006 隻眼の魂喰者(後編)
「ほーらほら、鬼ごっこだ!」
「なあ、パーニス。やっぱり10分くらい
「うける。10年もやっていんのに未だに10分も逃げれてねーの。」
4人の青年は軽快なステップで屋根を跳び越え、壁を走り、人ならざる御業でフレイヤの背後に迫っていく。
フレイヤは彼らを振り切ろうと糸を縫うように路地裏を走り、森へと向かった。
しかしその小さな努力もむなしく、ちょうど森にでたところで彼らに追いつかれてしまった。
「そうれ、『
パーニスと呼ばれていた青年は、走りながら右手をフレイヤに向ける。すると彼の腕から紫色に輝く鎖が現れ、フレイヤの足に絡みついた。
「あっ!」
「つーかまえたっと。ったく、手こずらせちゃってよお。
雪の上に顔面から倒れ込んだフレイヤに、パーニスは馬乗りになる。
「お前みたいな犯罪者の娘が、俺達『ヴァルキリー魔法学園』の生徒に敵う訳ねーだろ?ずっと言っているじゃないか。逃げない方が、身のためだって。」
彼の言葉に、周りの三人がクスクスと笑う。
フレイヤは自分の背に乗る年上の青年を、きつく睨み付けた。
「──なんだ、その目は。」
パーニスは何のためらいもなく、彼女の頬をぶった。
「ああ?お前、目上の人に対する礼儀が、まーだなってねえのか?」
彼は彼女を仰向けにさせ、もう一度、彼女の頬を殴る。
「痛いっ!」
「分かっていんのか?俺達はこのカエルム帝国を守る騎士──『ヴァルキリーズ』になるために日々鍛錬を積んでいるんだよ。俺達は英雄になる存在なんだよ。
それで、お前は誰だ?あ?言ってみろ!」
青年は彼女の頬を拳で殴りつける。
「お前は、あの反逆者ニョルズの娘だ!
はっ!何が『海神』だ。お前の父親は裏切り者。ただの、犯罪者なんだよ!」
青年の口がニヤリと吊り上がる。
「そして俺たちは、犯罪者を取り締まる騎士様ってわけさ。
お前と俺達とじゃ、決定的に立場が違う。
お前は
だから俺たちは悪をしつけ、善に戻す。わかるだろ?」
青年はフレイヤの涙ぐんだ顔を見て、興奮したように息を吸い込む。
「ああ、いいぞ、そのままだ。
さあ、分かったら、その『黄金の涙』を流せよ。俺達がその涙を、正義のために活用してやっからさ。」
「いやよ!」
フレイヤは彼らに怒鳴った。涙ににじむ瞳を、まっすぐその青年に向けて。
「こんなことして、神様が黙っていないわ!」
彼女の言葉に、4人はきょとんとした顔をしてあざ笑う。
「え?神様?何言ってるのこの子。頭悪いの?いる訳ねーだろ、んなもん。」
「この『カーニッジ』という世界において、絶対的なものは力と魔法。それ以外に何に縋るっていうんだよ。これだから頭の弱い一般人は、いつまで経っても成長しないんだ。」
「ってか、いないと言えば、お前の方こそ、幻みたいなもんだろ?」
「だって、あの犯罪者に娘がいるなんてこと自体、この街の連中くらいしか知らねーんだからな!
分かるかぁ?
「……っ!」
「じゃあ、なんでここにいるんだぁ?亡霊ちゃん。
それは、俺の親父がお前に食べ物恵んでっからさ!
俺達がこうやってかまってやっているからさ!
そうでなきゃ、お前はとっくにくたばってたし、誰とも会話することもできないし、生きてく体力もつかないだろ?
だから俺達には感謝してほしいくらいだねえ。」
「やめて!」
笑いながらパーニスは拳を振り上げ、フレイヤに見せつけるように手を握ったり開いたりしてみせる。そして嫌がる彼女に、彼は腕を振り下ろした。
「はっ。お前は居ない存在だ。この街の皆から嫌われている!
だからお前に何をしたって、それは無かったことにされるんだよ!」
「──ッ!」
彼女が瞳を閉じた、その瞬間だった。
空気を割る轟音が、その場に鳴り響いた。高い鳥の鳴き声のような、何かが破裂するような、そんな音が。
「ぐああああああ!」
フレイヤが目を開けると、そこには鮮血を流しながら雪の上で悶え苦しむ青年の姿があった。
「腕っ!腕、腕がああ!!」
「パーニス!?」
血相を変えたのは残りの3人で、彼らは怯えながら周りを見渡した。
「おいおい、なんだ今のは!?攻撃魔法か!?全く見えなかったぞ!?」
「『
「そりゃそうだろう。魔法じゃ、ないからな。」
森の奥から、低く渋い声が響いた。
黒いフードを目深にかぶった、40歳前後の無精ひげを生やした男だ。その男が、何か黒いものを青年たちに向けている。
それは彼らが一度も見たことのないものだった。故に、彼らは判断に困った。
その大きさは刃渡り20㎝ほどの短剣に近いが、それはナイフの形を成していない。黒い円筒状の鉄が、まるで指先から延びているかのような代物だった。
片手で持てるほどだからそこまで重くはなさそうだし、先の細いそれは鈍器というものでもなさそうだった。
では矢であるかと思ったが、それにしては小さすぎるし、構えがそれではない。おまけに細い円筒の後ろに一回りか二回りほど大きな円筒がもう一つついており、どういう構造なのか見当もつかなかった。
彼らにとってそれは外見・構造、そして構えに至るまで全てが謎の代物だったのだ。故に、彼らの思考は「それ」に囚われ、フレイヤのことを完全に忘れていた。
「おじさん!」
フレイヤは起き上がり、転げ落ちるようにコウスケの元へと駆けだした。
「あっ!おい亡霊、待ちやが──」
茶髪の青年の言葉は、そこで途切れた。先ほどと同じ炸裂音と共に、何かが飛翔し、その青年の肩を射抜いたのだ。
「があああっ!!」
「タナベル!」
「くそ!なんなんだよ、あれは!あんなもん知らねえぞ!」
パーニスは傷口を押さえながら、フードの男を睨みつけた。
「てめぇ、何もんだ。俺達が誰か分かっているのか!!」
「ああ。知っている。ただの雑魚だ。」
「ああん!?」
「ま、まってくれパーニス!」
怒りで我を忘れかけたパーニスを、一人の青年が踏みとどまらせる。その顔は青ざめ、今にも泣きそうな顔をしていた。
「何ビビってんだ。あんな奴、俺達の本気にかかれば──」
「あ、あの顔、よく見てくれ!」
「──何?」
青年たちの視線が、一斉にフードの中へと集まった。そして同時に、彼らは身の毛がよだつのを感じた。見てはならないものを見てしまったと、心底彼らは思った。
彼らは、その男の正体に気が付いたのだ。
「──おじ……さん?」
それは、フレイヤも思わず足を止めるほどだった。そのフードの下にあったのは、フレイヤを助けた時とはまるで違う、ひどく寒々しい、冷酷な瞳があった。そしてさらに彼女を驚かせたのは、あの炎のような眼差しを向けた瞳が、片方
「左眼に──『炎の紋章』、だと!?」
「み、『ミーミルの魔眼』だ!!」
「おい、冗談だろ!?なんでこんなところにコイツがいる!」
後ずさる青年の足を、コウスケは右手にもつそれで
「がああ!」
「嘘だろ。なんで、いるんだよ──」
「パーニス、逃げるぞ!!あいつは
続けて、さらにもう
その音がしたときには、パーニスに進言した青年はうめき声をあげながら彼の足元で悶えていた。
「──なんで、いるんだよ。『フェンサリルの悪魔』が──」
パーニスはコウスケから目が離せなかった。その男から、その闇夜から這い出てきた恐怖の塊から、視線を逸らすことが出来なかった。
そして黒き
「なんで、なんでここにいるんだ──隻眼の
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