第5話 謎の転校生

 3年C組と書かれた札がぶら下がっている教室の前に、瞳はもうスピードでやって来た!


 瞳の腕時計は8時24分を指している。予鈴の一分前だ。


「間に合ったー!」


 ふゅっ、と汗をハンカチで拭き取る。


 しかし、異変に気づいた。もう予鈴が鳴るというのに、教室は静かだ。いつもの騒ぎ声とは明らかに違い、さざめき程度の声しか聞こえない。不安な気持ちで後ろに掛けてある壁時計を見た。


 8時32分…⁈

 まさか?


 もう一度腕時計を見た。ちょうど、長い針が二十五分を指した。

 瞳ははっとした。

「私の時計、…遅れてる⁈」

 自分のアホな失態に歯を食い締めた。


 しかし、もう遅かった。


「片山さん、どうしたの?」

 後方から声がした。


 瞳はドキッとして振り向いた。担任の木下先生だ。


「木下先生、済みません、時計が遅れていて…」

「ええ、分かったわ。早く教室に入って」

 先生は促した。


 瞳は仕方なく教室の扉を開けた。


 クラスメイトの視線が、瞳に集まった。話し声が静まる。


「お、転校生か?」

 一人の男子生徒が瞳を見てふざけた。例のガキ大将鬼頭だ。

「自己紹介するか?」


 鬼頭のおふざけに一同は笑った。


 瞳は「やめてよ〜」と言いながらそそくさと席に着いた。


 先生が入って来ると、教室はすぐに静かになった。転校生が来るというので、誰もがそわそわするのだ。


「えー、今日の予定は、清掃が昼休みにあって、午後に…」


「先生、そういう話はあと!」

 鬼頭が話を遮った。

「まずは、転校生だろ!」


 鬼頭の先陣によってクラス全体がそんな雰囲気になり、ざわざわし始めた。


「はいはい。じゃあ、紹介ね」


 木下先生が承諾すると、一同はさらに盛り上がった。


 先生は扉に向かい、「いいわよ、入って」と合図した。


 クラス全体が期待と好奇心に満ちた。……


 扉がゆっくり開き、一人の男子が入ってきた。背丈は平均くらいで、眼鏡をかけている。

 一同はざわめいた。第一印象を感じとっているのだ。


 瞳から見ると、とても頭が良く、物静か、そしていかにも人見知りしそうだ。


 転校生は教壇の隣まで進んで止まり、クラス全体を眺めた。かなり鋭い目つきだ。


 一同が静まると、木下先生は紹介を始めた。


芽傍めそばゆう君です。じゃあ、自己紹介してくれる?」


 木下先生が促すと、転校生は一瞬沈黙をおいてから、とても低い声で話し始めた。


「芽傍ゆうです。充実した学校生活を送りたいです。よろしくお願いします」


 そう言って、転校生は丁寧にお辞儀をした。


 一同は拍手をした。

 けれど、転校生が入って来る前と比べ、教室は静まり返っている。転校生の雰囲気が暗い。どうも乗り気ではないのだ。


「はい、ありがとう。みんな、芽傍君は、人付き合いが上手じゃないらしいから、みんなから話しかけてあげてね」


 このとき、転校生が先生を睨んだのを、瞳は見逃さなかった。チラ見とは言えない。明らかに鋭い目つきで睨んでいた。余計なこと言いやがって、とでも言いたげな顔だった。


「何か質問とかある?」

 木下先生が、クラスの雰囲気を良くしようとしたのだろう、一同に尋ねた。


 すると小林という男子が手を上げた。質問はこうだった。

「頭はいいんですか?」


 クラスメイト何人かが苦笑した。男子数名は質問者にブーイングを浴びせた。当然、来たばかりの転校生にこんなことを訊くのはおかしいからである。


 けれども、クラスメイトの雰囲気とは対照的に、転校生は真面目な表情で答えを考えていた。


 その様子に気づいた一同は、再び静まった。


 転校生は考え込むように質問者をじっと見つめ、答えた。

「…頭がいいか…さあ。僕を頭がいいと見るか、馬鹿と見るかは、君たち次第じゃないかな」


 一度は「「「おーっ」」」と小さく感嘆した。論理的かつダークな返答に動揺を隠せない。


 木下先生は不安そうに転校生を見つめている。


 続いて、不穏な空気を感じた瞳が「はい!」と手を上げると、「はい、どうぞ」と先生は指名した。


「あの、笑ったことありますか?」


 一同は失笑した。おかしな質問だが、言えてると思ったのだ。


 転校生は今度は瞳を見据えている。やはり何かと恐ろしげである。


 木下先生は、転校生とクラス全体を交互に見ていて、戸惑っている様子だ。


一同が静まると、転校生は言った。

「…昔はよくね」


 教室中に切迫した空気が漂った。転校生の返事に、どう反応して良いのかわからないのだ。所々でざわめきが聞こえる。


 小学校のうちは、恥ずかしがり屋で内気な転校生はよくいる。けれども、ここは高校だ。今ここにいる転校生は、恥ずかしがり屋というわけでもなさそうなのに、暗すぎる。


 瞳も、不思議に思ったものの、なぜかその気持ちは警戒心や不信感ではなく、好奇心や興味心であった。早くあの転校生に話しかけてみたい、仲良くなってみたい、そう思ったのだ。瞳は幼い頃から好奇心旺盛で、積極的に周りに話しかけるタイプなのだ。


「静かに」

 先生が命令した。ざわつきが小さくなると、先生は転校生歓迎の閉めの言葉を言った。

「え〜、なんと言いましょうか?とても……ミステリアスな転校生が来ましたね。みんな、仲良くしましょうね!」

「「「はーい」」」


 一同の返事には元気がなく、まとまりがなかった。

 ただ一人、瞳だけが大きく頷いた。


 朝学活が終わると、クラスでは仲良しグループで集まり、例の転校生、芽傍ゆうの話をし出した。男子も女子も、彼に興味津々で、あちらこちらの視線が彼に向けれている。


 けれども当の本人はそんなことは気にもせずに、机で本を開いている。


 そんな転校生に、瞳は近づいて声をかけた。

「ねえねえ!あたし、片山瞳。よろしくね!」


 瞳の満面の笑みに対する芽傍の表情の暗さはこの上ない。芽傍は瞳を一瞥すると、すぐさま顔を下げた。


「ねえ、なにか言ってみてよ?」

 瞳はさらに迫ったが、芽傍は無言で本と向き合っている。


「ねえ、なに読んでるの?」

 瞳は彼の肩越しに乗り出し、本を覗き込もうとした。


 その途端、芽傍は目にも止まらぬ速さでその本を机にしまい、その勢いのまま席を立ち、教室の後ろを横切って廊下へ向かった。


 教室中の視線が芽傍へ集まり、彼が教室の外へ出ると、瞳へと向けられた。


 瞳は気まずくなり、芽傍の後を追って廊下に出た。そして芽傍の後を追った。


 瞳は追いつくと、「ごめんね」と謝った。


 芽傍は相変わらず口を聞かない。


「ねえ、ごめんね。怒ってる?今度からもうしないから。ね?」

 ここまで無視されても瞳は諦めない。笑顔を保ち、なんとか話そうとする。


 階段に差し掛かったところで、芽傍は足を止めた。そして、じーっと瞳を見つめた。


 止まった!瞳の気持ちは一分の恐怖と九分の期待に変貌した。何かしゃべってくれるのか⁈


 期待通り、ついに芽傍は口を開いた。

「…何が望みだ?」


 一瞬の沈黙をおいて、瞳は首を傾げた。


 瞳が黙っていると、芽傍はさらに尋ねた。

「何を企んでるんだ?」


 瞳はようやく意識を取り戻したかのように、はっとして答えた。

「なあに?特に理由なんてないけど…ただ、話してみたくて」

 持ち前の笑顔でそう答えた。


 けれども芽傍は口調を変えることなくこう言った。

「僕はそんなことは望んでない」


 それだけ言って、芽傍は階段を降り始めた。


 瞳はポカンとしてしまった。今までこんなに変わった子に出会ったのは初めてだ。フレンドメーカーの瞳にはかなりの強敵に思えた。と同時に、彼女の興味をかなりかき立てる存在でもある。


 瞳は階段を急いで降り、追いついて問い続けた。「そんな冷たいこと言わないで、ね?せっかくなんだから、話して仲良くなろうよ!」


 再び芽傍は止まった。瞳は、自分の言葉が通じたのか⁈と思い、嬉しく思った。


 けれども、それは違った。

 芽傍は瞳の後ろにある何かに気を取られている。その視線を追うと、そこにはけしからん男子が1名いたのだった。

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