第29話 元勇者アルタの逃走劇4




「アルケン、お得意様のミス・トロール様から個室のご指名だ。頼むぞ」


「……オッ、オッケー、任せてくり~! チョリ~ス! ゴットフィンガー鷹ことアルケンで~す!」


「ゴオッ、ゴホッ、ドウッ、トロール、ドウッ、ドッドウッ!」


 男娼用の個室にて。


 緑色の皮膚で醜悪な形相をした巨人ことミス・トロールの言語は受付のボーイ以外は理解できる者はいない。

 普段から怒り狂ったような顔つきなので感情が読みにくい。

 ただ頬をピンク色に染め服を抜き出したところを見ると、アルケンことアルタと交わる気が満々らしいことは伝わる。

 一応は何度も指名している常連さんでもあった。


(何言っているのかわからね~っ! つーか、いつか食われたりしねぇだろうな……いやマジで)


 アルタはドン引きしながらも覚悟を決め、媚薬を飲みなんとか気分を高める。


 あれからもアルタは昼間は物乞い、夜はホストクラブで働いている。

 不本意ながら男娼までさせられ、気がつけば指名ナンバーワンのホストとなっていた。


 何故か「ゴットフィンガー鷹」という通り名で呼ばれるようになる。

 

 しかもこのホストクラブは異種族間専門であり性欲旺盛な雌の魔族ばかりだ。

 ラミア族やアルラウネなど下手な人間の女性よりも美貌を褒めた魔族が相手ならまだ良いが、そういう類は別に男娼を買う必要はない。十分に男性を魅了し誘惑できるからだ。

 したがって大抵、ゴブリンやオーガ、中には最強に位置する竜人族ドラグノイド、あるいは見たことのない異形の魔族ばかりである。


 いくら好色のアルタとはいえ流石に興奮する筈もなく……しかし重要な仕事なので精力増強剤を服用し無理矢理気分を高めるしかなかった。


 全ては返り咲く資金を貯めるため。


 最初こそ、自分を騙しハメたドヤ街の長老ことルンペをブン殴ってやろうと思ったが、何やら得体の知れない爺さんなのでぐっと耐えた。

 それに孤独なアルタにとって唯一頼れる味方であることには変わりない。


 現にその後のルンペによるアフターケアは万全であった。


 怪しい雌の魔族達と交わることで何度か謎の性病に感染するも、その都度ルンペが紹介してくれた闇医者から無料で治療を施してくれる。

 なんだか悪趣味な性的拷問を受けている気もしなくもないが後遺症もなく、客として相手をする雌達も見た目こそ醜悪だが魔族だけあり具合は良かったので我慢できた。

 

 そんな生活を送る中、アルタは次第に自分の変貌に気づき始める。

 様々な魔族の雌達と性交を重ねることで、彼自身の魔力が高められていたのだ。


 ある日、ルンペよりこう告げられた。


「アルケン、お前は元勇者の癖に魔力が低すぎる。周囲から散々甘やかされて育ってきた証拠だ。大方、神託とやらも王族の忖度で与えられたモノだろう。案外、陥れたのは実姉だけでなく、他の者も裏で糸を引いていたかもしれない……腑抜けな王子に王位を継がせるくらいなら、とっとと魔王に食われてしまうがいいという感じか」


 酷い言われようだが、身に覚えがありすぎて何も言い返せない。

 きっとそうなのだろうと思った。


 さらにルンペの話は続く。


「魔力が上がれば自然と肉体も鍛えられる。後は精神力の問題だ……アルタよ、お前なら問題ない。そういう意味では『死神セティ』以上の素質はあるだろう」


 どうやらただ騙していたわけじゃなく、アルタの資質を見抜き鍛えようとする意図もあったようだ。

 アルタが得意とする『性欲』という分野を通して。

 そのことを知ったアルタは苦汁をなめる思いで必死に耐え、指名ナンバーワンの地位を獲得したのだ。


 しかし何故、「ゴットフィンガー鷹」と異名を持つに至ったのか、アルタもよくわかってなかった。




 明朝。


「お疲れサンキュ~!」


 ホストクラブの仕事が終わり、アルタは店を出た。


 数時間ほど休んでから物乞いとして夕方まで活動する予定である。

 すっかり身についてしまったライフワーク。

 

 奇妙な話だが王子で勇者をやらされていた時よりも充実感が得られていた。

 当時「働いたら負け」という謎の持論で、だらだらと生きていた頃に比べると尚更だ。

 これぞ自由自適な生活、スローライフというやつだろうか?

 そんな自分も悪くないと思い始めている。


 ――だがしかし。


 アルタは決して忘れない。


 俺を騙し罠に陥れ追放させた実姉のイライザ王女。


 俺を見限り『偽物』の下に走った、四人の婚約者達。


 そして俺の偽物であり婚約者達の心を奪った『死神セティ』……。


 こいつらへの復讐心だけは忘れてはいけない。


 必ず思い知らせ復讐してやる!

 このアルタをバカにしたことを後悔させてやるからな!

 

 資金だって相当貯まっている。

 魔力も上がり身体能力も向上しているんだ。


「今に見てろよ、カス共が……」


「――やっと見つけたっすよ~、アルタァ!」


 路地裏を歩いていると、不意に背後から甲高い声が響いてきた。

 この独特な口調は間違いない。


「……ポンプルか。超しつけーなお前」


 アルタは眼光を鋭く後方を振り返る。


 案の定、小人妖精リトルフ族の暗殺者アサシンポンプルが立っている。


 でも、あれ?


「なんだオメェ、その頭? なんでツルッパゲなの?」


 アルタが指摘した通り、ポンプルの髪はなく丸刈りにされた状態でトンガリ帽子を被っている。


「これは組織からの命令っす! お前を二度もキルし損ねただけじゃなく、誤認して無駄なキルしてしまったケジメっす!」


「無駄なキル? あ~あ、タカピーだかのバカップルか? そう仕向けたのは俺だぜバ~カ。にしてもあれだけヘマやらかして、よく丸坊主だけですんだな?」


「やっぱり、あの時の物乞いはお前だったんっすか!? チキショウめ! 依頼者クライアントがいる暗殺じゃなきゃ、多少失敗しても処分されないんっすよ! 特にお前みたいな、たかが3千G(日本円:3千円)如きの賞金首じゃなぁ!」


「そのたかが3千Gの賞金首に執念燃やし失敗し続けているテメェは無能な雑魚ってことじゃねーか? 組織とやらにも呆れられて相手にされてねぇんじゃねーの? ブワハハハハッ!」


「こいつ~、ムカつくっす! ブッ殺してやるっすゥ! 小人妖精リトルフ族の威信に懸けて、ギャフンと言わせてやるっす!」


「うるせぇ、クソガキが。この世にギャフンなんて言った奴なんていねーんだよ」


 あっ、そういや俺……親父に殴られた時に「ギャフン」って言ってたわ。

 ふとアルタは思い出したが口に出さないことにした。


 一方のポンプルは愛らしい顔を悔しそうにくしゃくしゃに歪め、今にも泣き出しそうだ。


 だが相手は見た目こそいたいけな少年に見えるが、妖精族だけありアルタより一回り年上の30代。


 アルタはわらいつつも油断しない。

 布に巻き隠し持っていた『聖剣』を取り出した。

 

 以前はすかさず逃げていたが、今の彼にそれはない。

 

 自分がどれほど強くなったのか試す必要がある、そう考えた。

 今後の復讐を見据え、まずはポンプルを斃すことからスタートさせる。

 そう決意を秘めていたからだ。


 束の間


「ちょい、待ちな~!」


 何者かが二人の間に割って入る。


 より甲高く幼い声だ。

 ポンプルの背後から、小柄な少女が姿を見せる。


 華やかな民族衣装纏う可愛らしい幼女だ。

 茶色の髪を三つ編みにし、同じ色の大きくて二重の瞳。小さな鼻梁に唇、そして尖った両耳。

 見た目は愛らしい反面、両腕を組みニヤっと微笑む仕草は少し生意気に見える。


「んだぁ、お前? そいつのなんなの?」


「あたいはパシャ、小人妖精リトルフ族のパシャ。今からあんたを殺すからよろしくな!」


 パシャと名乗る小人妖精リトルフ族の幼女は堂々とキル宣言をしてきた。


「……なるほど、テメェも暗殺者アサシンでそのポンコツの助っ人てわけか?」


「パシャの姐さん! こんなクズ野郎、ボク一人で十分っす!」


「ポンプル、あんたはそんなクズに二度も失敗してんだ。ここはホビット族の誇りに懸けて、あたいらが助太刀するよ」


 あたいら、だと?


 すると奥の方から、ぞろぞろと小柄な何かが姿を見せ駆けつけてくる。

 小人妖精リトルフ族だ。その数はざっと20人はいる。


「なっ……数多っ!?」


 めちゃ小人妖精リトルフ族増えているんですけど!?


 アルタも流石に驚愕してしまう。


「知らなかったのかい? あたいらは集団性なのさ~! お前達~、いっちょ派手に殺るよ~!」



  キエェェェエェェェエェェェェ――イ!!!



 パシャの指示でポンプルを含む20人のホビット族全員が武器を手にし、咆哮を発しながら雪崩れ込み突撃してきた。


 その小さき愚連隊の猛攻を前に、アルタの戦意は一気に喪失し「ひいぃぃぃぃ!」と悲鳴を上げて逃げ出してしまう。



「しっ、知るか! なんなのお前ら!? うっせーよ!」


 アホか、こいつら! どいつも寄ってたかって、3千Gの首に群がりやがって!


 ガチしつこいわ!



 元勇者アルタの逃走劇は次回も続く。




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