別大陸から来訪したこともあり文化の違いからだろうか?


「――セティ君、ちょっといい?」


 荷台からマニーサがひょっこり顔を出してきた。

 何気に僕の耳元に囁く形で、吐息がなんだかこそばゆい。


「どうしたの、マニーサ?」


「朝、お父さんから魔法で伝言メッセージが届いたの……祖国の様子が何か可笑しいみたい」


「神聖国グラーテカが? また何か騒ぎになっているのかい?」


「いえ寧ろ逆よ。公共施設を増やし貧民層を豊かにすることで労働力を増やし、国内全体が栄えつつあるらしいわ。その分税金増えたみたいだけど生活に困らない範囲だし、何に使う税か詳細な説明もあって国民の大半は納得しているみたい。今度、新たな孤児院施設が増えるみたいよ」


「……良いことばかりじゃないか? 流石はイライザ王妃……引退前に大輪を咲かせてくれたんだろうね」


 僕は笑みを浮かべると、マニーサは首を横に振った。


「違うわ――全てロカッタ国王の提案よ」


「ロカッタ国王? 彼が……妙だな。確かに人柄も良く善人だと思うけど、良主と聞かれれば『なんか微妙』って答えてしまう……失礼だけどそんな印象かな」


「そうね……しかも身形もかなり変わったらしいわ。凄くスマートになって、すっかり見違えたとか。お父さんは『まるで別人になった』と言っているわ」


「……別人か」


 ふとボス、モルスの存在が浮かび上がる。

 けど今の情報だけじゃなんとも言えない。


「マニーサ、他には? 誰か困っているとか、行方不明とか?」


「事件性はないわ……強いて言えば、親衛隊として黒いマントを羽織った四人の騎士が、ロカッタ国王の部屋に出入りしていたってことかしら?」


「……四人の騎士ね。まぁ違和感ばかりだけど、目立ったトラブルもなく寧ろ発展しているなら、僕としては様子見かな。マニーサのお父さん、大賢者と謳われるマギウスさんはどんな見解なんだい?」


「大体はセティ君と同じよ。しばらく様子見るって……ただ、ロカッタ国王があれだけ変わったのに自分以外の重鎮や兵士達が柔軟に受け入れている点に奇妙さを感じているみたい……」


「マギウスさんは宮廷魔術師として任に就いて、まだ三ヶ月目だからね。城内の人達と比較したら、最もロカッタ国王と離れた立ち位置だった人か……まさか魅了系の魔法で?」


「魔法であればお父さんなら見破れるわ。私が思うに恩寵ギフト系スキルかもしれない……」


「――あるいはウイルスかもネ」


 黙って聞いていたパイロンが口を開いた。


「ウイルス? モルスの仕業だっていうのか?」


「わかんないヨ。ただ『魔剣アンサラー』を通して感染させ、何体も『保菌者キャリア』を造りだすことは可能ネ。『保菌者キャリア』となった者は自分達がそうなったとは気づかない点が非常に厄介などころネ。きっと本人達は自覚なく、感染者に知覚誘導されている可能性もあるヨ」


 一種のクラスター状態に近い現象だろうか。


 無自覚で『保菌者キャリア』にされるなんて、下手したらグラーテカの国民全員が感染されてしまうこともあり得るかもしれない。

 やはり早いところ『魔剣アンサラー』を破壊するか、『感染源』ことモルスの本体を屠るしかない。


 パイロンの話を聞き、マニーサは力強く頷いて見せる。


「魔剣アンサラーね……唯一、モルスを見分ける手段だったわね。わかった、お父さんにそのことを伝えるわ! ありがとう、パイ!」


 マニーサはそう言うと荷台の奥に行き、《思念魔法》を唱え始めている。

 きっとマギウスさんに今の情報を伝えるのだろう。

 チャンネルさえ合わせれば、どんなに離れてもやり取りできるのだから魔法は便利だ。

 

「ありがとう、パイ。マニーサの不安を解消してくれて……」


「ノーセンキューだヨ。ここで引き返すと言われても困るネ。それにアタシにとって、みんなはもう家族。遠慮いらないヨ」


「家族? みんな……」


「そう、夫セティを中心とした大家族ヨ!」


 家族か……なんか照れてしまう。

 けど悪くない……寧ろ僕に家族なんて……。


 血塗られた暗殺者アサシンであった、こんな僕なんかが……。


 瞼がじんじんと熱く染み渡る。

 少し前と違い、溢れ出しそうな思いをぐっと堪えた。


「ありがとう、パイ。これからみんなで助け合っていこう」


「勿論ヨ。けどセティ、約束は守ってネ」


「ああ、わかった……モルスを斃したら、みんなで一緒にエウロス大陸に行こう」


 パイロンは信頼できる。

 嘗て敵対した闇九龍ガウロンのボスだけど、彼女にはしっかりとした信念がある。

 それに同じ暗殺者アサシンなのに情が深い。


 きっと訳ありで、その道に入ってしまったのだろう。

 おそらく僕と同じ生きるためか……。


「――ギァワ! ギャワァァァッ!」


 不意に幼竜のシャバゾウが顔をひょっこりと出し、僕に向けて吠え始めた。


「どうしたネ? オマエもお腹すいたカ?」


「違う、パイ。このシャバゾウは一流の暗殺者アサシン以上の危機察知能力に優れている。この吠え方は――敵が近くまで迫っているんだ!」


「敵? ハデス、カ?」


「そこまでは、ただの山賊の可能性もあるけど……パイ、操作を変わってくれないか?」


「了解ネ。元遊牧民の腕前、披露するヨ」


 僕は頷き手綱をパイロンに渡した。

 移動中の御者台から軽快な動作で飛び、荷馬車の上へと着地する。


 高い場所から《遠視魔法》を発動させ、周辺を見渡した。


 後方より何かが近づいて来る光景を確認する。

 さらに視野を拡大させ、焦点を合わせ見た。


「……ホウシロウか」


 僕はそう見極める。

 ホウシロウとは鳥類に分類するモンスターで「飛べない鳥」として知られ、灰色の体毛に長い首と2本の足が特徴な高速に走る大鳥だ。

 人懐っこく大人しい気性と、その大きさもあって馬のように人を乗せて走らせることが可能であった。


 一見して誰も乗っていないように見えるが専用の鞍や腹帯、頭絡や手綱などが装備されているのが伺える。

 野生でないのは確かだ。


「お~い! まってくれっすぅぅぅ!!!」


 ホウシロウの長い首から、ひょっこりと顔を覗かせ誰かが叫んでいる。

 一瞬、小さな子供かと思ったが小人妖精リトルフ族だ。


 しかも見覚えのある奴、あいつは確か……。


「ポンプル。間違いない、アルタと一緒にいたお漏らしする暗殺者アサシンだ」


 そのお漏らしする奴を乗せたホウシロウが、荷馬車へと近づいて来る。


「お前、何しに現れた? そんなに僕に殺されたいのか?」


 僕は殺意を向けながら問い質す。


 ポンプルは「ひぃぃぃ!」と悲鳴を上げつつ、ぐっと奥歯を噛みしめて湧き上がる恐怖を我慢している様子だ。


「ち、違うっすぅ! ボ、ボクはセティ様とご同行したく、ここまで来たんっすよぉ!」


 なんだと、こいつ……一体どういうつもりだ?




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