ヤンデレ姉に旅先で刺される

@tomodachiinai

姉から逃げる

第1話

自宅の窓ガラスを割って疾走したのには、のっぴきならない理由がある。


これ以上一番上の姉——みやま姉による家庭内圧制には耐えられないと思ったからだ。


少しやりすぎたかもしれない。

いざ追いかけまわされると、後悔と恐怖心が両足をすくませる。


だけどここで捕まったら――恐怖政治の大統領姉さんに何をされるかわかったものじゃない。


ようやくみやま姉に反抗できたんだ。


いま逃げきれなかったら――

もう一生檻のような自宅で、彼女にこき使われるのだろう。


――逃げながら、姉さんの姿をぼんやりと回想する。


ムッチムチ美人。

だけど横暴。

いや美人だからちやほやされて横暴になったのか。


僕よりも背がたかくて、しかも頭がいい。

ハイスペックすぎて、地元紙で紹介されたこともある。


そういえば僕を追いまわしているみやま姉、たぶんズボンをはいていない。

僕がリビングの窓ガラスをたたき割った時点で、ほとんどTシャツオンリーの状態だったから。


あんな性格でさえなければなあ――年上好きにとっては嬉しいはずなのに――


我にかえり、とにかく路地裏を逃げ回る。


顔面へとぶつかってくる風には、アスファルトのにおいがにじむ。

止まらない汗が、顔から首すじへと滝のように流れていた。


彼女はひと目もはばからない。血眼になり車で僕を追いかける。

小回りのきかない車相手には、カーブをくり返すことが逃げきるための鉄則。


大黒柱のサンドバッグを続けるか。それともお金には困るかもしれないけど、精神的に自由な生活を手に入れるか。


ようやく駅がみえてきた。

わざわざ急行が停まる駅まで、自分はサイだといい聞かせて走ってきたんだ。


「待てやこのコマ使いがっ!」


はっと一瞬、後ろをふり返る。

みやま姉は車を捨てて僕の5メートル後ろまで、えげつのない眉間で追いあげてきていた。


――いつもはいている、赤いTバックだった。


僕は走るのをやめる。

そしてとうとう、たち止まった。


つい見とれてしまったから。


――まるで水切りをしたときの、水面のように揺れる太ももの肉の動きに。


そして姉さんは、僕へ馬乗りになった。


「お前……調子にのりやがって!?」


「おうちに帰りますっ! 許してっ!」


「二度と逃げられないようにしてやるっ」


――捕まったのだ。

門限すぎて親に怒られるこどものよう。みじめに許しを請うしかできなかった。


みぞおちを何発も殴られる。

乾きかけのスポンジを押したかのようにしぼり出てくる涙。かなしくも視界をジリジリとにじませた。


もう一生、あの地獄からぬけ出すことはできないだろう。


悪魔の発車ベルが耳奥に鳴り響く。

人生終了のベル……人生終了の……


「——あきらめたくないっ!」


無意識に漏れた一言だった。


――最後の手段に出る。


僕はむき出しになったみやま姉のひざに、思い切って噛みついた。


「ひゃっ――」


今までに発したことのないようなかわいい声を放った。


汗で多少しめりつつも、骨にかぶさる皮膚の食感が歯にしみつく。


一瞬たじろいだ隙を狙う。イカの下ごしらえのように、スルッと彼女の下から抜けだした。


ICカードを入れたスマホケースをとりだし、改札を疾走する。


タイヤを腰に巻きつけているのかと思うほど重い階段。

ホームに到達するまで、野球部の坂道ダッシュばりにかけ上がり――


閉まりかけのドアに向かって、ヘッドスライディングで突っこむ。


結果的に僕は、急行列車にとび乗った――

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