誰にも言えない懐中恋慕
K-enterprise
少年の本懐
じいちゃんへ。
本当はちゃんと会って話すべきなんだと思うけど、オレもじいちゃんも短気だし、ひょっとしたらケンカになっちゃうかもしれないから、だからごめん。手紙で話させてほしい。
もし途中で、もう読めないってなったら、この手紙を破って捨てていいからね。
そしたらさ、もう会えないかもしれないけど、それだけオレも真剣だってことを最初に知っていてほしい。
でも、手紙を書くなんて初めてで、どう書いていいかわからない。字もヘタだし漢字も調べながらなので、読みづらいと思うけど、そこはごめん。
オレの事を話す前に、じいちゃんのこと、いろんな人に聞いた。
なんであんなに“黒エルフ”のことが嫌いなのか、オレなりにわかった気がする。
もちろん、全部知ったわけじゃないから、じいちゃんは不満だろうけど、でもじいちゃんが教えてくれないのも悪いと思う。そりゃ言いたくないこともあるだろうけど。
学校の授業や、ネットやテレビなんかだとさ「昔のことは忘れよう」とか「黒エルフにも人権がある」って感覚が当たり前でさ、オレもそう思ってたから、じいちゃんの気持ちがよくわからなかった。
でも実際はさ、まだまだ差別は続いてるんだ。みんな口では平等とか言うけど、たくさんの人が“黒エルフ”を悪く言ってる。
じいちゃんみたいに。
ホント言うと、今でもじいちゃんの気持ちはわからないし、わかりたいとも思わない。
でも、どうしてもオレがいま何を思ってるのか知ってほしくて、そのためには、じいちゃんの事を知るべきだって言われて、けっこう勉強したんだ。
今から38年前、地球は宇宙人に攻め込まれた。
宇宙人はその外見的な特徴(耳が長い)から“エルフ”と呼ばれた。
生まれた星に似た地球を手に入れるのが目的だった。
圧倒的な科学力の差で、多くの都市が攻撃され、地球は負ける寸前までいった。
でも“エルフ”の中にもいい人がいて“エルフ”同士でケンカになった。
地球人に味方する“エルフ”は増え、地球人に武器と技術を与えてくれて、一緒に戦ってくれた。
地球を攻めることをやめない“エルフ”は“黒エルフ”って呼ばるようになって、戦いは激しくなった。
じいちゃんが戦争に行ったのはこのころだよね?
優秀なUFOパイロットだったって聞いたよ。
優秀ってことはさ、じいちゃんもたくさんの“黒エルフ”を倒したってことだよね。だからさ、オレはどっちもどっちって思っちゃうんだ。
だって、結局はさ、戦争開始から10年後に地球人が勝って“黒エルフ”たちは逃げ出した。
地球人は“エルフ”と一緒に地球で暮らすようになって、逃げられなかった“黒エルフ”は収容所に送られて、大変な暮らしをしたって聞いた。
確かに攻めてきたのは“エルフ”だけど、今の生活があるのも“エルフ”の科学力があるおかげだよね?
そりゃあ、じいちゃんはあんな山奥に一人で暮らしてさ、便利でもなんでもない暮らしをしてるからわかんないだろうけど。
まあ、そんな生活がいいとか悪いとかだけじゃなく、起きた事は戻せない。
だからみんな一緒に進んで行こうって思ってたんだ。
それに取り残された“黒エルフ”の多くは、実際に攻めることを決めた人たちじゃない、ただの兵隊だった。
みんなそんなこと知ってるはずなのに、戦争終了後50万人くらいいた“黒エルフ”は、今じゃ5万人。
おかしいよね。地球人や“エルフ”は戦後28年で戦前を上回る人口になってるのに“黒エルフ”は減り続けた。
それは“黒エルフ”だけに適用された『結婚禁止法』だけじゃなく、実際に迫害し続けられたからだよね? 一族郎党? お前らやお前らの親のせいでって、今でも風当たりは強いんだ。
じいちゃんみたいな人は田舎だけかと思ってたけど、こっちでも多いんだってことを知ったんだ。
オレの話をするよ。
オレの通う中学校に“黒エルフ”が転入してきたんだ。
名前は『ミルシャ』っていう、普通の“エルフ”だよ。
外見もさ、中身も他の“エルフ”と変わらないのに、彼女の首筋に見える識別コードだけが“黒エルフ”の証明だった。
それまで知識としては知ってたけど、実際に見たのは初めてだった。
なんだ、何も変わらねぇじゃん。
そう思ったし、周りの反応もそうだった。
先生も「みんな仲良くね」って笑ってたし、クラスには他にも“エルフ”がいたし、なんとも思わなかったんだ。
いや、なんとも思わなかったのはうそ。
恥ずかしいんだけどさ、可愛かったから少しだけ気になった。
もちろん“黒エルフ”の『結婚禁止法』ってのは知ってた。
同族以外との結婚ができないのと、同族同士でも産んでいい子供は一人だけってやつ。
でもそんな知識なんて自分に関係するなんて思わないだろ?
ことあるごとに、ああ、この子とは結婚できないんだ、って思うようになったのは、ミルシャのことを意識してたからなんだけどさ。
先に言っておくと、オレは彼女のことを好きになった。
もちろん、誰にも言えない恋だってわかってる。
でも、彼女は普通で、性格だっていいし、笑うと可愛いし、オレはどんどん好きになったけど、それは誰にも言えなかった。
先生にも、友達にも、そしてミルシャにも言われたよ。
オレって単純だから、思ってることが顔に出るんだって言われたんだ。
想いを育ててはいけないってさ。
好きになってからじゃ遅いってさ。
うん。本当に遅かった。
そんなつもりなかったのに、いつのまにか好きになってたんだ。
どうしょうもなかったんだよ。
ミルシャはさ、いじめられてたんだよ。
他の“エルフ”にも地球人にも、先生にもさ。
オレ、バカだから、ミルシャはオレの前でだけ笑うからさ、舞い上がって、周りが見えてなかったんだ。
だって、みんな口に出して言うんだぜ? 人権大事とか差別やめようって。
なのに陰ではすごいこと言うんだよ。
一度はっきり聞いたのは「あんたなんか人間じゃない」って“エルフ”の一人がミルシャに暴力を振るった時でさ、オレもカッとなって止めに入ったんだけど「なんで地球人がコイツの味方すんの? こいつらのせいで私たちもつらい思いしてる!」って泣いてさ、オレも何がなんだかわからなくて、ミルシャの手を引いて逃げ出したんだ。
それからミルシャにいろんなこと聞いたよ。
これまでの生活のこと。
生まれてから15年の間、ずっと裏では責められていたこと。
ミルシャはさ、話をしてるとき、ずっと、ちょっと困ったような悲しそうな、それでも笑顔でさ、しょうがないよって言うんだよ。
オレは聞きながら、知らなかったことばかりで、ミルシャに申し訳なくて、バカみたいにずっと泣きながら聞いてた。
ミルシャは最後に両親の話をしてくれた。
普通に街を歩いているときに、酔っぱらった地球人に殴られて、死んだんだって。
さすがに周りの人が止めにはいってミルシャだけは助かったけど、その酔っぱらいはずっと「お前たちのせいで!」って泣きながら殴ってたんだって。
「きっと戦争で大事な人を失ったんだと思う。あの人にとって戦争はまだ終わってなくて、だからお父さんとお母さんは死んだんだ」
ミルシャはそう言ったときだけ、涙を流したよ。
その犯人は捕まったけど、その後どうなったかわからないし、ミルシャも知りたくないって言ってた。
悔しいけど、恨みを晴らすことは戦争を続けることと同じになっちゃうからって、だからしょうがないよって、笑うんだ。
オレはさ、ずっとゴメンゴメンって泣いてさ、オレのじいちゃんも“黒エルフ”を嫌っててゴメンって話もしたんだ。
そしたらミルシャはさ、こう言ったんだ。
「おじいさんは今でも“黒エルフ”を殺してる? そうじゃないでしょ? なら、私と同じ。必死でそれを抑えているの。でも思うのはしょうがないよ。誰を好きになるのも、誰を嫌いになるのも、その人の自由なんだから」
オレはさ、あんな頑固じじいとミルシャが同じなんて思えなかったから、違う、ミルシャとじいちゃんは違うってまた泣いてさ、ミルシャはずっとオレの頭を撫でてくれたんだ。
「嫌いと言ってもダメ、好きと言ってもダメ、なんだか生きづらいよね」
ミルシャはそう言って笑うんだ。
だから言ったよ。
「ミルシャのこと好きだ」って。
他の誰もみんな、差別すんなっていうくせに“黒エルフ”を嫌うなら、オレだけはずっと言ってやるって。
オレ、本気だったんだよ。
バカだけどいろいろ考えて、でも好きになっちゃったんだから、しょうがないだろ。
ミルシャは驚いた顔をしたあと「ありがと」とだけ言ったんだ。
それっきりミルシャには会ってない。
同級生と問題を起こした彼女は、収容所に入れられたんだ。
先生にも、友達にも、親父にも言われたよ。
忘れろって。最初から出会ってなかった。そう思えってさ。
なあ、じいちゃん。
まだ“黒エルフ”のこと嫌いか?
じいちゃんにとっての戦争は終わってないか?
それは、大事な人を失ったからだよな。
ならさ、オレだって戦っていいよな?
じいちゃんが誰かのために戦ったように、オレも大事な人のために戦う。
そう思ったらさ、じいちゃんのこと、少しだけわかった気がしてさ、だからこんな手紙を書いたんだ。
しょうもない孫だったけど、いままでありがとう。
じゃあね。
順也
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