16.勇者達のその後⑤

「ここの村のメシは正直不味いが、これも山を越えるための準備。残すわけにはいかないな」


ダンが大盛りの昼食に文句をつけながらがっついている。


「ご飯も悪いけど、ベッドが固くて辛いわ。なかなか体の調子が戻らないんですけど」


アスカは体を休めるためと言い、食事の時間以外はずっと横になってゴロゴロしている。


「ちげぇねぇ。こんなんじゃ腹の傷も治りゃしねぇぜ」


腹の傷のせいであまり食事ができない俺は、食事の代わりに酒を飲んでいる。


「あ、あの……」


俺たちの客室に村長がやってきた。


「なんだ村長? 頼んでた追加の酒を持ってきたのか?」


俺が上機嫌で聴くと、村長が言いにくそうにしながらも、


「ゆ、勇者様、村周辺の警備は……いつ頃から……」


なんだそのことか。


「おいおい、俺様たちの怪我が見えねぇのか?」


俺は自分の腹の傷やアスカの顔の包帯をこれ見よがしに晒した。


「そ、それは存じているのですが……勇者様がいらっしゃってから一週間。一度も村の警備に出ず、村の食糧庫から食材や酒類を持ち出されていっしゃるので……」

「おい村長……てめぇ誰に口聞いてんだ? 俺様はルブル王国最強戦力、勇者カナタ様だぞ?」


生意気なことを言ってくる村長についイラっとした俺は、権力を振りかざして村長を脅した。


「そうだぞ! 我々が一日でも早く復帰できるよう、貴様らが援助するんだ」

「あんまり私たち舐めてると……領主にチクるわよ?」


後から二人も調子良く続いた。


「あ、いや、その……」


村長は狼狽えながら謝罪の言葉を吐き、そそくさと客室から出て行った。


ったく、農民の分際で俺たちに意見してきやがるとは。


本当に権力で潰してやろうかと思ったが、よく考えたらもうそんなことはできないと気付く。


「ちっ、そろそろ潮時か」


俺たちがヒミス村に来て一週間が経過した。


当初、一泊して体を休めたら出発する予定だったが、歓迎の席で引き止められ、傷も痛むことから滞在日数を引き延ばしていた。

その間、俺はこうして酒を飲みながら英気を養っていたが、それもそろそろ限界かもしれない。


どうやらこの村は自給自足ができておらず、定期的に町から物資を仕入れているらしい。

いつ俺たちの情報が入ってくるか分からない。

正直言ってもう少し休みたいところだが、明日の朝にでも動くか。


俺はそう思い、二人に準備するよう促すと、そのまま晩酌用の酒を取りに食糧庫へ向かった。


「な、なんじゃと……!?」


外へ出た俺に村長の叫び声が届いた。

声の方を見ると、村長と数人の男たちが立ち話をしている。


「おい、どうしたんだ?」


俺はなんの気なしに村長に声をかけた。


「……」


村長は無言で俺を睨んできた。

その隣には商人のような男。


……まさか!?


「お前たち! この男を捕らえろ!」

「くそ!」


俺は慌てて男たちと反対へ逃げようと……

して、自分の足につまづいた。

昼から酒を飲み過ぎたせいか。

咄嗟の動きに足がついてこなかった。


地面に倒れた俺を、村の男たちが押さえ込んでくる。


「おかしい思っておったのじゃ。こんなクズが勇者なわけがないと」

「お尋ね者の分際で騙しやがって!」

「覚悟しろよ!」


村長に続いて怒号をあげる男たち。


「くそ! 離しやがれ! 俺様を誰だと思ってんだ!」

「ただの犯罪者だろうが!」

「ブヘッ!」


抵抗する俺の顔に男の拳がめり込んだ。


そのまま数人にリンチに合う。


「うぐ……ごべんなざい……ゆるじて」


殴られる恐怖と痛みで、俺は泣きながらうずくまった。


「こいつと、あの部屋の連中を牢に閉じ込めておけ」


冷ややかな目で俺を見下していた村長がそう言った。


「ま、待ってくれ! 俺様は本当に勇者だぞ! 助けてくれ!」

「おら! 黙ってついてこい!」


手足を拘束された俺は、引きずられるように連行された。


くそ……くそっ……!


俺は心の中で何度も叫んだ。


この村の奴らも全員ブッ殺してやるゔゔううう!



――



「おら! さっさと入れ!」

「うお!」

「きゃあ!」


数人の男たちに連れられて、ダンとアスカが俺のいる牢に放り込まれた。

よく見ると二人とも暴行を受けた痕がある。


……いい気味だ。


「ここで大人しくしてるんだな!」


牢に鍵をかけた男たちは、中で横たわる俺たちを見下しながらそう言うと、外へ出ていった。


「だから言ったじゃん……急いでるのに何で休むのって。こんな村の歓迎なんて受けないで、すぐにでも山へ向かえばよかったと思うんですけど!」


アスカがグスグスと鼻をすすり、俺を睨みながら叫ぶ。


「ああ、いつまでも酒ばかり飲んでないで、さっさと村を出ればよかった。タイミングはいくらでもあったぞ」


ダンも俺を睨むように見ながらアスカに続いた。


「んだと……てめぇらよく言うぜ! 顔の傷が痛いから休みたいって言ってたのはどこのどいつだ!? そもそもこの村に滞在する羽目になったは誰が見つかったからだ!? 毎回毎回俺様の足を引っ張りやがって!」

「なんだとぉ! 王都での件がバレていないのをいいことに、ここで休むのを決めたのは勇者だぞ!」

「そうよ! こんな田舎には俺たちの情報は届かないとか言って、いつまでも滞在を引き延ばしてたのは勇者なんですけど!」


くそ!

自分のことを棚に上げやがって!

てめぇらがいなければ、そもそもこんなことにはならなかったんだ!


俺たちはしばらくの間、互いに互いを罵り合った。


「騒がしい奴らじゃ。さすがは勇者を騙る不届き者じゃな」


そこへやって来たのはこの村の村長だ。


「てめぇ! いい加減この縄を解きやがれ! 俺様は本当に勇者だ!」

「俺は人々を守って来たルブルの盾だぞ! こんなことをするなんて間違っている!」

「この二人はともかく、私は本当に民のために戦ってきたんですけど! 私だけでも助けてよ!」


俺たちを見る村長の顔がどんどん曇る。


「明日、ムルの町から定期巡回の騎士様たちがやってくる。そこでお前たちを引き渡す」

「な!?」


それだけ告げると、村長は俺たちの抗議を無視して外へ出て行った。


「くそ! どうすればいいんだ!? 何かいい方法はないか!?」


馬鹿な頭を必死で回そう焦り、簀巻き状態のダンは何故かずっと頭をブンブン回している。


「いやぁ! 死にたくない! 死にたくないよ!」


恐怖に怯えるアスカは泣き叫び、酷い顔になっている。


俺はそんな騒がしい馬鹿共を無視して考えた。


なんとかして俺だけでもここを脱出するんだ。

何かあるはずだ。

俺は選ばれし勇者。

こんなところで終わるはずがねぇ。


ふと牢の外を見ると、俺たちの装備が無造作に置かれていた。


俺は自分の聖剣と使えない仲間たちを交互に見回し……

口元を歪むのを慌てて隠した。


俺だけは……俺だけは必ず生き残ってみせる!

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