第48話 白龍との取引き




「そしてアタシが、用があるのは貴方ヨ、セティ」


「僕に? やはり黒龍ヘイロンの仇討ちか?」


 その問いに、パイロンは大きく首を横に振るった。


「ないない、それはないヨ~。あんなスキルだけの平凡パンチのために『闇九龍ガウロン』を危険に晒したくないネ~。アタシ達は寧ろその逆、貴方に協力するためだヨ」


 平凡パンチって……黒龍ヘイロンって組織内でどう思われていたんだ?


 いや、そんなことより。


「僕に協力だと?」


「そう。ハデスのボス、『千の身体を持つ者サウザンド』について――」


 千の身体を持つ者サウザンド……モルスについてだと?


「ボス……モルスの何についてだ? それこそ黒龍ヘイロンは何も知らなかったようだぞ?」


「あいつが知る筈はないネ。誰も教えてないからヨ。けどアタシ達『龍』は以前より知っていたネ」


「龍とは?」


「アタシを含む闇九龍ガウロンの最高幹部達。セティに黒龍ヘイロンを斃され、今は八人だけどネ……ハデスと違い、アタシ達の組織が一枚岩でないのは知っているよネ?」


「まぁ、それとなく……白龍パイロン、キミが黒龍ヘイロンの後釜でボスに昇格したってことだろ?」


「昇格というより抜擢だヨ。基本アタシ達『龍』に優劣はない、皆が平等ネ。ただボスになると決定権が委ねられ最高幹部達は従うのがルール。組織運営のためヨ」


「じゃ、黒龍ヘイロンがボスになった理由は?」


「『千の身体を持つ者サウザンド』を斃せる恩寵ギフト系スキル能力を持っていたからネ」


「あの《転移スキル》か……確かにモルスが脅威を抱き、わざわざ裏切り者の僕に抹殺を依頼したくらいだ」


「そっ。けど本来ならトップになる器じゃなかったネ。奴のせいで貴重な部下を大勢失い、アタシを含む『龍』達はブチギレだったヨ。せいぜい『千の身体を持つ者サウザンド』との不可侵条約と、その牽制目的だけのボスだったネ」


 つまり黒龍ヘイロンは、モルスをびびらせるためだけの建前上の道化だったわけか。

 だから、組織ハデスもあっさりとグランドライン大陸の活動を認め、ある程度は放置していたってわけだな。


 僕が黒龍ヘイロンを斃して、今の闇九龍ガウロンはそれができなくなった。

 だから白龍パイロンは密航する形で、この大陸に訪れているのだろう。


 しかし、それよりも……。


「どうやら黒龍ヘイロン以外の『龍』はモルスの正体を知っているようだな? パイ、キミが新しいボスに抜擢されたってことは、キミもモルスに対抗できる恩寵化ギフト系のスキル能力を持っているってことか?」


「流石、セティ。その通りだヨ。だからアタシは貴方に協力することにしたネ。モルスを確実に斃すために……だから闇九龍ガウロンは、ヒナって子から手を引いたのヨ。貴方に誠意をみせるためネ」


「誠意ね……まさか闇九龍ガウロンのボスからそんな言葉を聞けるとは……しかし、にわかに信じ難い。まず依頼者クライアントはどうする? 事実上エウロス大陸を支配している倭国の王は、ヒナが生きて成長すると厄介なんだろ?」


 僕の問いに、パイロンは素直に頷いた。


「そうネ。倭国には現皇帝を反抗する『反対派』が存在するアル。その『反対派』がヒナを祭り上げることで、これまでの不正が明かされ今のエウロス大陸の情勢は一気に逆転される……言わば、あの子は危険因子の生き証人ネ」


 きっと僕の師匠こと、イオさんが前皇帝ごと王族を暗殺したという事実も含まれているだろう。

 赤子のヒナに情が湧き、あの子だけを逃がす形で暗殺者アサシンを辞めてグランドライン大陸まで逃げて来たんだ。


「だったら矛盾している。闇九龍ガウロンがヒナから手を引けるわけがない」


「ボスである、アタシが『反対派』だったら?」


「なんだって?」


「アタシは闇九龍ガウロンのボスである一方で、『反対派』を影で支援する首謀者でもあるネ……この事は『龍』達も知らない秘密ヨ。セティだから告白したネ」


 何故かパイロンは白肌の頬をピンク色に染めて身体をもじもじさせ始める。

 他所からみれば、本当に愛の告白を受けたみたいだ。


 おかげで遠くの方で見守っている女子達の視線が、より殺意色に染まっている気がする。

 なまじ会話が聞こえてないだけに……これはこれで身の危険を感じてしまう。


 僕は咳払いをして、なんとか誤魔化す。


「ま、まぁ……パイ、キミが闇九龍ガウロンの新ボスと反対派のリーダーという顔を持つことについては置いておくとして……依頼者クライアントを裏切るってことは、組織として最も許しがたい大罪だ。さっきの話からして、キミと堂々の最高幹部である他の『龍』達は何も言わないのか?」


「勿論、黒龍ヘイロンのように甘い汁を啜る目的で現皇帝の暴政を支持する『龍』達はいるネ。けど裏切らないよう既に布石を積んでいるヨ。その為に、こうしてアタシがセティに全て告白しているネ」


「僕に? まさか……僕がモルスを斃し闇九龍ガウロンに入れることで、現皇帝を支持する『龍』を制御しようとしているのか?」


「ピンポーン! セティには新たな『龍』として闇九龍ガウロンに入ってもらいたいあるヨ」


「――断る」


「あいやーっ、どうして?」


「見ての通り、今の僕は暗殺者アサシンじゃない。大切な仲間達と各国を旅する自由気ままなランチワゴンの主人だ。イオ師匠から託されたランチワゴンを捨てるつもりはない。そちらがヒナから手を引いてくれるなら、それはそれで結構なことだ。今後二度と僕達の前に現れなければそれでいい……倭国に関してはそちらで好きにやればいいだけだろ?」


「『千の身体を持つ者サウザンド』のこと知りたくないのカ? セティが行き詰っているのは知ってるヨ~」


 ぐっ、この子どこでそんな情報を……。

 案外どこかで見張られていたのか?

 それで脈ありだと思って、パイロン自らが現れたのだろうか。


「モルスの情報を教える代わりに、暗殺者アサシンに戻れというなら話は別だ。理由はさっきも言った通り、僕は暗殺稼業から足を洗っている。但し敵や悪と見なした者に対しては容赦なくこの力を使う。それが僕のけじめであり過去への贖罪だと思っているからだ」


 僕の強い意志と主張に、パイロンは初めて口を噤み黙り込んだ。

 顎先に指を添えて考えごとをしている。


 一見すると真っ白で綺麗な美少女にしか見えない。

 とてもエウロス大陸で暗躍する組織のボスとはとても……。


 これまでの話の中で、僕が斃した「黒龍ヘイロン」の《転移スキル》がモルスを斃すのに最も有効であるのは確かのようだ。

 そして後釜となった「白龍パイロン」も似たような恩寵ギフト系ギフト能力を持っていると考えられる。


 正直、喉から手が出るほどモルスの秘密を知りたい。

 奴を斃す術があるのなら、何としてでも教えてほしいと思っている。


 けど、だからといって僕は暗殺者アサシンには戻らない。


 戻りたくない。


 僕には大切な彼女達がいるんだ。

 これからもみんなと一緒に過ごすためにも話に乗るわけにはいかない。

 

 とりあえず今の闇九龍ガウロンはヒナから手を引いている。

 それを知っただけでも十分な収穫だと思うべきだ。


「……わかったヨ。セティを闇九龍ガウロンに入ってもらうのは諦めるネ」


「理解してくれてありがとう、パイ。僕もキミ達と争わずにすんで正直ホッとしているよ。それじゃ飲食したお勘定を払ってもらっていい?」


「それは断るネ。情報料として頂戴するがヨロシ」


「情報料って……そちらの組織事情しか話してないじゃないか? モルスの情報料としてなら、まだ理解できるけど……さっきの冒険者の件もあるんだ。無銭飲食は駄目だからね!」


 食い逃げは許しません!


 僕の主張に、パイロンは首を横に振るう。

 そして睫毛の長い黄金色の瞳を細めながら、僕に顔を近づけてきた。


「だったら、アタシの身体で払うね。今から子作りするがヨロシ」


 ニッと満面の笑みを浮かべて見せる、パイロン。


 はぁ?


 いきなり何言ってんの、この子?




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