第50話 牢獄の烙印




「それじゃ戦闘ルールを取り決めるネ。セティがアタシに触れることができれば勝ち。これでいいカ?」


「うん、パイ。健全そうでいいね」


 殺し合いじゃなければ何も問題ない。


「その代わり本気で挑んでほしいヨ。その方がアタシのことがよくわかるネ」


「わかったよ。じゃあ、早速はじめよう」


 僕は言いながら、パイロンと距離を置いた。


 互いに対峙し合い、戦闘態勢に入る。

 模擬戦であるので素手で十分だ。まぁ僕の場合、素手でも全身が凶器だけどな。


 対するパイロンは特に構えることなく、その場で立ち竦んでいる。

 殺気どころか攻撃を仕掛ける意志すら感じられない。

 極自然体であり、無の境地に浸っているかのようだ。


「パイ、僕から仕掛けていいかい?」


「いつでもいいヨ」


「では――」


 僕は身を乗り出し、疾風の如く高速移動した。



 ガン!



「――痛ッ!?」


 瞬間、額に衝撃が走る。

 鈍器で殴られた、いや硬質な何かに激突したような激痛だ。


 僕は身体を滑らせるように後退し、転倒せずバランスを保たせた。

 まだ額部分がじんじんして痛い。

 次第に血が滲み、つうと滴り落ちてくる。

 

「な、なんだ……今の? 何にぶっかったんだ?」


 額から流れる血を拭い、パイロンを凝視する。

 

 彼女は顔色一つ変えないまま微動だにせず立っている。

 一見して何か仕掛けた気配はないようだが?


「セティだから種明かしするネ。これがアタシのスキル――《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》ヨ!」


 《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》だと?

 いつの間にか恩寵ギフト系スキルを発動したというのか?


 すると僕のすぐ目の前にガラスのような透明色の壁が出現した。

 ふと辺りを観察すると、僕を中心とした10メートル範囲で同質の壁が出現しており、六角柱状で形成されている。

 よくみると天井も同質の壁で塞がれており、完全に密封された状態だ


 まるで六角形の箱、いや牢獄に閉じ込められたような感覚。


「これは……なんだ? 魔法防壁とはことなるようだけど?」


「対象者を座標にして完全に防御、あるいは封じ込めるスキル。それが《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》ネ」


「封じ込めるか……《生体機能増幅強化バイオブースト》発動」


 オレ・ ・は力を解放する。

 全身の皮膚から赤い輝きを発する呪文語の刺青タトゥーが羅列され浮き出される。

 赤く染まった双眸で、目の前に浮かぶ透明色の壁を凝視した。


 そのまま拳を掲げ、何度か殴りつけるも亀裂一つ入らない。


「駄目だ……なんて硬さだ」


「内側と外側の防御力は絶対ネ。こうして密封することで塵一つ漏れることもないヨ」


 なるほど……閉じ込めるだけじゃなく盾としても使えるって意味か。


「攻撃スキルじゃないようだけど?」


「いや、ちゃんと攻撃もできるヨ。例えば『鋼鉄の処女アイアンメイデン』のように棘に変化させたり、爆発物を置いたりネ。アタシだけは自由に出入りできるから、拷問用にも使えるヨ……けど夫となるセティにはやらないネ」


 密封された状態での攻撃か。確かに回避は難しそうだ。

 今の《生体機能増幅強化バイオブースト》を発動したオレなら、地中を掘って脱出することも可能そうだが、この『壁』が恩寵ギフト系スキルである以上は案外それも難しいかもしれない。


 とりあえず相当強力なスキルを持っていることはわかった。

 おそらく対人戦では無敵じゃないだろうか。


 ならば弱ったふりか死んだふりして、油断したパイロンが入り込んできた瞬間に《超神速化》モードで瞬殺するのが最も手っ取り早い作戦だな。

 勿論、これが模擬戦である以上は、そんな姑息な真似はしないけど。


 それにオレの信頼を得るためとはいえ、パイロンも自分の「切り札」と言えるスキルを惜しみなく披露してくれている。

 正直、まだ何を考えているのかわからない部分もあるけど、少なくてもその誠意には答えていきたい。


 オレは《生体機能増幅強化バイオブースト》を解除する。


「……僕の降参だよ、パイ。このスキルを解除してもらっていい?」


「勿論よ」


 パイロンは腕を翳すと、僕の周囲に覆っていた透明の壁がすっと消えた。

 途端、彼女は駆け出しくる。両腕を広げ、僕の胸に飛び込んだ。


「セティ、ごめんネ……額、痛くないカ?」


「え? うん、この程度なら簡単に止血できるんだ。問題ないよ」


「よかったぁ……大切な旦那様に何かあったら一大事ネ」


 ホッとした安堵の表情を浮かべて見せる、パイロン。

 なんだろう……最初から敵意がない子とはいえ、ついさっき会ったばかりなのに物凄く溺愛されているような気がする。

 てか仲間になった途端、パイロンの中では僕は「夫」扱いなのだろうか?


 まぁ、おかげで闇九龍ガウロンもヒナから手を引いたことだし、それだけでもパイロンを仲間に迎えた収穫は大きいと思う。


 だがそれよりも、


「パイ。それじゃ、モルスのことについて話してくれないか?」


「わかったヨ――」


 そうパイロンが話し掛けた瞬間だ。


「コラァ、パイ! セティ殿から離れろ!」


 模擬戦を見守っていたカリナ達四人が威圧感を醸し出しながら近づいてきた。

 その背後から安全と理解した、ヒナとシャバゾウもついてきている。


「いちいち抱きつくのはやめてよね! あたし達だって、まだ手を握るだけで我慢しているんだからね!」


「セティ君は初心なんだから、そうしていいのはヒナちゃんだけよ!」


「パイさん、わたし達は平等の筈。抜け駆けは駄目だと言いましたよね?」


 ミーリエルとマニーサが指摘し、最後にフィアラが正論っぽい口調で指摘している。


 言われたパイロンは、ぷく~っと真っ白な頬を膨らませる。


「……わかったネ、離れるヨ。皆、小姑みたいでウザいネ。けど、皆もこうしたスキンシップがないと、いつまでもセティとの関係も進展しないと違うカ?」


「「「「え? まぁ、そうだけど……」」」」


 なんだか、逆にパイロンから論破されてしまう、四人。

 ちらっと上目遣いで僕を見つめている。


 みんなの気持ちは伝わっている分、僕もなんだか恥ずかしくなってしまう。

 さりげない仕草で、パイロンから離れた。


「……ぼ、僕としては、まず落ち着いてから今後について話し合えばいいと思う。それより本題に入ろう。パイ、説明してくれないか?」


「わかったヨ。『千の身体を持つ者サウザンド』の正体は――古代より進化した意志を持つ『ウイルス』ネ」


「ウイルス? つまり病原菌バクテリアってことか?」


「そうヨ。元々ウイルスは『魔剣アンサラー』に宿され、エウロス大陸に存在する魔窟に封じられたネ。15年ほど前、ある者が封印を解き感染して『千の身体を持つ者サウザンド』ことモルスとなり、このグランドライン大陸に流れついたことが発端だったアル」


「そ、そんな……バカな」


 まさかモルスの正体が意志を持つウイルスだったなんて……。

 だから人間に感染することで、その者の意志ごと身体を乗っ取っていたってのか?


 アルタとは半分だけ感染させ、意志を共有していた。

 そう考えれば、これまでのこと全てが繋がってくる。


 ウイルスであれば除霊じゃないので神聖魔法は対象じゃない。

 一種の細菌であり病気だが、それ用のワクチンも存在するかどうか。

 それに他の感染者だっている可能性がある。


 だからか。


 これまでいくら殺しても無限の如く湧いて現れてきたのは……。

 そんなバケモノ、その場で斃すことはできても完全に滅ぼすことはできない。


 一体どうしたらいいんだ?


 僕が困惑する中、パイロンは話を続ける。


「以前からアタシ達、闇九龍ガウロンの『龍』達も、『千の身体を持つ者サウザンド』の正体に気づいていたネ。けど前任のボス、黒龍ヘイロンには一切伝えなかったヨ」


「確か黒龍ヘイロンは肉体に混入した毒も《転移》できると言っていた。だとしたら、ウイルスも対象となる……モルスが裏切り者の僕に、わざわざ始末させたがっていたのも頷ける」


「そうネ。けどあのお調子者の黒龍ヘイロンが知れば、勝手に不可侵条約を犯しグランドライン大陸に乗り込んでハデスに戦いを挑むに決まっているヨ。仮に『千の身体を持つ者サウザンド』を斃せても、大義がない以上はハデスの暗殺者アサシン達との全面戦争ネ……闇九龍ガウロンだってそこまで望んでないヨ」


「けど、新しいボスとなったパイはこうして動いているじゃないか? 僕に情報を提供してまで?」


「貴方とアタシが組めば十分に勝算があるからネ。それにさっきも言った通りセティを夫として迎えることで、闇九龍ガウロンとエウロス大陸は安泰だしハデスの残党や倭国の皇帝も迂闊に手を出せない。これぞウィンウィンのハッピー計画アル」


 ハッピー計画ね……。


「賞賛があると言っていたけど、それがパイのスキル《牢獄の烙印プリズン・スティグマ》なのか? 確かに強力な結界のような能力で、ウイルスごと遮断できそうだけど……他の感染者とかいたら意味がないんじゃないか?」


「感染源――つまり『千の身体を持つ者サウザンド』の本体・ ・を見つけ屠れば斃せるネ」


 本体だって!?



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