物質を見えなくするザコスキルで復讐します。
堕落した青年。
第1話 裏切りの連鎖
「……」
1人の男が、暗い部屋の一角にある黒いドアの前に立っていた。
その男は、重そうな装備に身を包み右手には黒く固そうな棒を持っていた。
何かのタイミングを測っているのか、一定のリズムで身体が揺れている。
そして、タイミングが来たと言わんばかりに、男は前のめりになりながら、ドアを強く開けた。
「動くな!!!警察だ!!!!!!!」
男は、持っていた警棒を構えながら中へ入っていくと、薄暗く周囲を見渡すとロープで腕を縛られ吊り上げられている女性が数人いた。
衣服はまとっておらず、身体には皮膚が割れる程、大きなミミズ腫れができていた。
「んーーー!!んーー!!」
口をガムテープで抑えられた1人の女性は、男に気がつくと必死に自分がいることをアピールしていた。
「……っく。すぐに行きます!!」
男は、腕を吊り上げられている女性を避けながら、声のする方へ小走りに向かった。
他の女性は声を上げる事ができない状態だった。
この光景は、2度と忘れる事ができないと後悔しながらも、1人の女性がまだ生きていると言う安堵と警察官の使命感のみで震える足を強く踏み出しながら、女性のガムテープを剥がしロープを解いた。
「だ、大丈夫ですか!?ここで一体なにがあったんですか!」
「はぁ……はぁ……」
女性は、ロープが解けると力が抜けたように、床に座り込んだ。
そして、露出する身体を隠しながら小さく震えていた。
「大丈夫ですか?すぐに他の警察官も来ますので、今は周りを見ずに僕だけを見てください。あ、あと……」
男は、ヘルメットを外し、防刃チョッキを脱ぐと、中に着ていた汚れのない白いシャツを女性に優しく被せた。
「これ着てください」
「……男が。あいつがくる……あいつがくる!!あいつが!!!」
女性は急に声を荒げ、男のシャツの中に来ていた肌着を破るかの勢いで強く揺すりながら発狂した。
「男!?っく、まず落ち着いてください。その男とは誰ですか?その男はここにいますか?」
男は、女性の背中を摩り問いただすと落ち着いたのか息を切らしながら答えた。
「はぁ……はぁはぁはぁ。あいつ、あいつは『弥生 実』わ、私たちをここに呼んだ人間」
男は、その名前に聞き覚えがあった。
なにせ、この国の美しい宝石とも言われている人間だからだ。
だが同名なだけで、本人とは限らないと思いゆっくりと静かに息を整えた。
「弥生 実とは、アイドル歌手の弥生 実ですか?」
女性は名前を聞くと身体を強く抑え震え出した。
返事はしなかったが、その様子で悟った。
「……分かりました。後の話は、署で伺います」
「……先輩!……さん!聞こえますか!?」
外した装備についていた無線から、慌ただしい声が部屋の中を反響する。
男はすぐに無線を取り返事をした。
「隆二、一体どうしたんだ!なんでそんなに慌てて、応援はまだなのか!」
無線から聞こえたのは、同職と思われる隆二と言われている男の声だった。
「今、ビルの下に着いたところです!!後数分で救急車も来ます、部屋の回数と特徴を教えてください!」
「よ、よし!わかった!6回の6号室だ!!犯人はまだ見当たらず、建物内にいるかもしれないから注意しろ!」
「了解です!!すぐに向かいます!」
そして男はあることに気がつき、ゆっくりと冷や汗が額を流れた。
だが、取り乱すほどではなかった為、握っていた無線を話し、外していた防刃チョッキ等の装備を着ようとした瞬間、女性が急に叫び始めた。
「いやぁぁぁぁぁああ!!!!」
男は、すぐさま警棒を握り女性の視線の先へ振り返ると、綺麗な顔立ちをした青年が目の前に立っていた。
目の前とは、数メートルの話ではない。甘い吐息が男の鼻に掛かるほどの距離に青年は立っていた。
「……っく。クソッタレ」
男は、激痛が走り腹部を見ると青年の持っていたナイフが深々と刺さっていた。
「ダメじゃないか、警察官が装備外したら」
「っガハ!く、お前なんで、ぐっ!」
青年は腹部に刺さったナイフを上下にゆっくりと動かし、奥へ奥へとナイフを差し込んだ。
男の腕にはもう力は入っておらず、青年の刺さるナイフを押し返すことすらできなくなっていた。
「ん〜〜、君はわかってないんだよ。僕はこの国の宝……その場にいるだけで何億の金を引き寄せる宝石なんだよ?いいかい、宝石って言うのはそこにあるだけで価値があるんだ。でも、その宝石は遠目から見栄えが良くても、近くで光を透かすと濁った宝石だったら?細かい傷が付いていたら?そこにあるだけで価値がある宝石に、価値がなくなってしまったら?君はどうする?」
青年は、甘い吐息を男の耳を舐めるように吐いた。
「ぐはっ!お、お前がなに、なにをいってる、ぐっ!のか、俺にはわか、わかんねえよ」
男は、腕も動かなくなり弱っているはずなのに、瞳から光は消えず青年を強く見据えている。
「分かんないかな?そこに置いておくだけで、何億も金を運んでくる宝石なんだ、近くで汚れて見えるのなら近づかせなければいい。どんな汚れがついても、綺麗になるまで磨けばいい。細かい傷があるのなら、目視できないぐらいの強い光で、輝かせればいい。それが、この国の宝石なんだよ」
青年は、美しく整った顔が歪になるほどの、恐ろしい笑顔を男に向けていた。
「あぁ……そう、みた、いだな。はぁはぁ、だかお前は終わ、りだ。ここに、もうひとり、グハ!」
男は、吐血すると青年の服に血が飛び散った。
しかし青年は、男の発言にも血に染まった証拠でしかない血がついても微塵の動揺もしなかった。
「まだわからないの?僕はこの国の宝石なんだよ。これからは、遠い天国で光り輝く僕のことを見ていてよ」
青年が、腹部からナイフを引き抜くと男は崩れ落ちるように倒れた。
「がは!ぐぁぁ……」
男は、その場ですぐに倒れ、出血が止まらない腹部を抑えた。
しかし、抑え込めるほどの力が入らず、ただ手を添えているだけになっていた。
「じゃあね。ほら、いくよ令子」
青年は、男の後ろにいる誰かに声をかけた。
男は誰を呼んでいたのかすぐに気がつき、後ろにいる怯えていた女性を守ろうと青年を見据えながら女性との間に入った。
「こ、この、ひ、だけは、にが、してくれ」
男の声に力はなく、瞳の光も弱くなっていた。
「君は……本当に可哀想な人間だよ。宝石は、時に色を変えるんだよ。とくに、暗いところでは近づいても価値がわからないほどね」
「な、なにを……」
「お巡りさん!このシャツありがとね」
「!?」
声の方へ振り返ると、怯え泣き叫んでいた女が笑顔で男の肩を優しく撫でていた。
そして男は、凛とした透き通った肌のこの女も見覚えがあると薄れていく意識の中で気がついた。
しかし、血が抜け続けているせいで頭は回らず、目も動かなくなり確認することはできなかった。
男はもう分かっていた。自分は助からないと、このまま死ぬんだと。だけど、この建物には自分の同僚が来ていることを知っている為、どこかホッとしていた。自分が死んでもコイツだけでも捕まえる事ができれば、この死も無駄ではないと思ったからだ。
しかし、その希望もすぐに打ち砕かれた。
薄れ掛かる視線の先には、青年と楽しそうに話している男が見えた。
その男は、自分と同じような防刃チョッキを纏い、目印でもある光り輝くバッチをつけた帽子を被っていた。
そして、徐々に視力は落ち目の前は真っ暗になった。
唯一まだ機能している耳に入ったのは……
「実さん、血だらけじゃないですか!はぁ……もう、証拠隠滅するの大変なんだから、あんまり無理しないでくださいよ」
「あはは。ごめんね、隆二。でもこれで、僕達の近くにいる人間は居なくなったよ。これで何も気にする事なく、宝石は輝く事ができるよ」
「本当にコイツには苦労させられましたからね。あ、そうだ今度アイドルのみゆきちゃんを紹介してください!ファンなんですよね」
「あぁ、いいとも。この数年頑張ってくれたからね。じゃあ、帰ろうか」
遠く離れていく足跡だけが、男の耳に残った……
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