■(墓石記号)

九々理錬途

■ 冠省・上

 お元気そうで幸いです。貴女からのメール、受け取りました。

この返信をした後に、僕は最寄りの遮断機の無い場所から線路上に立ちます。

あなた方の文字が僕に線路に立つ決意をさせました。

あなた方はこれを今後の人生の教訓としてください。

あなた方自身が何度も放った言葉を他人の目線になってよくよく考えてください。

人は言葉で殺せます。

身をもって体験してください。

それでは。


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至った経緯は僕にとっては筆舌に尽くしがたいものがあるのだが、他者に取っては、特に彼女に取っては取るに足りない理由だっただろう。だからこの結果は予想もできなかっただろうし、しなかっただろう。する必要も無かっただろう。


そして、この事態そのものも彼女にとっては何とも思うことの無い出来事なのであろう。



僕はメールを送信した。

彼女に宛てて一通と親へ宛ててそれぞれ一通ずつの合計三通、同じ文面を送信した。

それから、小説サイトの投稿欄に携帯電話のメモ帳アプリに入力しておいた文面をコピーして貼り付けて、投稿ボタンを押した。

この作業を最後に携帯を充電器に繋げたまま部屋に置き、外へ出た。



そして諸共に全てが無になった。

僕は線路に立ち尽くしたまま、未明に運行する貨物列車の下敷きになった。

関係のない貨物列車の運転手には大変申し訳なく思ったし、関係のない電車会社にも申し訳ないと思っていた、それらの謝罪は、サイトに投稿した文章に記入をして置いた。本当に申し訳無いことをした。



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遡ると一年前くらいだったろうか。

僕と彼女が知り合ったのは、ただの偶然だった。

知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの友人だった彼女が、これまた、知り合いの知り合いの知り合いのツテで、僕の持っている今では貴重な骨董品扱いをされているゲームソフトを貸して欲しいとメールで連絡をしてきたのだ。

 

最初は誰かの悪戯か詐欺まがいのメールかと放置をしたのだが、今度は見覚えのない番号から、携帯に電話が来た。知らない番号であればまず疑うだろう。僕は出なかった。そもそもメールの文章では僕が該当する品物を所持していると断言しているが、誰に聞いたのだろうか。それとも、送信する人間全てに同様の文章を記入しているのだろうか。それを見てしまった後に、知らない番号からの着信である。怪しむなという方が無理だ。



しかし、その数時間後に風呂から出ると、実家の親兄弟から数十回に及ぶ不在着信があった。後々に記述するが、かなり僕にとってこの電話に出る行為はキツイのだ。歯を食いしばり、通話ボタンを押した。

まずは何故電話に出ないのかを責められた。

大半の内容はこれであった。

最後の最後についでの様に告げられた事実の方が大事であった。


僕の携帯電話の番号とキャリアメールのアドレスを、保育園か小学校の同級生を名乗る人物に教えたと言うのだ。


昔は保育園、小学校の卒業アルバムや文集などに全ての個人情報が記載されていて、保育園だか小学校だかの同級生だという人物からの電話を自宅の電話で受けた親は「同級生が同窓会をするのに連絡が来ないと困っている」「相手はこちらの電話番号を知っているのだから、こちらも教えるのが筋というものだ」「世話になった友達に失礼なことをするな」との理由から口頭で教えたのだという。


ちなみに世話になるという状況が何を指しているのかが分からない。

そして保育園だか小学校だかのアルバムを見て実家に電話をかけてきた人物に対し、何故僕の携帯電話の番号とキャリアメールのアドレスを教えるのが礼儀を通すことになっているのかが判らない。


同級生の氏名は聞いたが全く思い出せない。

そもそも同級生なのかどうかも良く分からない。




親は他人に対してのみ愛想が良い。

そんな訳で当然、件の小学校だか保育園だかの同級生から携帯に何度も着信が来るようになった。何かの勧誘だろうなと思いつつ僕は通話ボタンを押せないでいた。


それには事情がある。僕はその頃、私生活では親兄弟、職場では上司からの電話による罵詈雑言と自分が暇だと言う理由での深夜に及ぶ長時間の電話対応を強いられることに辟易しており、心療内科の医師に「電話恐怖症」と診断されていたのだ。


しかし当然ながら、親兄弟はそのような事情を汲んでくれる筈も無く、上司及び会社も汲んでくれる筈もなく、……汲んでくれる様な人達や集団であれば、僕はそもそも「電話恐怖症」などになっていないのだ。


しかし、「連絡事項がある場合はどうするつもりだ」「電話ができないと言うが、医者の予約はしているじゃないか」「携帯電話を解約していないのだからそんな嘘は通用しない」「医者は金さえ出せば大袈裟に診断書を書く」「罵詈雑言の証拠はあるのか?」「電話が来たら出るのが礼儀だ、出る方は金がかからないのだから」「その病院は患者を薬漬けにすると有名なヤブ医者だ」「たかが電話で何を言い出すのか」「恐怖症だと言うのなら克服するために手伝ってやる」等の反論により、「電話恐怖症」の診断書を見せることで理解を得ようとした行為が仇となり、更に追い詰められるに至っていた真っ最中だったのだ。


心療内科では「対人恐怖症」との見解もあるので診断書を出すと言われたが、事態を悪化させるだけの診断書は不要であると告げた。僕は医師が患者を前に涙を浮かべるのを初めて見た。生きて自分に出会ってくれてありがとう、と医師は言った。僕は答えられなかった。本当は生きていたく無かったからだ。


また辞職を決意し対面での手続きを進めている最中でもあり、上司及び会社には「診断書を医師に書いて貰い、それを盾に調子に乗っている平社員」と認識されていた為、毎日が地獄の様であったのだ。



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しかし、僕が電話に出ないと実家へ再度連絡があり、それに激昂した親が僕に電話をして来るというループが繰り返された。

当然の様に親は罵声を浴びせてきた。

もう疲れていた僕は、とうとう同級生だかなんだかよく判らない知り合いからの何度目かの着信に通話ボタンを押してしまったのだ。そうするしか方法がなかったので本当に仕方が無かった。


余談になるが、親からの着信を放置するとどうなるか。書き出してみようか。


僕が出るまで数分置きの着信を繰り返す。

携帯電話の不在着信履歴は毎度百件近い、履歴は埋め尽くされる。


何時間同じことをしていたのか想像するだけで恐怖である。

それでも電話に出ないのであればアパートへ来るか会社や診療内科の前で待ち伏せをする。

そこまでして何を伝えたいのか。

大抵の人間は心配しているだとか、寂しくて会いたいのだろうとか言う所であろう。


しかし実際は全く違うのだ。


「今、何をしているのか聞いてやろうと電話をしてやった」

「暇だろうから電話をしてやった」

「休みに出かける友達もいないお前を可哀想だと思って電話をしてやった」

「近くを通りかかったので電話をしてやった」

「似ている車とすれ違ったので電話をしてやった」


本当に本気でこれらの理由で、百件近い着信攻撃を行うのである。

こちらが体調を崩し寝ていようが、早朝だろうが深夜だろうが、仕事中であろうが、運転中であろうが、病院で診察を受けていようが、お構い無しである。


電源を切っておく、マナーモードにしておくなどの対策を講じた場合、激昂度は爆上がりする。


親族知り合いに電話をし、僕が出ないことを訴え、電話をさせるように伝えてくれと頼むのだ。

ここまでする必要がどこにあるのかと思うが、単純に自分の方が偉く、身分が上部に位置しているにもかかわらず、下民である僕が、呼んでも返事をしない状況に耐え難い屈辱を感じるのでは無いだろうか。もしくは、追い詰める、逃げ場を塞ぐという行為に快感を得ているのかもしれない。


メールにしてくれと伝えた所、使い方が分からない、お前がやれと言ったんだ、教え方が悪い、と言う理由で、また百件マラソン着信が始まった経緯もあり、これ以上もう何もできうる対策が僕には思いつかなかった。何もせず相手が飽きるまで蹴られている方がまあ、マシだという結論に達したのだ。


視野が狭い、世界を知らない等、世間では良く言われるが、好き嫌いを選択し、選ぶことに舵を切ることができるのは強者であり、する側の言い分であると思うのだ。される側の人間の気持ちはまず一生理解することは無いだろう。


する側がされる側に、万が一にでもなってしまった時、その時に理解をするかというとそれも無いと思うのだ。その時は自分を守るのに全力を尽くし、する側に回ろうと試行錯誤するだけで、過去に蹴った人間の心情など思い出しもしないと思う。


そしてそれよりも絶大に大きいのは金の力である。金で買えないものを守るためには金が必要である。

何もせずとも、金が尽きること無く毎月余る程度に貰うことができるのならば、僕は日本各地をひと月程度ごとに転々とし、一つの土地になど住居を構えない。親兄弟とは二度と会わない様に、金の力で逃げ果せてやる。


今後、ここだという機会が巡って来たら自死をする計画を立てているが、死したのち、死んでも墓に入りたくない。そもそも墓を立てて名前を刻まれ、更にいつか親族と隣同士で永久に葬られるなど恐怖でしかない。


自身の名前ですら恐怖の対象なのだ。まず出産に至るまでにどれくらい金がかかったか、次に出産費用、名前をつける事態において、占い師だか鑑定士だかに字画やら縁起の良し悪しを頼んだ費用、養育費、教育費、自分の家に住まわせてやっていた家賃、合計で数千万かかったので返済をしろと成人したと同時に恫喝され、それから言い続けられているのだ。


常々思うのだが、言いたいことをはっきり言えるのは何かしらの成功者、もしくは金に困らない人間であると思う。

申し訳ないとは思うが、殺す側と殺される側に人間は振り分けられる、と僕は思う。物理的な殺人の話では無い。精神的、性格的にだ。殺すのは息の根を止める物理的な物ではなく、心というやつを粉々に壊し殺すのである。


生まれながらに背負う業の中に含まれているのでは無いかと思うのだ。


その辺りを題材にしたアニメや漫画、ドラマ、映画は良くヒット作となるが、実際に自らに落とし込んで考えたりはしないのだ。特に殺す側の人間は。だってフィクションだもので終了するか、何故か被害を受けている、される側に自分を重ねるのである。


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そんな経緯を踏んで、結局僕は彼女と電子メールで繋がることになった。

彼女は最初の返信で自分の住所とツイッターだとかフェイスブックだとかラインだとか、後は何だか不明のアドレスやらIDやらを記載しメールを送信してきた。


段階を踏もう。

まずは一通目は自宅だという住所と名前が記載された本文だ。

住所の記載の前文には、もしも手に入ったらここに送ってね!と顔文字やら絵文字やら、小文字が乱用された文面で書かれていた。化粧品の限定セットだとか限定品の香水だとかバックだとかの画像と正式な商品名とネットで買う際の商品番号までを細かく記載してあった。確かクリスマス商戦の時期だったと記憶している。

ハッキリ言うが、もしもなどという理由で手に入る機会がある訳が無い代物しか並んでいない。値段も数万円のものばかりだった。


返信画面にしたものの、僕は全く何を記載すれば良いのか判らず途方に暮れた。

知り合いでも無い人間だからこその内容なのだろうか。同い年であると、全く記憶に無い保育園だか小学校だかの同級生だと名乗る人物は言っていた、と思う。


その間に続けて二通目のメールが受信された。

ツイッター、フェイスブック、等々のアドレスやらIDやらが記載された内容だった。フォローをしてだとか、そっちもIDとアドレスを教えてだとか書かれているが、僕はその、ソーシャル・ネットワーキング・システムというものに対して、生活環境から恐怖しか無く、登録もしていないのでその旨を伝えた。


彼女は「みんなしている普通のことを何故しないのか」「嘘をついているのでは無いのか」と返信をしてきた。実際の文章はもっと酷いものだが要約するとそう言う内容であった。


理由を問われても、恐怖であるとしか答えられない。

そして画像を大量に添付したが、見れているかと尋ねて来た。例の化粧品やらバックやら香水やらの画像のことだ。


多分だが、本気で貢げという意味だったのだろう。

こちらが本気にすれば、冗談だったというだろうし、冗談だろうと話題として触れなければ、現在の様に追撃をするつもりでいたのだろう。

物を貢がせる常習犯の手順そのものである。


案の定、翌日には抗議の文面が届いた。

僕が普段使用する文字の羅列とまるで異なっているので、真似をするもの中々苦しいのだが、記憶にある内容が冒頭のみで、こんな感じであった


「いわないでおこうかなぁ〜って思ったんだけど〜、

フツーってゆうか、りおちゃんの周りの人とかは、

イベントとかってフツーに大事にするし

自分みたいに無視的な?そうゆうことは

しないのが基本になってるんだけど?

人の心とかが判っていないってゆうか、

おかしいとか自分で思ったりしなかったりする?

あのさぁ、画面の向こうには、

人が、いるって、ゆうことを、忘れないでくれる?

ジョーしきだよね。

人をきづつけてたのしい?チョットきをつけたほおがいいんじゃない?

りおちゃんだから、許してあげるけど、

社会に出たら、通よおしないから」



ちなみに「りお」と言うのが彼女の名前の頭をとった愛称なのだそうだ。

しかも結論を暈して、貢げと明確に記載しないが、そうと取れる言い回しをしてくる。


そして読めないのだ。


確かに僕はメールで文章を送信し合う、時代から遅れたやり取りしか出来ない。

世界はどんどん進んでいるのだから、僕に判らない表現が流行の最先端である可能性は高い。だが、後半は本当に読むことが困難で、思い出すことすら出来無い。現代社会は驚くほどの進化を遂げていたのだ。しかし僕はできれば立ち止まったままでいたい。


しかし、ゲームを貸してくれという最初の目的にはまるで触れていないのは何故なのだろうか。化粧品や香水、クリスマスや正月の話題で誰かと話をしたいのならば、それこそSNSで書きたいだけ書いていたら良いのでは無いかと思う。

それから随分沢山の取り巻きがいらっしゃる様子なので、そちらと仲良くしていれば良いのだと思うのだ。


キャリアメールでのやり取りは温かみが無いだとか、人としてリアルに繋がる感覚がないとか、それならば止めて欲しいのだ。

何故、知り合いの知り合いの知り合いの知り合いを辿って、わざわざ僕に連絡を取ろうとしたのだろうか。


僕は電子メールで、彼女にゲームソフトを郵送するので受け取って欲しいと記載して送信した。送料は僕が払うこと、返却はしなくて良いこと、金銭を要求するつもりはないことをしっかりと記載した。


しかし彼女は僕と会って受け取るのだと返信してきた。

僕は通話をするのも本当に困難な状態なのだと言うことを伝え、誰かに会っても上手く話せないから止めて欲しいと彼女にメールで伝えた。



■不一

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