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Nora
01話.[それなら戻す?]
「
体を起こしてから目を開けると部屋内に父がいた。
こういうことはあまりないから眠気は一気にどこかにいってくれた。
「もう七時半だぞ」
「そうか、起こしてくれてありがとう」
中学と違って八時半までに登校すればいい高校でよかった。
もしそうでなければ朝から走る羽目になってひとりだけ大量の汗をかいてからのスタートとなっていたから。
朝飯は食べないとしても顔を洗ったりはしなければならないから洗面所に直行、必要なことを終えたらそれでもすぐに出た。
「はぁ、夜更かしなんかしなければよかった」
陽の光が分かりやすくこちらのなにかを削っていく。
いい点は晴れだと暖かくてやる気が出るということだ。
なるべく外にいたい、でも、学校に着いたら当然そんなことはできないわけで。
「おはよう」
「おはようございます、戸坂先生はいつも早いですね」
「俺は静かな教室が好きなんだよ、貫井もそうだろ?」
「俺はどっちでもいいですよ」
ひとりでいても面倒くさい絡み方をされるわけでもないし、賑やかな空間の方が考え事が捗るから歓迎できる、静かなら静かで同じようにできるから全く構わない。
「おはよう、
彼女は頭を少し下げただけで答えることはしなかった。
先生も最初からそれを分かっているのか「元気ならそれでいい」とか言って終わらせている。
「貫井と戎谷がいつも早いな、いいことだ」
「なるべく早い時間に着いておきたいんですよ」
逆に俺と彼女以外が遅かった。
俺よりしっかりしていそうな人間も結構ぎりぎりの時間に登校してくる。
まあ別に間に合えばいいわけだから本当ならその方がいいのかもしれない。
早い時間に登校したからといって勉強をしているというわけでもないし、教室でぼうっとしているぐらいなら落ち着ける家でゆっくり休んでいた方がいいと考える人間の気持ちも分かるのだ。
「戎谷」
突っ伏しているところを悪いが話しかけさせてもらう。
彼女は無視をすることはなくこちらを見上げてきたため、言いたいことを言わせてもらった。
「ありがとな、安心できたわ」
頷いてからまた突っ伏してしまったから自分も椅子に座ってゆっくりすることに。
意外とふたりだけになるときがあって話しかけさせてもらうことが多かった。
そのほとんどが課題の答えを見せてもらうためにだが、断られたことはこれまで一度もない。
怖いからなのか、ただ警戒されていないのか、本当のところは分からないままだ。
他のクラスメイトが話しかけているところは提出物の回収とかそういうときでないと見られないため、声を聞けたこともないしな。
「ぐがー……はっ!? 静かすぎるのも問題だな」
「まだ時間はありますから寝ればいいんじゃないですか」
「そういうわけにもいかない、それに生徒に挨拶をしたいんだ」
ずっと一緒にいられるわけではないからか、元気かどうかを確認したいというのもあるのだろう。
先生はこのクラスだけではなく他のクラスの生徒からも結構好かれているからうざがられることはないだろうが、休めるときは休んでおくべきだ。
担任もやって、授業もやって、放課後になったら部活の顧問もと忙しすぎる。
自分が選んだ仕事だからと言われたらそれで終わってしまうがな。
「おはよう!」
しっかしただ話せるというだけで嬉しそうな顔をするものだ。
俺もこういう風に笑っていたりしたら誰かに好いてもらえるかもしれないなんて考えて、ありえないかと切り捨てる。
まあ俺はこれからも早めに登校をして、戎谷と少しだけでも会話みたいなものができればそれでよかった。
相手からしたら迷惑だろうが、実は彼女のことを気に入っていた。
「あー、また戎谷さんに負けた」
あの女子は毎日毎日あんなことを言っている、そしてその割には次に活かさないという連続だ。
一日ぐらいはもっと早めに登校してくればいいとは思いつつも、相手が彼女だからこその接し方なのではないかと考えてみた。
「なんなら貫井君にも負けたー」
「もう少し早く登校しないとな」
というか彼女と同性だということが羨ましい、同性だったらもっと何回も話しかけることができたのに、と。
同じクラスになった野郎に頻繁に話しかけられるよりは同性から話しかけられた方がマシだろう。
「ははは、昨日もこんなことを話したよね」
「だな、で、全く届いていないよな」
「うぐっ、早く起きるのが苦手なんだよー」
俺や彼女だって滅茶苦茶登校時間が早いというわけではない、着いたときには八時だから意識して行動すれば勝つことなんて簡単にできる。
だがこれだ、だからやっぱり勝ち負けではなくこの女子の狙いはそれで彼女に話しかけることなのだ。
「やるな」
「ん?」
「いや、まあ、明日は頑張れ」
「うんっ、明日こそ勝つよ!」
頑張れ、クラスメイトの女子よ。
俺の方は自分がなんか気持ちが悪いから登校時間をずらそうと決めたが。
とりあえず一週間ぐらいは意識して登校時間をずらしてみたのだが、やっぱり早めに登校した方が精神的によかった。
これは戎谷云々ではなくて自分の性質的に、と言うべきだろうか。
八時半が近づくと不安になる、でも、決めたことを守るためには続けるしかなかったから心休まる時間がなかった。
「お? 帰らなくていいのか?」
自分が帰るというのもあるが、戎谷は放課後になるとすぐに出ていくからこれは意外だった。
しかも俺の席の前に立っているから尚更そう言いたくなる。
少し怒っているようにも見えるそんな顔でこちらを見下ろしてきている彼女。
ただ、こうなっても直接話そうとしないところは彼女の面白いところだ。
『なんで最近は来るのが遅いの?』
「ああ、色々試しているんだ」
頷いたり、ジェスチャーだけで相手をされるよりはよっぽどいい、少し時間がかかるが一方的に話しかけているだけではないのもよかった。
「でも、やっぱり早めの時間に登校できる方がいいと分かったよ」
『それなら戻す?』
「まあ、続けても自分のためにはならないからな」
授業は好きでもその前に休める時間が欲しい。
直さないと面倒くさいことになると分かっていても、早く登校するだけでしっかり集中できるようになるならいいだろと開き直っている自分がいる。
それで出た答えは教室でなければならないとかそういう拘りはないわけだし、早く来て廊下とかで過ごせばいいのだ、ということだった。
『戸坂先生も気にしてる』
「なるほどな、あの人生徒が好きだもんな」
いきなり来なくなったら相手が俺でも気になるか。
しゃあない、それなら明日からは変えよう――ではなく、来週から変えよう。
明日は休日だから昼まで寝るのだ、起きたら……起きたらどうするか。
ゲームとか携帯とか本とかそういう時間をつぶす道具は持っていない。
「携帯ぐらい持っておけ」と父が何度も言ってきたが、もったいないからということで断った。
父ひとりで支えてくれているから子どもの俺なりに考えているのだ。
「じゃ、また月曜日にな」
『うん、またね』
とはいえこのまま帰ってもつまらないから適当に歩くことにした。
途中途中にある自動販売機に並べられている飲み物を羨ましく感じつつも我慢して歩いて行く。
「意外と表情が豊かなんだよな」
不安そうな顔をしたり、慌てたような顔になることが多いものの、意外と笑顔も多かった――じゃない、結構戎谷に意識を持っていかれていて困る。
こういう自分を直視することのないようにああしていたのに逆効果になったというわけか。
いやでも話せる程度なのにこれは気持ちが悪すぎだ、
「あ」
しかも何故か遭遇するし……。
彼女は慌てて鞄からノートを取り出して『こんなこともあるんだね』と。
一応言っておくと家を知っているわけではないから本当に偶然だった。
というか先程別れたのに彼女はなにをしているのか。
『貫井君のお家はあっちでしょ? もしかして誰かのお家に用があったの?』
「俺の家を知っているのか?」
『知ってるよ?』
え、なんで知っているのか、一度も教えたことなんてないのに。
まあ別に知られたところでデメリットはないからいいが。
「あ、俺は早く帰っても暇だから適当に歩いていたんだ、いまなら暖かいからな」
『そうなんだ』
「戎谷は早く家に帰っておけよ、じゃ、また来週な」
変に抑えようとすると余計に悪化することはこの一週間で分かった、分かったが、やはり彼女のためにもこうするしかない。
大体、一緒にいたところでなにかいい話をしてやれるとかそういうこともない。
そもそも頑なに紙での会話を続けられている時点で他と変わらないのだ。
だからこっちから動いてやるしかない。
『待って!』
「うわあ!?」
急に目の前に現れたことでかなり驚いた、こんなに大声を出したのは小学生のときが最後だったから恥ずかしい。
彼女がきっかけを作ったとはいえ、それを彼女に見られてしまったということも問題だと言える。
「そ、そういえば戎谷は足が速かったよな」
あのクラスメイトの女子がよく話していたからそんなことも知っている。
しかも声がでかいからなあ、聞こうとしていなくても勝手に入ってきてしまう。
興味を持っている相手の情報だからこそしっかり耳に入るというか……。
『私もやることがないから一緒に行ってもいい?』
「え、そろそろ帰ろうとしていたところだったんだけど」
前に暖かいからという理由で歩き続けて後悔したことがあった。
流石にそういう失敗からは直そうと努力ができるため、あともう少ししたら帰ろうとしているところだった。
もう風が強く吹いている中、歩きたくない、足を止めたら終わりという状態のまま歩きたくないのだ。
『そ、そっか、じゃあ……』
「おう、また来週な」
これで貴重なチャンスを自らの手で壊したことになる。
まあでも俺が動かないことがなによりも彼女のためになるのだから悪い話ではないと片付けて歩くことを再開したのだった。
「ただいまー……っと」
「酒を飲んできたのか」
「まあなー」
休みの日の前日はいつもこうだった、家ではなく店で飲んでくるから家で飲めばいいのにと言いたくなる。
家ではつまらないということなら好きにしてくれればいい、そこは親子といっても合わないこともあるだろうし。
「ふぅ、少し落ち着いてきたぜ」
「それはよかったよ」
暴れるということはなくてもなんとなく相手をしづらいからだ。
しかも酔っていると「好きな子はいないのか」とか「恋をした方がいいぞ」とか自分ひとりだけではどうしようもないことを言ってくるからだった。
「そういえばな、母ちゃんに似ている女性がいたんだ、だからついつい話しかけそうになったよ」
「怖い人間だ」
「いいだろ、そうなる前に止めたんだから」
母が大好きな人間だから再婚とはならないまま時間だけが経過していく。
「ふぅ、だけど宗典がいてくれているからなんとかなっているんだ」
「そうか」
「それがなかったら俺はどうしていたんだろうな」
そんなの簡単だ、今日みたいに酒を飲んで過ごしていた。
会社仲間を誘ったりして楽しくやっていたことだろう。
だって俺がいないということは母と結婚もしていないわけだからそういうことになる……よな。
「ただ、父としては好きな子のひとりだけでも連れてきてくれたらありがたいけど」
「結局それになるのかよ……」
「当たり前だ、死ぬ前に子どもが見たいだろうが」
「まだまだ先の話だよ」
どれだけ短い命で終わるつもりだよとツッコミたくなる。
少なくとも俺が五十になるまでは生きていてほしい、あ、子どもの方は十パーセントぐらいの期待でいてほしいが。
「じゃ、部屋に戻るから」
「待て、誰か気になる子とかいないのかよ?」
「いないな、それにさっきも言ったようにひとりじゃどうしようもないんだよ」
「そんなこと言ってたか?」
「事実だろ、だからあんまり期待しないでくれ」
いまが昔で俺が超いい場所のお坊ちゃんとかだったら仕方がないのかもだが、そんなことはないのだからゆっくり自由にやらせてほしい。
というかそういうつもりで動くようになったら気持ちが悪いよ、現在思考系でなりかけているのに怖すぎる。
「連絡先を交換できていなくてよかった」
本人が、周りが俺の邪魔をしてくるから気をつけているのに足りない気がしてくるのだ。
情けないことを言っているのは分かっているがこれも全て戎谷のため、そのためなら俺は頑張れるぞ。
「なるほど、父には恥ずかしくて言えないけど気になる子がいるんだな」
「いないよ、いまのは友達がいなくてよかったという話だ」
連絡先を交換していたらひとりでゆっくりしたいときでも連絡がきて出なければならなくなるかもしれない、普段のあれはひとりで過ごすために外に出ているだけで誰かと過ごすためではないのだ。
「つか、携帯はないだろ」
「確かに」
じゃあこれは携帯を持っていた場合の話ということにしておこう。
もっとも、携帯を持っていようが持っていなかろうが同じような結果になっていただろうが。
「マジでこれからのために契約しておこうぜ? その子とデートとなった際に困るだろうからさ」
「いやいい、だって課金とかをしていなくても五千円とかなんだろ?」
「まあ、機種代にプラン代も加わるからな、プラン次第ではもっと高いな」
「じゃあ契約するわけがないだろ」
これでも俺なりにいかに金を使わせないようにするかと考えているのだ。
これもまた周り、というか、直接親に邪魔されそうになっているのが寂しい。
普通なら数千円でも使わずに済むなら喜ぶところだろ。
「ほら、風呂に入って寝ろよ」
「おーう」
実はもう結構いい時間だから電気を消して寝てしまうことにする。
明日はまだ日曜日だが、だからといって夜更かしをしたところでこの前みたいになるのがオチだから。
で、朝まで寝て、父を起こすのは違うから飯も食わずにひとり外に出た。
春だろうが夏だろうが秋だろうが冬だろうが、休日はこうして過ごすようにしているからやけになったわけではない。
暑さにも寒さにもそれなりに耐性があるし、風邪を引くことも三年に一度ぐらいしかないからいつでも楽しめる。
「戎谷、おはよう」
約束をしているわけでもないのに日曜の朝はこうして集まって話していた。
彼女は『おはよう』と早速紙に書いて返してきたが、こうしてノートを持っているのはそこからきている。
「そういえばこれだと月曜日になと言ったのは間違いだよな」
『ははは、確かにそうだね』
「もう三ヶ月ぐらいこうしているもんなー」
……もう三ヶ月ぐらいこうしているのに依然として声を聞かせてくれないのは何故なのか……。
もしかしたら俺が怖いから無理やり合わせているだけ……なんて可能性もゼロではないのかもしれない。
『急だけど、貫井君はお祭りにひとりで行けなくて困っているときに連れて行ってくれたよね』
「あれだってエゴみたいなものだけどな」
たまたま進んだり止まったりを繰り返している彼女と遭遇したからだった。
しかも制服を着ていたからなんとかなっただけで、そうでなかったら俺は気づかなかったふりをしてひとりで行っていた。
「でも、ひとりで行ったってなにも悪いことじゃないだろ? なにをそんなに気にしていたんだ?」
『お祭りに来ている他の子達はご家族とかお友達と一緒だったからだよ』
「気にするなよ、俺なんて小学生の頃からひとりだぞ」
『貫井君は強いね』
「強さとか関係ない、ひとりだけでの来場は禁止なんてルールはないんだから堂々としておけばいいんだよ」
周りはどうせこっちになんか意識を向けていない。
自分の食べたい食べ物を食べて、花火がある祭りなら花火を見て帰ればいい。
寂しさを感じたのであれば会場に残ってもいいし、この前の俺みたいに少し歩くのもいいだろうが、それはあくまで男子だからできることかと片付けたのだった。
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