第6話 簡単に友達とか言ってんじゃねえよ‼︎
望夢は笑顔だ。悦に入っている。周りのことなど視界に入っていない。
望夢がいるのは女子更衣室の扉の前。その扉を少し開けて隙間を作り、双眼鏡で中をのぞいている。
開始したのは朝学活が終わってすぐだった。号令の合図でお辞儀もせずに教室を一番に飛び出し、ここ、一階の女子更衣室の前にやってきた。一時限目から保健体育のクラスの女子たちが着替えているのを観察しているのだ。「いいね、イイねー」などと言いながら。
そんな望夢に、瞳は掴みかかり、思いっきり投げ飛ばした!
「ぐはっ!」望夢は背中を強く打った。
いって〜と背中をさすりながら上半身を起こすと、壁時計が見えた。
「八時四十一分?よっしゃ!三分ものぞいてたぜ!新記録!」
「なに言ってんのよ!ほら。鼻血」
瞳は望夢に手を差し出して立たせ、ポケットティッシュを渡した。
望夢はポケットティッシュを奪い、鼻につめた。そしてお礼とは裏腹に「なんだ。お前かよ」といつもの冷たい反応をした。
「なによ!あんたさ、いい加減にしなさいよ。本当に嫌われるよ。先生からも」
瞳の叱り方は厳しいが優しい。だから望夢は聞こうとしない。それでも瞳はめげずに望夢のことを叱るのであった。
「うちの転校生なんかさ、すっごくクールで紳士なの。あんたと違って。ねえ、芽傍くん?」
瞳は振り返ったが、本人はいなかった。
後ろの廊下のカーブ、左の水道、前の廊下の突き当たりへと首を回した。けれども見当たらなかった。足音ひとつたてずに、消えてしまったのだ。
「……もー!あんたのせいでいなくなっちゃったじゃない!」
「は?オレのせい?なんでだよ?ゆったり女子更衣室を覗いていただけだし!」
「ちょっと来て!」
瞳は望夢の腕をつかむと、回れ右して廊下のカーブへと引っ張っていった。手にはかなり力がこもっている。
「ちょ、ちょっ!なんだよ⁈」
望夢は振り払おうとしたが、瞳の真剣な表情から抵抗する気になれず、いやいや着いていくしかなかった。
瞳は無意識に望夢をつかんで引っ張っていた。転校生に会わせたいのだ。なぜかは自分でも分からない。女の勘というやつだろうか?
廊下のカーブを曲がると、玄関があり、下駄箱が並んでいる。瞳はそのあたりにも目を配った。望夢も仕方なく、転校生の姿は知らずとも、それらしき人物を一緒に捜して目を配った。
そこに転校生は居なかった。
けれど、その先に居た。玄関を出た先に芽傍は居た。コンクリート張りの地面の上に立って、空を見上げている。何かに見とれているのか、もしくは考え込んでいるらしく、ぼんやりとした表情だ。
望夢は瞳に引っ張られて外のコンクリートの上に出た。空は曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。瞳が隣に来ても、芽側は顔を上げたまま空を眺めている。
「芽傍くん?」
芽傍は宙に向けていた顔をゆっくり下げ、瞳を見た。
続いて望夢を見た。
瞳の手から解放された望夢は芽傍を見つめ返した。
二人はむっとした表情で見つめ合っている。どう考えても相性が悪い二人の間に、気まずい空気が流れた。
瞳はこの沈黙を破ろうとして言った。
「こいつはあたしの友達、望夢。きっと仲良くなれるよ」
二人はその言葉には無反応で、なおも見つめ合った。
先に言葉を発したのは望夢だった。
「お前…彼女いんのか?」
「……」
瞳は呆れた。初対面の男子に対してもこの第一声とは。
芽傍は答えない。ただ望夢を見つめていた。
「どうなんだよ?」と望夢は答えを促した。
ようやく芽傍も口を開いた。
「…君、やめといたら?」
「…は?」
望夢は疑問符を投げた。
「君みたいな人は、女と付き合わない方が良いんじゃないか?」
雷鳴がゴロゴロと遠くで唸った。
望夢の腹の底では、じわじわとムカムカするものが込み上げてきた。瞳は何がなんだか分からない。“まずい”という言葉が心の中で連呼した。
とうとう望夢はキレた。
「なに?てめえ何様のつもりだ?」
芽傍は彼を恐れる様子が全く無く、返事もせぬまま玄関に向かった。
「おい!待ちやがれ!」
「ちょっと!やめなよ」
瞳は望夢をつかみ止めた。
望夢は瞳を振り払って芽傍の後を追い、政治家に講義する市民のように意見を表明した。
「付き合う権利は誰にだってあるだろ!」
望夢が言い放つと、芽傍は振り向かないまま低い声で言った。「そうとも。僕は君に権利が無いと言っているんじゃない。今の君はその権利に則って女と付き合う資格は無いんじゃないかと言っているんだ」
望夢は芽傍を鋭く睨んだ。
「それに、君は権利がどうだのと言えるほど、恋愛において熟知しいるのか?」
ここで望夢の怒りは絶頂に達した。拳を握り締め、今にも殴りかかりそうだ。
芽傍は振り向いたが、表情は変わらない。そして今度は矛先を瞳に向けた。
「お前は、どうしてこんなヤツと友達なんだい?」
「え?」
瞳は顔をしかめた。
「どうせ、味方が欲しいだけなんだろ?」
とうとう瞳も我慢できなくなり、二人の間に割って入った。
「やめて!二人とも、喧嘩はやめて!芽傍くん、そんなこと言わないで。せっかく友達になれたんだから。望夢も。ね?」
「え?おれ⁈」
瞳が振ると、望夢は否定の目を向けた。
芽傍はこれまでに無いほど鋭い目つきで二人を見た。
今度は何を言い出すのか?二人は身構えた。
「…友達?……簡単に友達とか言ってんじゃねえよ‼」
雷鳴が響いた。
続いて、学校のチャイムが鳴った。
芽傍の声は憎しみに満ちているように力強かった。二人はただ驚くしかなかった。
芽傍は瞳を睨み、続いて望夢を睨んだ。
望夢は睨み返した。
芽傍は踵を返すと玄関に向かった。
望夢と瞳は立ち尽くし、その後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。
「何なんだ?あいつ?」
望夢は低い声でつぶやいた。
瞳は首を傾げた。
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