第5話 不死身

 俺の首に衝撃が走り、一瞬体が軽くなった錯覚を起こした。

 首に熱鉄を当てたような痛みが遅れてやってくる。

 俺の首は回転しながら空中に刎ね跳び、めまぐるしく視界が流転した。


 人間が首を刎ねられた場合、果たしてその首に意識はあるのか。

 定説は、立ちくらみや貧血をひどくした仕組みのようだ。急激な血圧低下により気絶及び即死するらしい。しかし、1956年フランス、セギュレ博士が斬首された首の瞳孔反応や条件反射を調べた所、15分間は反応があったと都市伝説のレベルで世界に流布されている。


 俺の場合はどうか。


 視界が慌しく回転するので、吐き気を催した。頭は先まで繋がっていた胃がまだ自分の支配下にあると思っているらしい。

 鼻から地面に着地し、痛みで顔を顰めた。ぬかるんだ泥が回転する俺の顔面に纏わりつく。


 俺の首の断面をピンクの液体が瞬時に切断面を塞いだ事もあってか、今のところ気を失わずにいる。しかし、呼吸ができない為、息を止め続けているような息苦しさを感じる。こうしてる間にも刻一刻と大食らいの脳は酸素を使い果たしていく。

 とりあえず首が胴と生き別れになっても生きてはいるが、今度は酸欠の問題がでてきた。転生してすぐに早速自分のケツも拭けなくなる体になるとは。

 

 キャンプから外に転がり出て、ようやく回転が止まった。泥に塗れた目をようやく開けると、全身血と泥にまみれて折り重なった死体が、聳える山のように目の前に現れた。餌場を見つけた蠅がうるさく飛びまわる音が聞こえてくる。


 目を凝らして見てみると、軽装の鎧いを着用した5人の死体が重ねられている。

 首筋や急所を突かれて死んでいる。1番上には、現在縄で枝から吊り下げられている筈のリーダーの男と同じ顔の男が横たわっている。


 人が死ぬと、その死体の皮膚に死斑といわれる紫色の斑点が現れる。それが男たちにもあるのが窺えた。この感じからだと、俺がここに転生する直前くらいに殺されたのではなかろうか。


 一体何が起こっている。双子や他人の空似にしては顔の傷の場所が全く同じだ。それに他に4人か殺されて野晒しに捨てられている。

 先程俺が殺した1人を含めたキャンプにいた3人で、数的有利なこいつら5人を殺したこと。この場に同じ顔が2人いたこと。どちらも考慮すると、5人は返り討ちなどではなく、騙し討ちで殺された可能性が高い。


 そこの5人は何の為に殺されたのか。


 この場で人命をかけて争う価値のあるもの、それは第一王子候補のこの俺だろう。

 であれば推測は簡単だ。この5人は俺を最終的に生かすか殺すかはともかく、ここまで誘拐した。だが、あの3人がここであの5人を殺して俺も殺したと考えるとうまくいく。

 俺を殺したあの3人の雇い主は第3王子だ。ならばこの5人の差し金は誰なんだ。

 

 そして、全く同じ顔が2人いる仕組み。ここは魔法を使える何でもありの世界だとすると、顔または全身を他人に似せる魔法があるのだろうか。そうであれば是非ともあの男に触れてその魔法を頂きたいところだ。

 だが、この考える葦の究極体になってしまった体では、考えることはできても鼻歌さえ歌えない。まずこの状況をどうやって打開するのな方法を探さなければ。

 

 そうこう考えてる内に、キャンプの方が騒がしくなった。地面が下手なステップを踏むように震えている。震源地を間近に感じる。男達の悲鳴が聞こえ、木の幹がミシミシと音を立てて倒れる音がする。

 俺の後頭部後方で、突然現れたゴジラか何か巨大なものが暴れ回っているらしい。


 茹で蛸男の断末魔と共に、ぐちゅぐちゅと肉がミンチにされる音が聞こえた。大量の液体が地面に滴り落ちる音も続く。

 人がミンチにされるところなんてスナップビデオを集めた動画サイトでもなかなか見れまい。興味本位で見てみたかったが、そっぽを向いたままのこの顔では叶わない。きっと綺麗な死に方はできていまい。


 次はリーダー格の男の悲鳴が聞こえた。逆さに吊るされて剣を奪われては、羽をむしられたアヒルと同じだ。下手な抵抗はできなかったのか、どうやら早々に茹で蛸男と同じ末路を辿ったようだ。帰路の尋問と顔面整形魔法を奪う計画はご破産になってしまった。


 ゴジラの足音はこちらへ向かってくる。どうやらこの何もできない憐れな生首を食後のデザートにしようとしているらしい。

 もし食われた場合は、怪物の中で消化されて生き続けるのだろうか。それともそのまま消化されずに下の出口から脱出できるのだろうか。


 地響きが間近まで来ると、そいつの重みで土が掘り起こされ俺の首は前に押し出され、顔が上を向いた。

 キャンプ全体を覆うまでに成長した燃え盛る炎は、正体不明だった姿を闇夜から浮き彫りにした。

 それは頭のない巨人で、人間と同じ肌を持ち、二足でそこに立ち尽くしていた。全身に鮮血を浴び、ぬらぬらと光っている。

 それは、人間の畏れを体現した不動明王を思わせると身形で、所々で泡立つように筋肉が隆起して今も増殖を続けている。


 二足歩行の生物は身長6メートルを超えると自重を支えきれないらしいが、この巨人は難なく大地を踏みしめ、殺戮を演じた所だ。


 これはもしや、と俺は思った。この巨人は生き別れた俺の肉体ではないのか。筋肉達磨のように膨れ上がっていく姿は既視感がある。

 頭をなくした体の防衛反応なのか、はたまたハルクの魔法の暴発なのかは分からない。だが、この禍々しい不死身の魔法は不死の祝福というより、呪いなのではないのか。


 巨人は俺の方へと手を伸ばした。俺の帰郷を望んでいるかのように手つきは優しい。

 繊細な仕事を期待してはいなかったが、指で地面ごと掘削して大胆に俺を掴むと、頭上へと掲げた。

 その時、周りが森林で覆われてる中、遠方に城が見えた。その周辺に街が広がっている。もしや誘拐犯どもはあそこに俺を連れ去ろうとしていたのではないか。


 巨人は高く掲げた手を、首の断面の中央部上空に持ってくると、バスケのゴールに叩きつけるように手を垂直に下ろし始めた。律儀に三半規管が余計な仕事をして、落下を不思議と実感する。

 俺は赤黒い肉の断面にダンクシュートを決められた。


 真っ赤で熱い肉海の中へ埋没していく。


 窒息寸前で意識が朦朧とする中、皮膚が痛みもなく内部で溶かされていく。皮膚は組織液の中に消えていき、巨人と俺の境目を取り去られていく。

 母の胎内にいた頃の遠い原初の記憶と重なり、俺は眠気の中で揺蕩う。


 夢現の中で間で眠っていると、目の前が急に明るくなり目が覚めた小さな炎がやたらと眩しくて、とっさに手で顔を覆う仕草をしてしまう。

 いつの間にか新しい手が生えている。足先の感覚も戻っており、全身のあらゆる箇所へ命令を下すと違和感なく動き出した。


 巨人の中の内圧が高まり、俺は徐々に外面へと押し出されていく。意識が母親の胎内にいた頃に子ども返りしたのか、ここが名残り惜しくてしょうがなかった。

 外界への妨げになっている巨人の皮膚に手を触れると、手の形に合わせてよく伸び、そのまま俺の筋肉が剥き出しなっていた体の皮膚へとなっていく。


 俺は大きなゴムの皮膜に徐々に体を押し付けたように、膝を折った巨人の腹から皮膚を奪って、外界に生まれ落ちた。

 地面へと自由落下に身を任せた一時、松明を持って立ち尽くす男と目があった。

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