第20話

僕たちは無言でしばらく歩きつづけた。


「ねんかにぎわってるね」


公園が見えてくると、姉さんがそう口をひらく。


「姉さん休憩する?」


ひうち姉さんがウンっとうなずいたので、立ちよってみることにする。


きれいな公園だ。家族連れの集団なんかもけっこう多いみたいだ。


「ちょっと散策しない、姉さん?」


そう問いかけてみると、姉さんはニッコリとほほ笑んだ。


子犬がフリスビーを追いかける。


「僕たちいま、実家を飛びだしてきてるんだよな」


「よく考えたら、そうだったね」


あまりにも平和な光景すぎて、自分たちがいま置かれている状況をつい忘れてしまう。


草や土の野生的香りが、冒険心をくすぐる。


「姉さん。奥の方に階段あるから、行ってみようよ」


まるで子どものころのかけっこのように、僕は走った。


階段を降りると、土の路がうねうねと伸びていく。

路のカーブにそって、ひたすらに進んでいった。


「——っ!」


目の前に広がった光景に、思わず大きく空気を吸いこむ。

あまりにもきれいな池が、そこにあった。


しばらくの間、立ちつくすことしかできなかった。


「もう丹波、置いていかな――」


あとを追ってきた姉さんも、この光景に言葉がみつからなかったみたいだ。


「きれいだよね、姉さん」


青く透明に透きとおった池。

どうしてこんな色になったのだろう。


僕たちは柵まで進み、足元にひろがる水をじっと凝視した。

このまま吸いこまれていってみたい。

そんな感覚にさえなった。


「ここまで旅してきて、よかったね」


姉さんがそう漏らした。


実家の窓ガラスを椅子でたたき割り、あわてて飛びだしてきた僕。


もし急行電車に飛び乗るまえにみやま姉さんに捕まっていたら――


「僕、本当に楽しいよ」


心からそう返事した。


そよ風が僕たちの服をなびかせる。

葉と葉の擦れあう音が、柵に寄りかかる僕たちの眠気を誘う。


「ねえ丹波、今日どこまで行く?」


姉さんは口をおさえ、ワウワウとあくびをしながらそう訊ねてきた。


「とりあえず、浜松までは行ってみようか」


僕はスマホをとりだし、浜松市までの所要時間を調べる。

いまから行けば、ちょうど17時ごろには着きそうだ。


スマホをしまい、もう一度ガラスのコップのような池に目をむける。


「なんか減っていたゲージがジワジワと回復していくみたいな感覚だよ」


「これから先も、こんな光景たくさん見れるといいね」


そういう姉さんに僕はうなずき、僕たちはこの澄んだ空気の公園をあとにした。


――旅って、こんなに楽しいんだ。


たぶん姉さんも、おなじことを感じているんだと思う。

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