第32話 元勇者×元暗殺者×元婚約者の言い分
「お前らなんだ、その胸元が開いてミニスカートのメイド服は!? 婚約者である俺の前で一度もそんなセクシーな格好しなかったろ!? おい、そこの店主ッ! テメェが
アルタは客寄せしている四人の姿に激昂している。
おい、指摘するところそこかって感じで……。
カリア、フィアラ、ミーリエル、マニーサの四人は意外な場所での意外な男との再会に大きく瞳を見開きながら戸惑う。
愛想尽かし見限り婚約解消した勇者アルタに対して。
そして僕に向けて怒声を浴びせ問い質していた。
口振りから僕が誰なのか、まだわかっていない様子だ。
このまま無視しても他のお客さんの迷惑になってしまう。
「お客さん、ここではなんですので裏の離れでお話しましょう」
僕が提案すると、アルタは「んだぁ、偉そうに指図しやがってよぉ!」と言いながら、一緒にランチワゴンから離れて移動した。
ちなみに厨房はフィアラに任せるようお願いする。
四人に不安そうな顔をされたが、僕は「すぐに終わるから」と一言だけ告げた。
こうして人気のない場所で、僕はアルタと対峙する。
ん? 誰だ、こいつ。
さっきからアルタに付きまとっている幼い少年……いや
アルタの仲間か? 見た目は
それにアルタの装備が以前と変わっている。
以前の青い鎧と赤いマントを纏った勇者の姿ではなく、まるで傭兵のような実用性の高い鎧を身に着けている。
おまけに『聖剣』も以前と異なり禍々しい邪気を感じる……まるで『魔剣』のようだ。
「おい、店主! さっきからテメェはなんなんだ、ああ!?」
「僕のこと……覚えてませんか、勇者さん?」
「ん? 知らねーっ、お前みたいな黒髪の平凡パンチなんて会ったことねーっ」
酷い言い方だ。平凡パンチってどういう意味よ。
けど無理ないか……僕はずっとアルタに変装していたからな。素顔を知らなくて当然だ。
「僕はセティ、嘗て貴方の『偽物』として扮していた者です」
「なんだと!? テメェが俺の偽物……『死神セティ』か!?」
「僕を知っているんですか?」
「フン、こっちも色々あったんだよ……なるほど、だからあの女達があんな格好を……クソがぁ!」
「ひっ、ひぃぃぃい! し、死神セティ! この人が……
アルタの足元にいた
僕を見ながら怯え失禁してしまう。
「そこのリトルフ族さん……漏らしてますよ、大丈夫ですか?」
「ああ? 気にすんな。こいつは、ポンプル。テメェが抜けた
「
「ああ……賞金首3千Gを懸けられてな。そりゃテメェの首、20億Gには遠く及ばねーよぉ! 文句あっか、コラァ!」
さ、3千Gって……マジで? 冗談じゃなくて?
だけどやたらと事情に詳しい。
それに随分と雰囲気も変わった感じだ。
チャライけど凄みがある。親のすねかじりで人生を舐めていた時のアルタとは違う。
僕にはそう思えた。
「文句はないです……勇者さんは神聖国グラーテカには戻らないんですか?」
「勇者職を剥奪された上に追放されたんだよ、バーロ! テメェのせいでな!」
「ぼ、僕の!?」
「ああ、そうだ! 俺がテメェを解雇したことで、女共には婚約を破棄され、勇者職だけでなく王族の地位からも降ろされた! おまけに四六時中、
「貴方がどんな暮らしを送ってきたのかは僕は知りません。ですが解雇通告された際に、僕は警告しましたよね? 貴方は僕を『便利屋』と間違えていた。きっとまともに誓約書を読まなかったからでしょう……
「だが、テメェは自分が
「そんな無茶苦茶な……彼女達は自分の意志で姿もわからない僕を必死に探してくれたんだ! だから僕はそれに応えたくて、こうして一緒に……あの衣装もみんなが自分からランチワゴンの運営を考えてくれただけで……そもそも、貴方がきちんと彼女達を向き合っていればこんな事態にならなかったんじゃないか!?」
「なんだと~、どういう意味だコラァ!?」
「僕が貴方に扮していた時、カリナやフィアラ、ミーリやマニーサも最初は素っ気なく冷たかったですよ! いつも何か諦めているようにも見えた! けど僕と共に戦い、一緒にご飯を食べて接しているうちに笑顔が増えて優しくしてくれた……つまり彼女達は見た目とか勇者とか王族とかじゃなく、内面で人を見ることができる素敵な子達なんだ! そういう意味では、確かに貴方にはもったいなさすぎる婚約者達だと思いましたよ!」
「テメェ、偽物の寝取り野郎の癖に好き勝手言いやがってぇぇぇ! コラァァァ!」
アルタはブチギレ、罵声と共に僕の胸ぐらを掴みあげる。
かなりの力だ。魔力と筋力が大幅に向上している……刺客に追われている内にパワーアップしたってのか?
もう少し早く、その努力をしていればちゃんと勇者でいられたのに……。
けど内面がこんなんじゃ、カリナ達が可哀想だ。婚約破棄される運命は変わらなかったかもな。
「おい、何シカトしてんだぁ!? なんとか言えよぉ、コラァ!?」
「ア、アルタの兄貴……それ以上、『死神』を刺激しちゃいけないっす……そいつ、ボク達の間じゃ
「ポンプル、お前は黙ってろ! この野郎をボコッて女共を取り戻す!」
「だから奪ったわけじゃないって言っているじゃないですか……しつこいですよ。殴りたきゃ殴ればいい。僕は貴方と戦う理由はないし、仰る通り多少は後ろめたさも感じています……だから甘んじて受け入れましょう。ですがカリナ達には手を引いてほしい。彼女達には自分の選んだ幸せを歩んでほしいと思っていますから」
「野郎……余裕ぶりやがってぇ! 偽物がぁぁぁぁ、この場でブッ殺してやるぅぅぅぅ!!!」
「――いい加減にせんか、勇者殿ッ! いやアルタァァァッ!」
凛とした張のある声。
この声は……カリアか?
僕が視線を向けると、そこにアルタにとって元婚約者達である四人の美少女達の姿があった。
しかもメイド服じゃなく、普段通りの冒険者の姿だ。
「お、お前ら……クソォ!」
アルタは僕の胸ぐらを離した。
「セティさん、大丈夫ですか?」
「うん、フィアラ……お店は?」
「ごめんなさい……お客さんにはお代は無料で帰って頂きました。貴方のことが心配で……ヒナちゃんとシャバゾウが店を見てもらっています」
「そうか……こちらこそごめん。穏便にすませればと思ったんだけど……この有様で」
「いえ、あの者と話し合うこと自体、土台無理なことなのです――アルタァ! セティさんに手を上げたら、このわたしが許しません!」
「フィアラ、テメェ……そいつの前ですっかり女の顔になりやがってぇ! いつもツンケンしていた糞女がぁよ!」
「黙りなさい! 貴方の素行が悪すぎたからでしょ!」
「そーだ! いつもアタシ達ばかり戦わせて自分じゃ何もしなかったじゃん!」
「なんだとぉ、ミーリ!」
「まったくだ! セティ殿は違うぞ! いつも率先して戦い、我らを導いてくれたのだ! 変装して見た目は同じなのに雲泥の差だったぞ!」
「カリナ、テメェ!」
「だからみんなセティくんに惹かれたのよ……アルタ、貴方だってセティくんのような純粋さが欠片でもあれば、少しは見方も変わったかもね……まぁどの道、皆、貴方との婚約は破棄していたでしょうけど」
「マニーサ、よくも!」
アルタがいくら恫喝しようと、女子達は一切動じない。寧ろゴミでも見るかのような瞳で彼を見つめている。
取り戻す以前に、完全に修復不可能だと思った。
しかし、アルタは――
「おい、偽物ッ! 俺と決闘だぁぁぁ! テメェを斃して、女共を取り戻してやるぅぅぅ!!!」
何もわかっちゃいない。
暴走したまま、いきなり僕に決闘を挑んできたのだ。
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