第16話
繁華街近郊
そこに在るのは、斑に草の生えた原の上、ぽつりと刺さったこの世の異物。比較物がないから正確な大きさは分かりづらいが、だいたい膝より少し高いぐらいだろうか。形はまるで大きな花の様にも見える。
だが、埃っぽい外殻の上からでも分かる黒い光沢を持つ表面は、それが金属の塊であることを容易に認識させた。
「あれですか……」
写真では質感まで分からなかったが、こうして見るとそれが異質な物であることが遠目からでもピリピリと伝わってくる。
「よし、始めよう」
「熱反応は?」
「ありません」
「殺菌処置は」
「完了しました」
「よし、残留能測定」
班長の指示で次々と調査が進行していく。
先輩達はそれぞれの作業にあたり、私も担当作業の確認を始める。今回は外殻の硬度測定と成分採取及び持ち帰っての解析の担当だ。
と言っても、今ここでその作業にあたる訳 ではない。回収、運送が可能な遺物は管理センターに持ち帰って、作業の大半は遺物がセンターの調査用施設で安置されてから行うのが常例だ。
今回の遺物も外見こそ異質ではあるものの他チームの作業の進行度からして、どうやら通常通り回収できそうだ。
諸々の安全処置と確認が終わるまで近づくことはできないが、重装備の装着や測定機器の準備があるので暇ではない。
「よし次、準備いいか」
「あっ、ばっちりでーす」
そうこうしている内に、それらの処置が完了したようだ。呼ばれたということは、いよいよ運搬の準備が始まるのだろう。重量推定、持ち上げのための強度推定、負荷分散のためのワイヤー配置などなど、順に工程を追っていく。まずは重量からだ。
ゆっくりと歩み寄り、視界を異質が占める割合が徐々に高くなっていく。輪郭がハッキリと映ると、やはりそれは大きな花のような形に見えた。少し刺々しいが、花弁にあたる部分は炎のゆらぎのような印象を感じる、表面の黒い光沢と相まって禍々しくも美しい。
膝丈程の遺物ではあるが、緊張感を持つには十分な雰囲気を醸し出している。ゆっくりと他の班員と3人で手の届く距離まで近づいた。遺物の出す空気感に飲まれないよう作業を始める、私の担当は重量推定だ。
計測器を置き、少し体制を低くする。しかし、地面と遺物の間に測定子を挟んでスイッチを入れようとした時、作業の手が止まった。地面に突き刺さっている部分を凝視する。土に隠れて見づらいが、これは。
「手形……?」
他の班員に聞こえたかどうか分からないぐらいの声量だったが、2人とも同じく手を止めて反応を示す。
「あ、ここなんですけど」
指を指した先には大人の男性程の手形が2つ、遺物を持ち上げるような形で握った後がついている。
ぱっと見は煤がついているだけのようにも見えるが、所々指の輪郭に沿って焦げたような跡もあるし、たまたま自然にできたとは思えないほど生々しい。親指の腹あたりから下は埋まっている部分に隠れて見えない、かなり体制を低くしないと視界に捉えることができないだろう。
だが、見れば見るほどこれは確かに手形だ。
「なんだこれ……気味が悪い」
「報告は後だ、作業に戻ろう」
ガスマスク越しにくぐもった声が届く。そうだ、気味は悪いが今はとにかく作業を進めよう。重量……重量推定……?もう一度……結果は変わらない。
測定値は出た。測り直したのは、手形のせいか両手で持てるぐらいなんだろうという想像があったからだ。
しかしこれは、体積の全部が鉄より重い何かの塊なんじゃないかというほど重い。
膝丈サイズでこんな重さの物体を見たのは初めてだ。私とミオさんの体重を足しても足りないんじゃないか?条件を整えても、測定位置を変えてみても、推定値は僅かにしか動かない。
もちろん推定値ではあるが、これを持ち上げたとなると手形の主は相当な怪力だったのだろうか。何故も持ち上げようとしたのか、一体これはなんなのか。いや、そもそも持ち上げていないのかも知れない、手を添えていただけかも。でも何でこんな跡が?
「おい?重量は?」
「あっ……はい、出ました」
いけない、手形のことが気になって少しぼうっとしてしまう。
「は?これ本当に合ってるのか?測り直した方が……」
「いや、何度も測り直したんですけど値は変わりませんでした」
「まじか……補強しないと」
念のためもう一度測ってみるが、やはり結果は変わらない。2人も想定外の数値に自身の作業量を追加していった。
「よし、引き上げろ」
後発で手配した専用の運搬車を側に、遺物が引き上げられていく。下部の方なんか殆どワイヤーで見えないし、あまり見ない補強材も使ってある。
地面から引き抜かれると同時に、埋まっていた部分の手形が現れる。作業後すぐ班長に報告はしてあるが、知らされていない者も大半は手形に気がついたようだ。
「……っ」
浴びせられた視線が増えた瞬間のことだった。
ほんの少し、花弁が蠢いた気がした。
それは直感的な恐怖。その僅かな揺らめきからは、先程の美しさなど微塵も感じなかった。
獲物を食い散らかすような、食虫植物のような、醜い化物のような、そんな揺らめき。冷や汗の噴き出た顔で周りを見る。気がついてないのか?手形に夢中で見えなかったのか?誰一人として私と同じ表情の者はいなかった。
「……サリア?どうした?顔色が悪いぞ」
「先輩あの……今、遺物……動きませんでしたか……」
「そりゃあ今クレーンで吊ってるし……って意味じゃないよな。どういうことだ?とにかく休もう」
エディ先輩は、よろしく私に肩を貸してくれる。
「あの班長、サリアが」
プシュッ
明らかな異音に、全員が即座に反応した。
遺物の上方数メートル、緑の煙。
数秒の沈黙の後、なんだなんだとざわつき。そのざわつきを割くように、異質は空間に牙を剥く。
バンッ!
激しい破裂音を境に緑色の煙が勢いよく噴き上がる。
「中断!全員退避しろ!荷物は持つな!」
突然の異常事態に全員慌てて走り出した。
「サリア!逃げるぞ!」
最早歩くことも難しい私は、先輩の背中でただ震えることしか出来なかった。
街の入り口まで走った所で振り返る、暗い翠煙がただ雲に吸い込まれていくことだけが分かる。班員の息が整った後も、煙は数十分にわたって噴き出し続けた。
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