第28話 守りたい寝顔




「ヒナが正統な女王として返り咲くのを恐れているからか? 大方、そのことで自分らが行ってきた悪行や不正の数々が世の中で暴露されるのを恐れているってところか?」


「……それもある」


「あの子はまだ、自分の生い立ちなど知らない。知るだけ不幸な目に遭うのは見えているからな……この先、エウロス大陸にも連れていくつもりもない。その意図をお前の口から依頼者クライアントに伝えるのなら命までは取らないと約束してもいい。ただしスキル能力だけは封じさせてもらうからな。高位の魔術師なら《制約ギアス》魔法で抑制が可能だと聞くし、オレにも伝手はある」


「……フッ、この世には生きているだけで目障りな奴はごまんといる。お前とて暗殺者アサシンの端くれならわかるだろ?」


 こいつめ……モルスと同じことを言ってくる。

 

 きっと上手く黒龍ヘイロンを丸め込んだとしても、依頼者クライアントは納得しない。そういうことだろう。


「ならば始末キルするべき相手は、今の倭国の王……ヒナの両親を殺すように命じた張本人だな? そいつは調べるまでもないだろう、国王であればすぐにわかる」


「キルするだと!? エウロス大陸を支配する大国の王を暗殺するっていうのか……お前一人で!?」


「別に……標的がわかれば問題ない。一番厄介なのはいくら殺しても姿を変えて何度も復活するバケモノだけだ」


 ふとモルスのことが頭に浮かぶ。

 いくら殺しても、また姿が異なる奴が現れる。負けることはないも、正直打つ手がない。

 本当によくわからないボス。絶対に殺せない存在。

 オレが畏怖しているのはそこなのだ。


「姿を変えるだと……お前のボスのことを言っているのか?」


「今のオレにボスなどいない。そうそう黒龍ヘイロン、お前を始末するようオレに情報を与え促したのもそいつだからな」


「……やっぱりそうか。『千の身体を持つ者サウザンド》』め……まさか組織を裏切った『死神セティ』に俺を始末するよう仕向けるとは……それほどまでに俺のスキルが邪魔なようだな」


「お前の《転移スキル》か? 確かに脅威だし、オレでなければ無敵かもしれん……だがモルスは不死身ではないが不死なる存在だ。その場で斃せたとしても、すぐに復活するぞ」


「……そんなの知るものか。だが奴は俺を恐れ一目置いていたのは確かだ。だから『闇九龍ガウロン』で俺はボスとして昇格し、『ハデス』が取り仕切るグランドライン大陸シマでも、こうして滞在ができているんだよ」


 なるほど……どうやらモルスには《転移》されると都合の悪いモノがあるらしい。

 わざわざオレに暗殺を依頼するほどの重要な何か。

 思い当たるのは、やはり『魔剣アンサラー』か……。


 だがモルスは『魔剣アンサラー』は本体じゃないと言っていた。

 そもそも弱点なら、ああして持ち歩いて晒すことはしないだろうからな。

 

 きっと、その辺もモルスの秘密であり弱点でもあるのだろう。


 どちらにせよ、黒龍ヘイロンは用済みだな。

 モルスの弱点でも聞けるかと思ったが……まぁヒントくらいにはなったか。


黒龍ヘイロン、お前の口振りから『闇九龍ガウロン』にはお前意外にボス級が何名かいるようだな? そしてお前にはそいつらを制するほどの力はないと見た」


「だ、だったらなんだと言うんだ?」


「役に立たないなら死ぬしかない。そいつらの見せしめになってもらうぞ」


「……フッ、フハハハハ! やっぱり『死神セティ』は容赦ないねぇ!」


 うつ伏せで倒れたまま、いきなり馬鹿笑いし始める、黒龍ヘイロン


「だったらなんだ? その頭に刺さった短剣ダガーで、ついに脳が壊れ始めたか?」


「まだ手段はあるってことだァ! 逃げるためのなぁ――《天心範テンシンハン》!」


 黒龍ヘイロンは最後の力を振り絞り、《転移スキル》を発動した。


 一瞬で奴の姿が消えてしまう。



 が、



 ドスン!



 天井から降ってくるように、黒龍ヘイロンが落ちてきた。


「がはぁっ! バ、バカな……何故、《転移》できない!?」


「ああ、そうだ。言い忘れていた……オレが信頼する仲間の魔術師が、この工場ごと《領域遮断フィールドブロック》の魔法を施してくれている。今のお前はこの中でしかスキルは使えないからな」


「な、仲間だと!? 一騎打ちなのに卑怯だぞ!」


「何言ってんの、お前? 最初に部下100人を差し向けて、オレを襲わせたろ? ったく、どの口で言ってんだ」


「……ぐっ、ぐぐ……助けてくれ。金ならいくらでも出す、欲しいモノはなんでも差し出すから……『闇九龍ガウロン』の幹部達には俺からなんとか説明するよ……頼む、殺さないでくれ」


 黒龍ヘイロンは命乞いして見せる。即ち、こいつに打つ手はないことを意味した。


 そして嘘をついている。

 オレに敗北した時点で既に『闇九龍ガウロン』のボスとしての権威を失っているのだということ。

 もう組織では、こいつに従う者はいないだろう。


「駄目だな。ボスらしく潔くケジメをつけるしかない――死んでおけ!」


 オレは高速移動し、黒龍の頭部に突き刺さっている短剣ダガーの柄を蹴り上げる。

 刃で傷口を大きく抉り取るよう吹き飛ばした。


「アッギァァァァァァァ!!!」


 黒龍ヘイロンは断末魔の悲鳴を上げ、噴出される鮮血と共に激しく脳が破壊される。

 最後は白目を向き、何度か痙攣してついに動かなくなった。


「ようやく終わったか……しかし、エウロス大陸の裏社会も相当闇が深いらしい」


 首謀者を斃しても『闇九龍ガウロン』は壊滅したわけじゃない。

 どうせ別の幹部の誰かがリーダーとなり、ヒナを狙い続けるだろう。


 結局は「蜥蜴トカゲの尻尾切り」だ。

 オレは体よくモルスの都合で利用されたに過ぎない。


 けど『闇九龍ガウロン』と奴らの依頼者クライアントである現倭国の王に対する警告にはなった筈だ。


 どにらにせよ。


「――ヒナはオレが守る。たとえどんな敵だろうとな」


 オレは自分で切断した左腕を拾い上げ、断面同士をくっつける。

 細胞が急速に活性と増殖を繰り返し、傷口が治癒されていく。


 あとは時間を掛ければ元の状態まで修復されるだろう。


 《生体強化バイオブースト》モードを解除し、僕は素の状態に戻った。



「「セティ!」」


 勢いよく扉が開けられる。


 フィアラ、マニーサの二人が駆け付けて来た。

 ちなみにカリナとミーリエルは宿屋で待機し、ヒナの護衛をお願いしている。


「セティくん、勝ったのね!」


「ああ、マニーサが魔法を施してくれたおかげでね。本当に助かったよ……」


 おかげで逃げられず確実に仕留めることができたからね。


「セティさん、酷い怪我をされていますが大丈夫ですか!? 今すぐ治療いたします!」


「ありがとう、フィアラ……このままでも自然にくっつくけど時間も掛かるし、しばらく麻痺も残ってしまう。キミの神聖回復魔法なら治癒も断然早いから助かるよ」


「まさか……わたしを期待してご自分で? 頼って頂いて嬉しいですが……セティさん、間違っていますよ」


「間違っている?」


 僕の問いに、フィアラは黙って頷く。どこか怒っているように見える。

 おまけにマニーサには呆れられてしまい溜息を吐かれてしまった。



 それから翌朝となり、宿屋に戻ってみると。


「セティ殿。二人から話を聞いている……我からも言いたいことは山ほどあるが、それだけ敵が強力だったということか?」


 待機していたカリナからも奥歯に物が挟まったような言い方をされてしまう。


「まぁね。こうでもしなきゃ、きっとより深手を負っていたと思うよ」


 確かに自分から腕を切断するなんて普通はやらないけどね。

 けど敵の虚を衝くことも突破口として訓練された暗殺者アサシン流の戦い方なんだ。


「でもね……もう、無茶なことはしないでね。みんな、セティが心配で言っているんだよ」


「ありがとう、ミーリ。もう二度としないよ」


 今にも泣き出しそうな表情を浮かべるミーリエルの柔らかい頬に回復しばかりの左手をそっと添えた。


 彼女達の僕を思う優しが嬉しく心に染み渡る。

 みんなのおかげで、僕がセティとして戦えるのだと思う。


 

 こうして戦いは終わった。



 黒龍ヘイロン達の遺体はきっと組織ハデスの『掃除屋』が上手く処理してくれるだろう。

 その件に僕が関与するつもりはない。




 みんなと別れてから、こっそりと宿泊部屋に入った。


 ベッドには、ヒナはシャバゾウが寄り添いながら寝ている。


 その可愛らしい寝顔に、ほっと胸を撫で下し微笑む。


「ただいま、ヒナ……僕が絶対に守るからね」


 再び誓いを立て、ヒナの髪と頬を優しく撫でた。




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