第3話 回想

 シェイクスピアの戯曲『テンペスト』の主人公プラスペローは言った。


「悪魔だ、生まれながらの悪魔だ。あのねじ曲がった性根、躾ではどうにもならない」


 この言葉をこの世で1番否定してたのは俺の親父かもしれない。


「お前にイーサンと同じ轍を踏ませるわけにいかない」


 父はそう言って、12歳の俺を椅子に難なく縛りつけた。革のベルトが手首と足首に食い込み、擦れる度に皮膚を削いでいった。

 俺は次に来ることがわかっている。体に染みついた恐怖で失禁をしてしまう。


「お父さんごめんなさいお父さんごめんなさいお父さんごめんなさい、もうしませんもうしませんから」


 引っ越して3ヶ月、2つ隣の家で飼っているピットブルが、俺がその家を通る度にフェンス越しに吠えてくるのが頭にきて限界が来ていた。


 全てが寝静まる深夜に、その家の庭に忍び込んだ。

 ピットブルに繋がれていたリードを犬小屋の外にある杭から外し、その先端にホームセンターで買ったセキュリティワイヤーをくくりつけた。そのワイヤーの反対側は、フェンスの金網の真ん中を通り、隣の家に嘘の通報で呼び出したロードサービスのレッカー車に結びつけてある。


 隣の家からレッカー車の運転手が出てきて、車に乗り込む。深夜に叩き起こされた隣人が怒鳴り声を上げながらそれについていく。

 

 俺は犬小屋を思いっきり蹴り上げた。

 ピットブルは情けない鳴き声をあげ、もんどりを打って出てきた。始めは怯えていたものの、目の前にいるのが、いつも舐めくさっている子どもだとわかると、牙を剥いて吠え立てた。


 ロードサービスの車がエンジンをかけて車を発進させる。ひっかけたワイヤーの弛みが徐々に張り詰めていく。


 ピットブルは動じない俺に痺れをきらし、

大勢を低くし、真っ黒な瞳に卑しい光を称えこちらに飛びかかってきた。


 死刑執行の時が来た。


 ワイヤーの張力がピットブルに達し、飛びかかった姿勢のまま平行に飛んでいった。


 ピットブルはフェンスに激突し、受け止めたフェンスが犬の形になってみるみる引っ張られていく。その間にもピットブルは吠えながら苦しそうにもがいている。

 俺は股間が熱くなっていることに気づく。最近性に目覚め、暴力の中に背徳の快感を感じるようになっていた。


 ついにフェンスがちぎれ、フェンスごとピットブルは道路に飛び出した。ちびれたフェンスが道路をひっかき火花を散らす。地獄への片道列車は十字路へと突入してゆく。

 遠くにピットブルの吠え声を聞いた瞬間、横から来たトラックに衝突した。

 ピットブルは張力と圧力に挟まれ、フェンスによって細切れになって飛散した。


 期待したものより盛大な見せ物が見れた俺は、興奮しつつも足音を消して自宅のドアを開けた。この興奮をベッドへ持ち帰り、最近覚えたオナニーをするのにワクワクしていた。


 ゆっくりと扉を閉め、廊下へ振り向くと、暗闇の中にラテックスの袋を持った父が立っていた。逃げようとする俺の頭に袋を被せ、地下室へと連行する。ラテックスの袋は破ろうと爪を立てても破れづらく、暴れるとすぐ口に引っ付いて窒息してしまう。仕組みをよく知ってる俺は抵抗をやめることしかできない。


 泣いて赦しを乞う俺を椅子に縛りつけた。俺は失禁して震えた。あの無限とも思える拷問の時間がやって来るのだ。


 父は濡らした布を硬く絞り、俺の顔に乗せる。俺は必死の抵抗を試みるが、椅子にきつく縛られた腕はびくともしない。父はそれに電極をつけて、バッテリーのスイッチを入れた。


 俺は前後不覚の意識の中で、子どもの頃を夢で思い出していた。


 大雨が降り頻る中、俺は朦朧とした意識で目を開けると、胸に剣の柄が生えている。

 雨が目に入り、雨音が耳に満ち、雨が服に染み込み体温を奪っている。今ここでは雨が全てを支配している。

 

 灰色の空の下、周囲は薄暗い。日が暮れて間もないのだろうか。俺は顔を上げて前方に目を向ける。7メートル先に男3人がキャンプを張っている。雨音の合間から談笑の声が聞こえる。周りには木に係留された馬が4頭いる。

 

 俺の胸に刺さった剣が不可視の力で押し返され、するすると抜けて落ちようとしている。剣が抜けた場所から裂けてた肉が繋がり始め、心臓が正常に働き始めた。足元に広がっていた血液が、体を伝って胸の傷へと吸い込まれていく。神の魔法なのだろうか、俺の胸の上だけ時間が逆行しているようだ。


 無傷でいる姿を見られてはまずい。取り敢えず縛られた腕をどうにかしなければ。

 腕は木杭ではなく木杭の後ろで縛られているようだ。膝をついていた状態からしゃがみ込み、後ろ手で杭を握った。

 これだけ雨が降った後だ、即席で地面に打たれた杭など少し力を加えれば抜けるだろう。

 案の定、難なく杭は抜け、そのまま持ち上げて立ち上がった。取り敢えず杭とのドッキングから解放された。


 俺は胸から落ちかかっていた剣を手に取る。

 差し迫った問題は今目の前にいる男共を見逃すか殺すかだ。首謀者は提供された情報で分かってる。グレーシスヴェリルはサキしか!第3王子。見逃してもさして問題はない。エオルトンもとい俺が生きていても、こいつらの仕事が杜撰だったことにされ、こいつらが依頼主か上長なりに殺されて終わるだけだ。


 そして、あいつらを殺す選択肢。

 俺は新居となった体を検分する。胸の痛みが消えると、徐々に別の場所に痛みを感じてきた。痛む場所を探ると、指の爪が剥がされていて、おまけに尻がものすごく痛い。触れると尻から何か硬いものが出ている。形状から記憶を辿り、ネジを回すと、俺の中で膨らんでいたそれが閉じていくのがわかった。

 俺の尻に刺さっているのは苦悩の梨だ。鉄でできた蕾のような形で、持ち手のネジを回すとそれが開く。中世ヨーロッパで開発された拷問器具だ。主に内部破壊を行う為に使われていた


 この王子は暗殺されるだけではなく、拷問を受けていた形跡がある。とすると、拷問で何を喋らされたのか興味がある。それと、何故わざわざ苦悩の梨なんていうまどろっこしい器具を使ったのか、もだ。尋問担当者の趣味なのか、それとも誰かに指示を受けたのか。どうせ殺す相手なら鼻を削いだり、瞼を切除したり手っ取り早いやり方はある。


 このままでは動きにくいので、俺は尻から拷問器具を抜きにかかった。どうやら不死身の魔法は自動的に発動するようで、爪が剥がされた指にピンクの液体が溢れている。なら思い切り抜いても

 俺は痛みをそらす為、左前腕に歯を立てて食い縛る。不死身の魔法は痛みまで消してくれない。

 俺は思いっきり器具を引き抜いた。案外容易く抜ける。直腸内部の損傷と裂肛の痛みはあるが歩けないほどでもない。


 王子様の腕と脚は細く、胸は薄っべらい。筋肉はどこに行ったんだ。既に空手をやっていた同じ歳の俺に比べて、なんとも頼りない体をしている。

 

 周りを見渡すと、奴らが張ったキャンプの周りにいい物資が転がってそうだ。

 夜を待とう。全てが寝静まる深夜に殺してやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る