孔雀の町ができるまで
moat
プロローグ
篠突く雨の中、黒い傘で上半身を覆った影がひとつ。荒れ始めた海の岸を不規則な歩幅で進んでいく。
しばらくして腰を据えるのにちょうど良さそうな岩を見つけると、羽織っていた作業服を適当に畳んで岩の上に落とした。
岩が濡れていようがいまいが、外で何かに座る時は決まってこうする。
「……」
依然、雨は降り続く。
黒のシャツに白の研究衣。白衣は下の方が緑の絵の具で汚したような色がついている。白髪は肩のあたりで切り揃えられていて、丸縁のメガネを時折掛け直す。
映る瞳は孔雀色。瞳と半球の切れ目を視線で結び、瞳と同じ色の雨を眺める。白衣の汚れはそれが跳ねたせいだ。
孔雀色の雨は横たわる幾つかの……を包み、淡い陽炎のような煙を出して蒸発していく。
傘が大きいからか雨が遠くに感じられる。傘の切れ目がスクリーンの縁のようで、ひどい映画でも観ている気分だ。
何もかもがわかならくなりそうで、生きていてはいけないと思ってしまいそうで、逢いたいと思ってしまって。
いっそ傘なんて閉じてしまおうか。
乾いたため息を皮切りに、傘の下ろくろを引き寄せる。半球状のそれは、キリキリと音を立てながら露先の間隔を狭め、少しずつ萎んでいく。
ギリッ……
「あれ……」
半分くらいに萎んだところで傘は嫌な音を立てて固まってしまった。よく見ると柄の根から伸びる金属部が微妙に湾曲していて、途中でつっかえてしまったようだ。
別にわざわざ閉じなくたって、傘なんかそのまま投げ捨ててしまっても良かったのだが……
つっかえた部分を見つめながら少し考えた。
「もう、少しだけ」
意志をつぐなら。夢を叶えるなら。哀しまなくていいなら。
こんな気持ちは全部いらない。
それは、時折降る雨粒に意味など無かった頃の話。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます